第27話『ジェイル対リッパー 其の三』
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ジェイルとリッパーが、互いに三十近い撃ち合いを終えた頃。
戦場は辺り一面、無数の氷柱が大地を貫いていた。
地面にはリッパーの魔術で砕かれた氷塊が、あちこちに散らばっている。
ジェイルは変わらず、【オリジン・シールド】と【グレイス・ブロック】しか使っていない。
しかし、じわりじわりと、ジェイルの立ち回りに余裕がなくなってきているように捉えることができた。
「ジェイルさん……」
氷柱覆う冬世界の外側。
安全地帯の結界の中で戦闘を見ていたカレンが、不安そうにぼそりと呟く。
彼女は両手を握りしめて、ジェイルの身を案じていた。
当初は互角だったにも関わらず、先程からジェイルが防戦一方になってきている。
そして、捌ききれなかったリッパーの魔術が、ジェイルを傷つけていった。
【ブレード・テンペスター】の風刃に手足を裂かれる。
【フレイム・ロード】の炎柱に呑み込まれる。
【ライトニング・レイ】の雷閃が肩を掠める。
要所要所の適切な防御と、周囲に突き刺さった氷柱を身代わりに立ち回ることで、辛うじて致命傷は避けているが――
徐々に、徐々に。
追い詰められてきているのは、カレンの目から見ても明らかだった。
「おらァ! 《貫け雷閃》ッ!」
「――! 《障壁よ》」
リッパーが放った三等軍用魔術、雷撃系【ライトニング・レイ】とジェイルの【オリジン・シールド】が正面からぶつかり合う。
ピシィィィッ!
甲高い音が鳴った次の瞬間。
ガシャァァァァン!
一条の雷撃が魔力障壁を貫き、ジェイルに襲いかかる。
「――ッ!」
ジェイルは咄嗟に身を翻してそれを躱す。
「おらおらどうした! 守ってるだけじゃ勝てないぜ!?」
「くっ……《氷壁よ》ッ!」
「またそれかァ? ワンパターンなんだよ! 《荒れ狂え・旋嵐の剣奏》ッ!」
ガシャァァァン!
辛くも起動させたジェイルの【グレイス・ブロック】は、再び【ブレード・テンペスター】によって粉々に砕かれる。
その余波を受け、ジェイルの体は、十数メートル後方に吹き飛ばされた。
「ぐっ……」
巨大な氷柱に背中から激突し、低い声で呻くジェイル。
「これで確信したぜ」
リッパーはその跡を悠然と歩き、決定的な事実を告げた。
「ジェイル=サファイア……テメェの魔力は熱量系、特に氷熱系に特化しすぎているせいで、他の属性には全く適正がねェ。……図星だろ?」
「――ッ!」
次の瞬間、ジェイルの顔が何か押し黙ったような表情へと変わる。
その沈黙は紛れもなく、リッパーの告げたことへの肯定に他ならなかった。
「やっぱりなァ……特異魔力体質者は、ある魔力操作に異常に高い適性を持つ反面、他の魔力操作には極端に低い適性を持つと聞く。
難儀なもんだぜ……抜群の応用性であらゆる状況に対応できる風衝系、近中遠距離で最優とされる雷撃系、この二つが使えねェなんてな」
「……参ったな。まあ、あれだけあからさまに立ち回っていれば流石にバレるか……」
ははは、と笑いながら。
ジェイルがゆっくりと立ち上がる。
最初の万能感はどこへやら。
その姿は見るからにボロボロだ。
全身を切り刻まれ、右腕は軽く焼け焦げている。
背後の氷柱に身を預け、辛うじて立っているが――その膝は今にも崩れ落ちそうな有様だった。
「君の言う通りだよ、リッパー。俺の魔力適性は熱量操作に傾きすぎている。
その反面、プラズマ粒子の操作と気体の操作が苦手なせいで、風衝系や雷撃系の魔術はほとんど使えない」
そう。
熱量系以外の攻性魔術を使わないのではなく、使えない。
先ほどまでの後手後手の立ち回りは、それが理由だった。
「そ、そんな……」
後方で、二人の話を聞いていたカレンは愕然とする。
攻性魔術は、炎熱系と氷熱系を合わせた熱量系、風に関連する風衝系、雷に関連する雷撃系の三つの属性に分類されていることは、宿でジェイルから魔術を教わっていた時に聞いていた。
しかし、まさかジェイルが熱量系の一種類しか攻性魔術を使えないとは。
いかに熱量系の適性が高くても、それでは魔術戦でどれほどのハンデを抱えることになるか。
魔術を知って間もないカレンですら、想像に難くなかった。
「だろうな」
リッパーが少し興の冷めた声で。
「テメェの魔術は本来、前衛の壁役がいる前提での、後方支援で真価を発揮する。
一対一の魔術戦じゃァ、どうしても差し返しの手札が少ねェからな」
一体一の魔術戦において、戦闘中に詠唱できる呪文の節数は一節、または二節というのが通例だ。
それ以上の呪文を唱えるためには、魔術を使わずに相手の攻撃を捌きつつ、呪文を唱える必要がある。
しかし、超一流の魔術士が放つ三節以上の呪文は高度な呪文が多く、起動させるためにはできるだけ動かずに、脳の深層意識の変化に注意を傾けなければならない。
動かなければ相手の攻撃を捌けず、動けば高度な呪文を唱えられない。魔術戦で立ちはだかる絶対的な矛盾。
そのため、一流の魔術士同士による一体一の戦いでは、二節以内の呪文で戦うのがセオリーだ。
「だがまァ、【グレイス・ブロック】が、俺の【ブレード・テンペスター】でしか破壊できない時点でかなり異常なんだがな。
流石は特異魔力体質者ってとこか。
【グレイス・ブロック】は本来、三等軍用魔術。
通常なら同じ三等である【フレイム・ロード】や【ライトニング・レイ】、【ブラインド・アロー】などで相殺できる。
だが、ジェイルの放つ【グレイス・ブロック】の氷塊にこれらの魔術をぶつけても、多少の傷をつけただけで破壊できなかった。
一方で、現状ジェイルの氷柱を破壊できる唯一の魔術【ブレード・テンペスター】は、二等軍用魔術である風衝系【ブラインド・アーチ】にリッパーが独自の改変を加えて作成したオリジナルの魔術だ。
二等軍用魔術は一流の魔術士で五節、超一流の魔術士でも三節の詠唱が必要である。
だが、リッパーはその超絶技巧で、威力を保持したまま、射程や速度を絞ることで、二節まで切り詰めた詠唱を可能にしたのであった。
その自慢の【ブレード・テンペスター】でしか、ジェイルの【グレイス・ブロック】を破壊できない。
実際リッパーは、特異魔力体質者の異常性に舌を巻いてはいた。
「しっかし、蓋を開ければこの有様だ。テメェはまだ切り札を隠し持っているんだろうが……当然それを出させる隙なんて与えねェ。
それになァ。俺の倍近く魔術を使ってるテメェは、魔力もほとんど残ってねェんだろ?
……もう諦めちまえよ。ただの奴隷に、そこまでボロボロになってまで助ける義理はねェだろ?」
リッパーは冷ややかな目で、ジェイルに言い放つ。
「…………」
対するジェイルは――沈黙。未だ右腕を抑え、氷柱に背を預けながら、何を考えているのか分からない表情でリッパーを見つめていた。
その時――
「もうやめて下さいッ!」
結界の中にいたカレンが、悲痛に叫んだ。
「あなたに付いていきます! もう何処へも逃げません! だから……その人の命だけは……」
泣きそうな表情でリッパーに懇願する。
「――ほら、奴隷のガキもそう言ってるぜ? 依頼があるから殺さねェってのは無理だが……仕事の邪魔をしねェってんなら、楽に殺してやる。
煌燈十二軍にしては少々拍子抜けしたが……俺の実力も知れたし、良い機会にさせてもらったぜ」
そう言って、戦闘を切り上げようとした瞬間――
「《氷壁よ》」
パキパキパキ――!
リッパーとカレンのやり取りを、まるで無視するかのように。
ジェイルは左手を翳して、再び呪文を放った。
「っとと、危ねェ」
不意をつかれたものの、大地から突き出た氷柱をひらりと躱すリッパー。
「――カレン。心配をかけてすまない」
ジェイルはそう言って、立ち直しながら。
「ご忠告どうも。だが問題ない。戦闘続行だよ、リッパー」
穏やかな口調でリッパーに告げる。
見るに堪えないボロボロの姿だが、その目は全く死んでいなかった。
「ほゥ……まだ魔術を撃てるとは驚きだ。だがそんな状態で何ができる?
言っておくが、俺はようやく本調子になり始めたところだ。負ける気がしねェ。
これ以上の戦闘は、無意味に思えるんだがなァ」
リッパーは目を細めながら、鋭く言い放った。
そのやり取りを、後ろから見ていたカレンは悲痛の顔を浮かべる。
「ジェイルさん……お願いです……もう、逃げて下さい……。このままじゃ貴方も……」
絞り出すように声を出して、ジェイルを見つめる。
「カレン。ここに来る前、俺は自分に誓ったんだ。必ず助ける、と。
公国の魔術士として、その信念を嘘にはできない」
ジェイルはカレンに背を向けたまま、穏やかな声で言う。
「でも私は……公国の民じゃありません……本来なら、貴方が助ける義理なんて……」
「ナターシャさんにも言われただろう? 義理の有る無しは関係ない。眩しい世界を求める少女がいる……助ける理由は、それだけで十分だ」
「でも……私が希望を求めたせいで……貴方がボロボロに……」
「この程度の傷、なんでもないさ。君がこれまで受けてきた傷に比べたらね」
カレンの目からはジェイルの表情は見えないが――その声は、ただひたすらに穏やかだった。
「それに……俺自身も、君に救われてほしいんだ。俺も昔は、君と同じだったから」
「――!」
「赤ん坊の頃に両親を失った俺は、物心着いた頃に、とある行商一家に育てられたんだ。その一家と共に大陸中を旅していたんだけどね……。
ある日、悪魔に襲われて、家族を皆殺しにされたんだ」
「!?」
悪魔。
その言葉に、カレンは驚いた表情で目を見開く。
『あの子にも色々事情があってね……家族同然だった人達をみんな亡くしてるんだ』
カレンは頭の中で、ナターシャの言葉を思い出した。
だが……これではまるで、自分と同じではないか。
「家族同然だった皆を失った俺は、失意と絶望に駆られ続けた。陽の当たる世界なんてとんでもない。あの時の俺は、まさに死に場所を探していた」
この時だけ、ジェイルはどこか自嘲を含んだような声で呟いた。
「だけど――死に急いでいた俺を救ってくれたのは、この国の人達だった。彼らは身も心も荒んでいた俺を、無理やり陽の当たる世界に連れ出してくれたんだ」
ジェイルはゆっくりと。カレンに振り返った。
そして――
「だから、俺は必ず君を救ってみせる。この国の仲間が、友が、恩人が。俺にしてくれたように。
君を必ず、陽の当たる世界に連れ出してみせる……それが俺の、魔術士としての︎︎"︎︎信念︎︎"︎︎だ」
力強く、カレンに微笑みかける。
「〜〜〜〜!」
気づけば、ポロポロと。
カレンの目から大粒の涙が流れていた。
そして膝から崩れるように倒れ、そのまま咽び泣く。
どこか胸の奥が暖かく、それでいて安心する。
不思議な気分だった。
「フン。大したタマだ。……だが、状況は絶望的だぜ? まだ続けるッてんなら、容赦はしねェ」
二人のやり取りを見ていたリッパーは再び構え、静かに呟く。
「魔術士とは、己が信念を貫く者。まだ体は動く、まだ呪文は紡げる。そしてなにより――まだ、守るべき者がいる。ならば、恐れるものは何も無い」
氷柱から背を離し、力強く立つジェイル。
その様子に、リッパーが嬉しそうに。
「――はッ! だったら最終局面だ! ここでその信念、見せてみやがれ!」
再び、臨戦態勢を取る二人。
一気に張り詰める空気。
今ここに、本当の最終決戦の幕が上がるのであった。




