第32話 『令束《イルバ》』
「な――」
あまりに突然の出来事に、流石のジェイルも目をぱちくりさせるしかない。
だが、その行為が恋慕の意味で無いことは、直後に判明する。
「!?」
突如として、カレンの身体が白く発光したのだ。
溢れ出す眩いばかりの光が、薄暮の薄暗い森を照らし出す。
そうして漏れ出た光の粒子が、ジェイルの身体に染み込んでいく。
そのまま、しばらくして。
ようやく発光が収まり、カレンはジェイルからゆっくりと離れた。
「……これは……!」
次の瞬間、ジェイルは驚愕する。
なんと、ボロボロだったはずのジェイルの身体や礼服が、すっかり元通りになっていたのだ。
煌燈十二軍に入軍して一年半、公国中を旅していたジェイルですら初めて見る光景。
呪文を使っていないため、当然魔術などではない。
魔術以外の超常的な現象。ジェイルには一つ、心当たりがあった。
「まさか……令束!」
ジェイルが声を上げる。
令束とは、バラバ帝国を始めとする大陸東部の中でも、限られた一部の部族にのみ浸透している、非常に高度な魔力技術だ。
魔術のように、深層意識で構築した魔術式から世界に放つものではなく、魔力を媒体に世界法則そのものに働きかけ、現象という結果だけを引き起こす。
魔術が自身の内側――深層意識に干渉する技だとすれば、令束は外側――世界法則に干渉する技だ。
一説では、隣国――レヴィエント王国の教会騎士が祈祷や聖句によって召喚する『天使兵』、極東の国ヤハムに出現するとされる『妖』も、令束の一種だとされているが――
「魔術とは違う。個人が世界に働きかけて、現実を書き換える、限りなく神秘に近い力。まさかカレン、君が令束者だったなんて……。だけど……これは……」
フォルニカ公国は、修練すれば誰でも普遍的に扱える"魔術"を高度に発展させているため、高等技術で使用者も限定される"令束"は浸透していない。
故に、初めて見る現象に言葉を失うジェイルだったが、そこに微かな違和感を覚える。
いかに令束といえど、ほんの一瞬でこれほど完璧に再生させることができるものだろうか。
まるで、再生ではなく復元のような……
そんなことを考えていると。
「――あ」
「カレン!」
ふっ、と力が抜けたように、カレンがふらついた。
後ろに倒れ込むカレンをジェイルが優しく抱きとめる。
「はぁ、はぁ……。えへへ……ありがとうございます……」
カレンは軽く息切れを起こしながら、柔らかくはにかんだ。
(この治癒の令束……魔力の消耗が相当激しいのか……)
カレンを支えつつ、ジェイルは思案する。
「カレン、この力は一体……」
「私も詳しくは……。だけど、昔お母さんに言われたんです。信じられる、大切な人ができるまで、この力を見せちゃ駄目だって……」
多少ふらつきながらも、カレンはジェイルから離れ、二の足で立つ。
「私はこれまで、何も考えないで苦しまないように生きてきました。もう、名前も思い出せない家族や一族のみんなを、悪魔に殺されて……帝国の奴隷商に捕まって……それでも、自分で死ぬ勇気すらなくて……早く、消えてしまいたかった……」
「……! そうか……一族を悪魔に……」
「だけど……だけど、貴方が助けてくれました。光を見せてくれた。……すごく、嬉しかったんです」
「……」
「邪魔かもしれません。足手まといかもしれません。でも……! 貴方と……ジェイルさんと一緒にいたいんです……! 何でもします……お願いです……。どうか、私も連れていってください……!」
カレンはジェイルを真っ直ぐに見つめ、嘆願するように言った。
「……」
熱心な瞳で、ジェイルをじっと見つめ続ける。
そんな様子にジェイルは――
「カレン」
「は、はいっ」
右手でカレンの頭をくしゃりと撫でて。
「――わかった。俺からも頼むよ。この国の平和を守るため……どうか君の力を貸してほしい」
カレンに優しく微笑みかける。
「……! はい……はい……!」
カレンは目尻に涙を浮かべ、嬉しそうに撫でられ続けるのであった。
「……」
だが――この時。
カレンを優しく撫でるジェイルの瞳に。
ほんの一瞬の陰りが浮かんでいることに、カレンはついに気づかなかった。




