第24話『煌燈十二軍 第一軍団 "筆頭"』
――――。
「煌燈十二軍……? それって……」
カレンは一度、その名を聞いたことがあった。
イーンの宿で、ジェイルからこの国について聞いた時だ。
あの時は話半分で聞いていて、なんとなく公国最強の魔術士たちといった認識だったが……。
まさか、ジェイル自身が、その煌燈十二軍だったなんて。
「クックックック……アッハハハハハハハハ!」
不意に。唐突に。
リッパーが高らかな笑いを上げた。
「いいねェ! ただ奴隷を運ぶだけの、つまらねェ仕事かと思えばッ! あの噂に名高い煌燈十二軍と殺り合えるなんてなァ! 《荒れ狂え・旋嵐の剣奏》――ッ!」
刹那。
リッパーの周囲に、猛烈な暴風が駆け抜ける。
それらはまるで、幾重も重なった剣のように、彼を閉じ込めていた氷柱を鋭く斬り裂いた。
ガシャァン! という音と共に。
飛び散る砕氷の雨。
次の瞬間には、リッパーが何事も無かったかのような顔で、首を鳴らしていた。
「――っ!?」
カレンは息を呑む。
再び、恐怖に心が蝕まれそうになるが――
「大丈夫。何も心配は無いよ」
宥めるようにジェイルが言った。
ジェイルはカレンを抱えたまま、十数メートル側方へ跳躍。
その場にカレンを優しく下ろし、何事か呪文を呟く。
そしてカレンの周りに、簡易的な結界魔術を張り、即席の安全地帯を作った。
「ここで待っているんだ。――すぐに終わらせる」
そう言って、元いた場所へ再び跳躍する。
「 その黒髪に黒い瞳、そして左目の傷……今、ようやく思い出したぜ。
フォルニカ公国唯一にして最強の軍事機関、大公庁の懐刀"煌燈十二軍"――その筆頭、ジェイル=サファイアさんよぉ」
「ほう……? 入軍してまだ一年半なのに、君のような裏の魔術士にも噂が広まっているとは……俺も有名になったね」
「そりゃ有名さ。
煌燈十二軍――その名の通り十二の軍団から構成される、公国唯一にして最強の軍事機関だ。
各軍団の構成人数はたった一人。合わせてほんの十二人しかいねぇ組織だが……その一人一人が一騎当国の猛者ばかり。
"百年前"の第二次大陸大戦で、帝国・王国・連邦からの侵攻を僅か数人で返り討ちにした話は、あまりに有名だろ」
「……」
ジェイルは存外博識なリッパーを、軽く感心した。
「その上――なんてったってテメェは、熱量操作の"特異魔力体質者"なんだからな」
リッパーはニヤリとした表情で言った。
「特異魔力体質者は、数千万人に一人の確率で産まれてくるッつー、異常体質のことだ。
特定の魔力操作に対してずば抜けた適性を持ってやがる。
テメェの【グレイス・ブロック】が、馬鹿みてぇな威力なのにも納得だ」
「ああ。そういう君こそ、俺の【グレイス・ブロック】を砕いたあの魔術。一般に流通している、公国の軍用魔術ではないね?」
リッパーの話を聞いていたジェイルは、ゆっくりと問いかける。
「おうとも。風衝弍式【ブレード・テンペスター】――お宅ら公国の二等軍用魔術【ブラインド・アーチ】をベースにして作った、俺の改変魔術だ。
といっても、この程度の改変なら誰でも出来るレベルだろうがな」
「冗談を」
ジェイルが即答する。
「たった二節の改変で俺の氷を壊すなんて、超一流の魔術士でもなければ出来ないさ」
そう。
呪文の改変をするだけならば、ある程度の技量と知識を備えていれば不可能ではない。
しかし、使い手が超一流でもない限り、ほとんどが既存の汎用魔術の劣化版にしかならないというのが通例だ。
理由は単純。一個人が即興で作った改変魔術よりも、長い歴史の中で最適な形に構築、洗練されてきた汎用魔術の方が、圧倒的に魔力変換の効率が良いからである。
魔力変換の効率が悪ければ、魔術の威力、射程、範囲――諸々の精度が大幅に低下する。最悪の場合、制御出来ずに暴発してしまうだろう。
魔力を無駄なく変換し、極限まで威力を高め、さらに呪文を僅か二節にまで切り詰める。
リッパーの魔術士としての腕は、間違いなく超一流のそれであった。
「『千切』のリッパー。それほどの実力を有していながら、どうして裏社会の魔術士に甘んじているんだい?」
いつになく真剣な表情でジェイルは言った。
よく見れば、額には一筋の汗が流れている。
攻性魔術を解禁したが、少しでも油断をすれば逆に狩られる――そのような事を思い浮かべているのが見て取れた。
「ほゥ。あの煌燈十二軍の筆頭に、そこまで褒められるなんてなァ。どうやら俺の腕も、まだまだ捨てたもんじゃなかったらしい」
対するリッパーは、そんなことを呟きながら。
「理由なら簡単だ……食っていけねぇからさ。バカ正直に働いてたんじゃなァ」
リッパーは、冷たい笑みを浮かべながら吐き捨てた。
「俺の故国は万年、水害が酷いせいで貧乏でな。弟たちはいつも飢えに苦しんでやがる。満足な衣服を揃えるのはおろか、明日の飯を食いつなぐのもやっとだ。
おまけに近年は、隣国からの武力支配で、植民地みてェな扱いを受けてるときた」
ジェイルは軽く目を見開いた。
頭の中に、とある一つの国が思い浮かんだからだ。
「……臨海国家グラフィスか」
グラフィス――フォルニカ公国の南西部に位置する小国だ。国土は公国と同じくらいだが、公国と違って資源にかなり乏しい。
しかも、国土のほとんどが熱帯モンスーン気候に属しており、毎年のように台風や洪水が発生している。
近年ではバラバ帝国を筆頭に、周辺諸国からの侵攻も受けており、国家として極限の状態に陥っていることはジェイルも耳にしていた。
ジェイルの呟きにあァ、と零しながらリッパーは続ける。
「十年前、出稼ぎのために祖国を出たが……そこからは大変だったぜ。
グラフィス出身であることを隠しながら、ちまちま稼いだ金で買った物資を地元に送らないといけないんだからなァ。
行き詰まった結果、裏社会に流れるにはそう時間がかからなかった」
「……」
「裏の仕事なら何でも請け負った。人を殺せと依頼されれば殺し、物を盗めと依頼されれば盗んだ。
――五年前に、裏のルートで知った魔術を独学で覚え始めてからは、更に高額の仕事も舞い込んできた」
リッパーは、何を考えているのか分からない表情で、自分の手を握ったり開いたりしている。
なるほど――
恐らくこの男は、常に命懸けの場に身を置いていたのだろう。その中で、魔術は自身を守る唯一の武器だったはずだ。
あの洗練された技術の裏には、きっと血反吐を吐くような修練を積んできたに違いない。
ジェイルはそう悟った。
「手を汚してきたことに後悔はねェ。仕事を一件こなすだけで、一ヶ月分の金が手に入るからな。それだけ弟たちは生き長らえることが出来る」
無論、裏社会で暗躍し、数多くの命を奪ってきたこの男を許す訳にはいかない。捕らえた上で、然るべき裁きを下すのが当然である。
しかし、この男はそれらの応報を丸々承知した上で、敢えて血で汚れた道を歩んできた。
――全ては、故郷の家族の為に。
「……そうか」
ジェイルはこの男に対し、曲がりなりにも己が信念を貫く者としての、ある種の境地を感じ取っていた。
「どうやら君にも、魔術士として譲れないものがあるらしい」
「まァな。だが、今この瞬間に限って言えば、その譲れねェもんを置いといてでも、テメェとやり合いてェ。
ボンクラだった俺が積み上げてきたモンが、魔術大国と謳われるフォルニカ公国最強の魔術士に、どこまで通用するのか試してみてェ……そんな気分だ」
リッパーはそう言って、不敵な笑みを浮かべた。
それはまるで、永年に渡る好敵手と対峙しているかのような――あるいは、目の前にご馳走を置かれている狗のような。
そんな表情だった。
その様子に、ジェイルも心の内を察し――
「この戦いに決着をつける。それに関して言えは、俺も是非は無いさ。
さあ、仕切り直しだ。いくぞ、『千切』のリッパー」
自然と――小さな笑みを浮かべていた。
再び構え直し、臨戦態勢に入る二人。先程ジェイルの魔術により、周囲は極限まで冷やされていたが、今となってはまるで熱気すら感じるような緊張感だった。
そして――二人の緊張が限界まで溢れたその瞬間。
「――ッ!」
「――――!」
魔術大国。フォルニカ公国唯一にして最強の軍事機関、煌燈十二軍。その"筆頭"――ジェイル=サファイア。
国外随一の魔術士――『千切』のリッパー。
数々の死線をくぐり抜けてきた、歴戦の魔術士二人の、最終決戦が幕を下ろしたのであった。




