第33話 『後始末』
――――。
半刻後。
「ほら、これでどうだい? 鏡を見てみな」
「わあ……! とっても可愛いです!」
『オルセントの流れ屋』の二階。
居住部屋に立てられた大鏡の前で、カレンがくるくると踊った。
今のカレンは、先程までのボロボロの奴隷装束の姿ではない。
白を基調とした、清潔感溢れるワンピースを身にまとっていた。
「そいつはよかった。捨てずに残しておいて、正解だったよ」
ワンピースを着せた張本人――ナターシャがにかっと笑う。
「だけどいいのですか? こんな綺麗な服を頂いてしまって……」
「いいんだよ、どうせ誰も着ないんだから。天国にいる娘も、着てくれる子がいるなら喜んでいるだろうさ」
「え……天国って……」
「ああ。今から四年前まで、この国は悪い魔術士たちにずっと狙われていたんだ。当時、煌燈十二軍だった夫と娘は、その時の戦いで……ね」
ナターシャは、どこか遠くを見つめるような顔をする。
「そんな……」
「もちろんあの時は辛かったさ。だけど、二人はこの国を守るために誇りをかけて戦ったんだ。その覚悟は間違っているとは思わない」
そう言って柔らかく笑って。
「それに……今日、二人目の娘もできた」
カレンの頭に、ぽんと手を乗せる。
「カレン。無事に戻ってきてくれて、ありがとう。どうかこの美しい国で、幸せになっておくれ」
「ナターシャさん……」
ナターシャの言葉に、カレンは胸いっぱいの表情になる。
そんなやり取りをしていると。
――ぐぅ。
「あっ……」
カレンのお腹が、可愛らしく音を上げた。
「あはは! そういえば、あの後結局何も食べずじまいだったからねえ。さあ、晩ご飯にしよう」
「えへへ……はい!」
そうして二人は、階段を下り、一階の酒屋の方へと向かっていく。
その途中で。
「あの……そういえばジェイルさんは、一体どこにいったのでしょう?」
カレンが不思議そうな表情で尋ねた。
「ああ……ちょっとした、後始末さ」
――――。
フォルニカ公国の辺境で起きた事件は、これにて終結した。
奴隷として囚われていた少女を見事に救い出し、一件落着。
……といいたいところだが。
煌燈十二軍である彼には、まだ一つ仕事が残っている。
太陽もすっかり沈み、暗い静寂が辺りを包み込む。
イーンの街の外れにある街道――ハラル大森林の入口付近に、一人の男が立っていた。
「まったく、いきなり呼び出したかと思えば……いつになったら来るのでしょうか。受け取りは明日の朝だというのに……」
男は誰にともなく、そう呟く。
そんな中。
男の背後から、ざくっざくっと土を踏む音がした。
「――待っていても、『千切』のリッパーなら来ないぞ」
「あなたは……ジェイルさん!?」
背後から現れたのは、煌燈十二軍の軍用礼服に身を包んだジェイルだ。
「は、はて……一体、何のことでしょう?」
「聞こえなかったか? 輸送役の男は来ないと言ったんだ」
白を切る男に、ジェイルが鋭く言葉を投げかける。
その様子は、先程までカレン達といた時とはまるで別人だった。
暗く冷えきった瞳。低い声色。そして……溢れ出る猛烈な"殺意"。
例えるならば、冥府に居座る執行者。
「……!」
流石の男も、身の毛もよだつような気配を纏ったジェイルに、思わず左手を構えるが――
「無駄だ。この一帯は既に、俺の特異魔術――【ゼロフィーラ】の支配下にある。
あらゆるエネルギー運動は停止し、魔力操作は行使できない」
ジェイルは冷徹に言い放つ。
その時ちょうど、月明かりが雲の隙間から差し込んだ。
淡い優しい光が、男の姿を照らし出す。
三十代ほどの男だった。ふくよかな体型に、柔らかな顔立ち。そして、ホテルマンのように整えられた金髪。
その男は――
「死ぬ準備は出来ているか。 イーンの宿の主、フォンス。いや……"ヨルムの括り"」




