第30話 『闘争の果てに』
「きゃ――!?」
暴風を纏って飛んでくる砕氷に、カレンは思わず目を背ける。
そして、四散した氷瀑の中心には――
「ぜぇ、ぜぇ……。今のが特異魔力体質者だけが使える『特異魔術』ってやつか……死ぬかと思ったぜ……」
荒い息を立てながらも、しっかりと二の足で立っているリッパーの姿があった。
「本当に驚いたな」
ジェイルはカレンを背後に庇ったまま、静かに目を見開く。
「加減したとはいえ、まさか【ゼロフィーラ】から自力で抜け出すなんて」
「はぁ、はぁ……。へへへ、まぁな……奥の手を隠し持ってんのは、テメェだけじゃねェってこった」
「なるほど。じゃあどうする? まだ戦いを続けるのなら相手をするが……」
ジェイルはそう言いながら、左手に魔力を漲らせる。
「おいおいバケモンか? あれだけの大魔術を使って、息切れもねェのかよ……」
苦笑いするリッパー。その額には、大粒の脂汗が浮かんでいる。
煌燈十二軍。
大陸最強と称される魔術士の規格外さに、改めて戦慄していたのだ。
両者の間に、少しばかりの緊張感が流れる。
しかし、ものの数秒がたったあと。
「チッ、やめだやめだ。これ以上やっても、負けるのは目に見えてるしな。俺はここいらでトンズラさせてもらうぜ」
リッパーは突然、頭をガリガリと掻きながら、くるりと背を向けた。そのまま数歩、歩き出す。
「あん? 追ってこねェのか?」
逃げる素振りを見せても、ジェイルは静かにそれを眺めているだけ。
それを不審に思ったのか、リッパーは再びジェイルの方へ振り返った。
「ああ。今追っても、その奥の手とやらで恐らく逃げられるからね。この子も無事に保護できたことだし……痛み分けでいこう」
「ったく、余裕こきやがって。どこが痛み分けなんだか……。だが気にはならねぇのか? ガキを買った人間の情報とかよ」
「ああ、それには及ばない。君はあくまでも輸送と護衛のために雇われただけだから、その辺りの情報を持っていないことは分かってる。
それに……犯人はもう見当がついている」
ジェイルは不敵に微笑む。
「ケッ、どこまで用意周到なんだか。じゃあ俺は、そろそろ帝国に帰らせてもらうとするぜ」
「ご自由に。ただし、再び公国に干渉してくるのなら、その時は命の保証はないと思った方がいい」
「わァってるよ。こんなバケモン揃いの国、依頼されても二度と来るかッつの。
あーあ。俺が依頼を失敗するのなんざ、魔術を覚えて以来初めてのことだぜ。暫く、裏の仕事は減るだろうな。チ……大損だ」
そう言ってはいるが、リッパーの表情に怒りの色はない。
むしろ、内心どこか楽しそうにすら見える。
そして立ち去る直前――
「おい。奴隷のガキ」
リッパーは、ジェイルの後ろにいるカレンをちらっと見やった。
「!」
カレンは思わずジェイルの陰に隠れる。
すると。
「フン――良かったな」
「……え?」
予想外の一言に、カレンは驚きの声を上げる。
リッパーはそのまま背を向け、森の奥へと消えてゆく。
カレンは唖然とした表情で、その背を眺め続けるのだった。
「どうやら、幼い少女が奴隷として売られるのは、彼も思うところがあったみたいだ」
リッパーの姿が見えなくなった後。
ジェイルがカレンの肩に、ぽんと手を乗せる。
その表情は、まるで好敵手と戦った直後のような、充実感のあるそれだった。




