第25話『ジェイル対リッパー 其の一』
――――。
先に仕掛けたのはジェイルだ。
「《氷壁よ》ッ!」
まるで抜刀するかのように、鋭く左手を翳しながら呪文を唱える。
選んだのは氷熱系【グレイス・ブロック】――先刻、リッパーの四肢を閉じ込めた、公国の三等軍用魔術だ。
呪文を極限まで切り詰めた一節詠唱――さらに熱量の特異魔力体質者だけあって、威力も範囲も並のそれとは段違い。
今、呪文が完成し、巨大な氷柱がリッパーを呑み込もうとした――その刹那。
「――!?」
リッパーが消えた。
大地から突き出した氷柱はリッパーを捕えられず、虚しく残像を凍てつかせる。
一体何処へ消えたのか。
答えは直後に判明する。
「――おらァ!」
突如、リッパーが後方から出現。
空気を震わさんばかりの轟音を纏った回し蹴りが、ジェイルの頭部に放たれる。
まともに食らえば即倒は免れないが――
「くッ!」
寸前で反応したジェイルが、両腕を十字に組んで防御。
体勢は崩れなかったが、靴底を削りながら十数メートル後方へ飛ばされる。
「まだまだいくぜェ?」
続いて追い打ちをかけるかの如く。
リッパーがジェイルに急接近。
そのまま勢いを乗せた右ストレート、左貫手、三日月蹴り――リッパーの近接技の数々が、散弾銃のように襲いかかる。
「――ッ!」
それら怒涛の猛攻を、ジェイルは――受けない。
躱す、流す、受け止める――
ジェイルはリッパーの攻撃を、流れるように既の所で捌き続ける。
「――はッ!」
猛攻の間隙を盗み、ジェイルが針の糸を通すかのような水面蹴りを放つ。
しかし、リッパーはそれを軽々と躱し、数メートル後方へ跳躍。
互いに、再び睨み合う体勢となった。
「なるほど。身体能力強化の魔術【エンチャント・クロス】を使って、俺の魔術起動よりも速く背後に回ったのか」
ジェイルは水面蹴りを終えたまま静かに残心。
初手の差し合いを冷静に分析する。
魔術は、呪文を詠唱しなければならない性質上、戦闘時には必ず数瞬の隙が生まれる。
リッパーはその隙を突き、ジェイルに近接戦闘を仕掛けたのだった。
「やっぱやるなァ。魔術士は近接戦闘をサボりがちだと踏んでいたんだが」
リッパーが腕をポキポキと鳴らす。
「普通の魔術士ならそうだろう」
ジェイルはゆっくりと立ち上がり、軽く呼気を整えながら告げる。
「だけど今の煌燈十二軍は皆、先人たちから真っ先に、近接戦闘を叩き込まれたよ。
たしかに優先度は低いが……魔術が使えなくなると、必ず足元をすくわれるからね」
珍しくはあるが、魔術のような魔力由来の力を封じる手段も、一定数存在する。そのような相手に魔術のみで挑むとなれば、たちまち魔術士はただの凡夫に成り下がってしまう。
あらゆる戦闘に通じ、様々な状況に対応できる質実剛健の猛者――煌燈十二軍はそのような人材でなければならないのだ。
「へっ、この俺と互角にやり合うとは流石だな。じゃあ次は、お待ちかねの魔術戦と行くかァ!」
閑話休題。高らかに声を上げながら。
リッパーは魔術を唱え始めるのであった――
――――。
「すごい……これが、魔術士の戦い……!」
カレンは眼前の光景に息を呑んだ。
今、目の前で二人の凄まじい魔術戦が繰り広げられている。
リッパーが何事か呪文を唱えると、左手を伝って具現化させた魔術円陣から、一条の光が放たれる。
高圧の雷を纏っているらしいその光は、ジェイルの頭部を貫かんと襲いかかるが――
ジェイルは冷静に防御魔術を起動させ、生み出した障壁でそれを弾く。
さらにお返しと言わんばかりに、【グレイス・ブロック】を起動。
呪文に何かしらの改変を加えているらしく、身の丈ほどある巨大な氷柱は四つに分裂し、リッパーを四方から急襲する。
しかし、リッパーの防御もまた金甌無欠。
先刻見せた魔術――風衝系【ブレード・テンペスター】をすかさず起動させ、風刃で氷柱の尽くを掻き消す。
先ほど、ジェイルが張った結界魔術のお陰で、カレンの元には余波一つ飛んでこない。
しかし、その戦闘の緊迫感はひしひしと肌に伝わってくる。
放たれる妙技の数々は、まるで神話に聞く神々の大戦のよう。
その光景は一人の少女に、畏怖と憧憬を与える。
躍動する戦場に、カレンはこれまでの恐怖すら忘れ、何かに憑かれたようにじっと眺めるのであった――




