第29話 『束の間』
――――。
長い長い沈黙。
ジェイルは、リッパーを閉じ込めた氷瀑を、油断なく嘱目する。
やがて、何の反応もないことを確かめると。
静かにカレンの前に行き、結界魔術を解いた。
「ジェイルさん……!」
結界の障壁が消えた瞬間、カレンがジェイルの胸に飛び込んでくる。
「おっとと」
ジェイルは驚きながらも、それを優しく受け止めた。
「カレン。怪我はないかい?」
「はい……ジェイルさん。本当に……ありがとうございます……」
カレンは涙を浮かべながら、ジェイルの胸に額を擦る。
そのまま、少しして。
「――! ジェイルさん。体が……!」
カレンはジェイルの身体を見て、息を呑んだ。
軍服のようなコート状の礼服はズタボロに裂けており、その隙間からは鮮血が滲んでいる。
思えば、炎の魔術をモロに食らっていたこともあり、焦げ付いたような匂いもしていた。
「大丈夫だ。これでも軍人だからね、怪我は慣れてる」
当のジェイルはそう笑っているが……その姿は非常に痛々しい。
「……それよりカレン」
ジェイルはカレンに目線を合わせ、両肩に手をあてた。
「え……? は、はいっ……」
突然のことにカレンは赤面し、思わず身構えると。
「――すまなかった」
「……え?」
思わぬ謝罪に、カレンは呆ける。
「俺は最初、君が他国からの密偵じゃないかと、ほんの少し疑っていた。だから何回か、君に探りを入れていたんだ。……君が警戒していたのも当然だ」
ジェイルは悔いるような表情で言った。
「俺が早々に身分を明かしていたら、君を不安にさせることもなかった。俺が私情に囚われなければ、もっと早くリッパーから救い出せていたし、君を怖がらせることもなかった。……本当にすまない」
「そ、そんな……ジェイルさんは私なんかのために、命懸けで戦ってくれたんです……! 謝ることなんて……」
ぶんぶん と、首を振るが。
ジェイルはどこまでも真摯な瞳で、カレンを見つめていた。
その眼差しを受けて、カレンは悟る。
(…………)
バラバ帝国で奴隷として捕らわれて以来、自分はモノとしてしか扱われなかった。
奴隷商たちの顔はもう思い出せないが、あの環境があまりに凄惨だったことは、今ならよく分かる。
人の心を持たず、人を人と思わない。
そんな人間たちの魔窟だったのだ。
だけど。
(……この人は……本当に……)
自分を見てくれる。
自分と向き合ってくれる。
一族の同胞を、家族を失って以来の初めての感覚に。
カレンの胸が高鳴る……その時だった。
「ッ!」
ジェイルが目の色を変えて、背後の氷瀑へと振り向き、睨みつけたのだ。
「ジェ、ジェイルさん……?」
驚くカレンを余所に、ジェイルはカレンを庇うように立つ。
すると、直後。
ガッシャアアアアアアアアアアアアアアン!
突如、リッパーを閉じ込めていた氷瀑が左右真っ二つに割れ、粉々に砕け散った。




