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【挿絵多め】煌燈十二軍と供犠奇譚《サクリフィス・サーガ》  作者: HaiRu
第一部【フォルニカ公国篇】 第一章《奴隷少女》
29/73

第28話『ジェイル対リッパー 其の四 特異魔術【ゼロフィーラ】』



 ――――。



 再び始まった魔術戦。


 最初ばかりは――リッパーは、自分が負ける要素など一つもないと思っていた。

 ジェイルは既に手負いの状態。

 一方で、自分はほぼ無傷。


 ジェイルの【グレイス・ブロック】の威力は脅威だが、それしか使ってこないのなら対処は簡単だ。


 跳躍して(かわ)す、呪文を唱える前に接近戦を仕掛ける、【ブレード・テンペスター】で破壊する。

 ――対処法などいくらでもある。


 おまけに、先ほど指摘したように、ジェイルは極めて非効率な差し返しをしているため、必要以上に魔術を使っている。

 魔力も、もう残り少ないはず。


 勝負はすぐに決するだろう。そう思っていた。



 ――だというのに。



「はぁ、はぁ……くそッ……」



 更に数十に渡る差し合いの後……


 最初の開けた平地はどこへやら。

 ジェイルの魔術によって、戦場はその区画だけ、まるで氷柱の森と言えるような状態になっていた。


 その森の中央で――


 二の足でしっかりと立っているジェイル。

 一方で、先に魔力が先に枯渇して、片膝をつき、頭を垂れているのはリッパーの方であった。



「テメェ……! あれだけの魔術戦をしたってのに……どんな魔力量してやがるッ……!」



 魔術戦の内容は、先程までとまったく同じ。

 ジェイルは防御に【オリジン・シールド】、反撃に【グレイス・ブロック】しか使っていない。


 だと言うのに。


 この無様な姿は、一体何だというのか。



「それだけじゃないさ」



 リッパーの誤算は二つあった。一つはリッパーの予想に反して、ジェイルが膨大な魔力を持っていたこと。


 そしてもう一つは――



「君は知らないと思うが、魔術戦は基本的に、脳の深層意識が変革に慣れ始めた中盤に最も力を発揮できる。だがそれ以降は、魔術の精度と燃費は急激に低下するんだ。――魔力切れによってね。

 君の実力から察するに、ここまで長期戦で戦ったことはなかったんだろう? だから魔力の消費ペースを見誤った」



「ッ!」



 もう一つは、リッパーが長期戦の立ち回りを考えていなかったこと。

 答え合わせのように、ジェイルが悠然と言い放った。



「つまり、俺にとってこの魔術戦は、最初から我慢比べだったんだ。

 君が最初から殺す気で戦っていたら、少しは君にも勝算があったんだけどね」


「くっ……!」



 そういうことかよ、と。

 リッパーは内心歯噛みする。

 

 魔術の使用回数から、ジェイルの魔力はもうほとんど残っていないと思い込んでいた。

 だが【オリジン・シールド】も【グレイス・ブロック】も、公国の軍用魔術の中では最も階位の低い、三等軍用魔術に分類される。


 対してリッパーの【ブレード・テンペスター】は、改変しているとはいえベースは二等軍用魔術。三等に比べて魔力消費は圧倒的に多い。


 リッパーはジェイルの【グレイス・ブロック】の威力にばかり気を取られ、そんな初歩的なことを失念していたのだ。


 今思えば、先ほどジェイルに降伏を勧めた時も、体中ボロボロだったが、息切れ一つ起こしていなかった。

 恐らく確実に仕留めるため、最初からリッパーの魔力切れだけを狙っていたのだろう。



「チッ、恐ろしい奴だぜ……。最初にすぐ終わらせるなんて言った言葉もブラフかよ。追い詰めてたつもりが、逆に追い詰められていたとはな……」



 さっきまでの余裕はどこへやら。

 リッパーは改めて、目の前にいるジェイル=サファイアの恐ろしさを噛み締めた。

 対するジェイルは、どこまでも静かな様子で。



「さて……そろそろ反撃と行かせてもらう。万全の状態ならいざ知らず、今の消耗した君では、完璧な対応は難しいだろうね」



 そう言った――


 直後。



「――ふっ!」



 ジェイルはリッパーに向かって爆発的に加速。

 一直線に突進する。



「舐めるな! この程度でへばる俺じゃねェ!」



 吠えるように叫び、立ち上がるリッパー。

 突貫するジェイルが何を仕掛けてくるか、鋭く思考を張り巡らせる。

 やはり【グレイス・ブロック】か――それとも近接戦闘か。


 いずれにせよ、ジェイルの攻撃に備えるため、全身に巡らせた【エンチャント・クロス】に魔力を込める。

 そして直後。

 突貫するジェイルは、左手を突き刺すように前に出した。

 その手から、魔力が漲り始める。


 ――【グレイス・ブロック】だ。

 ならば後方に躱して反撃する。その対応で完璧……なはずだった。



「――《炎弾よ》ッ!」



「なに!? ここで【フレイム・スフィア】だと!?」



 予想外の魔術選択に、リッパーは驚愕する。


 炎熱系【フレイム・スフィア】――火球を放つ、軍用魔術ですらない、最も基本的な護身用の攻性魔術。

 その火球の大きさは、術者の魔力量に比例する。


 ジェイルがイーンの街の宿で、カレンに一度だけ見せた魔術だった。



 どっ――――!



 身の丈を優に超える巨大な火球が、リッパーを飲み込まんと襲いかかる。



「くッ! 《障壁よ》ッ!」



 流石のリッパーも躱しきれないと判断したのか。【オリジン・シールド】を展開し、防御態勢をとる。



 豪ッ――――!



 火球と魔力障壁が正面からぶつかり合う。

 飛び散る熱量の余波。



 次の瞬間――



「《――――》」



 ジェイルが何事か呪文を唱え始めた。

 しかしこちらは、火球を防ぐのに手一杯で、ジェイルを確認することができない。



「ちぃ――!」



 まずい。後手に回った。


 リッパーの脳内を襲う猛烈な死の予感。

 それと共に、防いだ火球の余波が消え始める。

 正面の視界が開けると同時に、覚悟を決めて身構えると。



「……は?」



 正面には、何事も無かったかのように悠然と立つジェイルの姿があった。



「ッ! 《貫け雷閃》ッ!」



 一瞬呆けるリッパーだったが、咄嗟に【ライトニング・レイ】を起動。

 その一条の雷閃が、棒立ちのジェイルの心臓を正確無比に貫いた――ところが。




 ピシィィィィィィィィイ!




 刹那。


 硝子にヒビが入るような音と共に――

 なんと、ジェイル自身にヒビが入ったのだ。


 そして直後。

 ふっ、と。


 まるで最初から居なかったかのように、ジェイルの姿が霞へ消える。



「何!? どういう事だ!」



 思わず目を見開くリッパー。

 しかし、よく見ると、正面のさらに奥――数メートル後方に、ヒビの入った氷柱がある。

 恐らく、今の【ライトニング・レイ】でついた傷だろう。


 と、いうことは。



「ま、まさかッ、幻影……!?」



「――その通り」



 どこからともなく、ジェイルの声が聞こえてくる。



「氷熱系【フリージング・ミラージ】。氷を媒介に光の屈折を変え、幻像を見せる魔術だ」



 【フレイム・スフィア】の余波が完全に消え、周囲の視界が開けてきた。

 それと同時にリッパーが絶句する。



「なんッ――――だとぉ!?」



 その周囲にはジェイルがいた。

 十……二十……いや、それ以上。

 リッパーの周りを包囲するように、無数のジェイルが立っていたのだ。



「全部幻か!? まさか……今まで【グレイス・ブロック】しか使ってこなかったのは、このためだったっていうのか!」


 恐るべきことに。

 一番最初に【グレイス・ブロック】の氷柱を破壊された時点で、ジェイルはこの展開を見越していたのだ。


 無様なまでに同じ魔術を繰り返していたのは、この場面で無数の幻像を作り出すための布石だった。


「ああ。あれほどひらけた場所での魔術戦……君相手に、ゆっくり魔術を唱えるのは至難の業だったからね」


 ジェイルの声が周囲に響き渡る。どこから発しているのか全く分からない。

 恐らく音も屈折させて、出鱈目に響かせているのだろう。


「これでようやく時間が稼げる。さあリッパー、いよいよ終幕といこうか。

 熱量魔術の真髄――見せてやる」


 そう宣言しながら。

 コォオオオ……と特徴的な呼吸をして。

 静かに。

 しかし力強く。

 戦いを終わらせる呪文を、ゆっくりと唱え始める。



「――《紅蓮咲き誇りし凍獄(とうごく)氷鬼(ひょうき)よ・――…………」



 ドクンッ――――



 何かが胎動するような、不穏な魔力が周囲に満ちる。

 その魔力は莫大な凍気の波となり、辺り一面を渦巻いてゆく。

 まるで世界の熱が、根こそぎ奪われてゆくような感覚だった。



(これは……やべェ!)



 たった一節だけで、リッパーはジェイルが唱えようとしている魔術の異常性を、本能で察する。


 駄目だ。

 (まず)い。

 あれだけは絶対に食らってはならない。


 十年近くの間、裏の魔術士として活動してきたリッパーが、かつて体験したことがないほどの死の気配。

 一刻も早く幻像の中から(ジェイル)を探し出し、討たねば――



「くそッ! まだだッ! 《荒れ狂え・旋嵐の剣奏》ッ!」



 残り少ない魔力を振り絞り、【ブレード・テンペスター】を唱える。



 ガシャン! ガシャン!



 リッパーを中心に展開された風刃が、スクリーンとなっている氷柱の群を破壊することで、周囲の幻像を尽く霧散させる。


 そうしている間にも――



「《――・狂瀾(きょうらん)(あざな)う白き咆哮放ちて・――……》」



 ジェイルは次々と呪文を紡いでゆく。

 その度に、地獄のような凍気が世界を支配する。

 薄氷が大地を覆い、空気が凍り、視界が白く霞んでいく。



「クソがぁッ! どこだッ!? どこにいる!?」


 白化する世界の中心で、リッパーが暴れるように周囲を見渡す。



「――ッ! そこか!?」



 背後に一際大きな存在を感じ、振り返ってみると。

 そこには、一際大きな氷柱の頂上で静かに膝をつき、今まさに魔術を完成させんとするジェイルの姿があった。


 そして――



「《――……・(あまね)く全てを凍てつくせ》ッ!」




 ビュウウウウウウウウウウウウウウ――――!




 荒れ狂う凍気の嵐と共に、ジェイルの詠唱が完了する。



「させねェ! 《貫け雷閃》ッ!」



 同時。

 リッパーは音速の速さで【ライトニング・レイ】を起動。

 一条の雷が、ジェイルの脳天を貫かんと襲いかかる。


 しかし。



 パキィィィィィィィィン!



 ジェイルへと向かっていた雷閃は、途中で砕氷のように砕け散り、魔力の粒子となって霧散した。


「なんだとッ!?」


 信じられない光景にリッパーが叫ぶ。


「凍獄の氷鬼――その白き咆哮は全てを凍てつくす。……魔力すらも。この魔術を起動させた以上、周囲の誰も魔力を扱う(・・・・・・・・・・)ことはできない(・・・・・・・)


 詠唱を終えたジェイルはゆっくりと立ち上がり、左手を前に構える。


 そして――


 ジェイルの前に、人の背丈の三倍はあろうかというほどの、巨大な魔術円陣が構築された。



 ギュイィィィィィィン――――ッ!



 まるで、エネルギーが充填されていくエンジンのように――


 魔力を込められた魔術円陣は、徐々に駆動音を唸らせる――


 そして、十分な魔力を取り込んだ魔術円陣は白く発光し――



 カッ――――――!



 そこから放たれるは不可避の凍線。

 どんな物質も、エネルギーも、魔力も、絶対零度の前では運動を停止する。


 熱量の完全支配――熱量操作の特異魔力体質者(フロート)のみに(ゆる)された絶技が今、天地を駆け巡る。


 その名を――


特異魔術(パーソナル)――――【ゼロフィーラ】ッ!」




 豪ッ――――――――――!




 極白が、瞬く間に世界を包み込む。

 それはまるで、第八圏の氷熱地獄。

 それはまるで、絵画に描かれたような荘重なる一景。



「くそッ…………くそがァああああああああああ――――!」



 その叫びが最後。


 次の瞬間。

 リッパーは……一つの大きな氷瀑となった。



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