第23話『反撃の狼煙』
――――。
「ったく、今回の仕事はつくづくめんどくせェ……」
ハラル大森林のとある奥地にて。
銀髪でチンピラ風の男――リッパーは切り株に腰かけ、盛大なため息をつきながら言った。
時刻はもう夕暮れにさしかかっている。
鬱蒼とした木々が生い茂るこの場所は、既に薄暗くなっていた。
そんな中リッパーは、近くの茂みの方をちらっと見て。
「……は〜〜〜〜。おいガキ、いつまでそうしているつもりだ。あ?」
茂みの前で倒れ伏す少女に言葉を吐き捨てる。
少女――カレンの有様は、一言でいえば死人のそれだ。
明後日の方向を向いたまま、ぴくりとも動かない。
目は虚ろとしており、どこか遠くを眺めていた。
「ッたく、拗ねてんじゃねぇよ。いい加減起きやが……いや、むしろ明日の朝までそのまま寝てろ。そうすりゃ、楽に仕事を終わらせられるからな」
リッパーの軽口も全く意に介さないまま、カレンは虚ろな表情で、横たわり続ける。
そんな様子を流し見ながら。
「……チッ。馬鹿が希望なんか持つからこうなる……胸糞悪ぃ。
とはいえ、このままじゃあの優男が死んだかどうかわかんねェな……」
リッパーは頭をガリガリと掻いた。
そう。リッパーの仕事は、カレンの輸送だけではない。
先ほど戦闘した、ジェイルという魔術士の暗殺も含まれているのだ。
あの男は二等軍用魔術【ブラインド・アーチ】をまともに喰らった。無事ではないだろうが、一応死体の確認はしておく必要がある。
とはいえカレンを放置したまま、確認しに行くのは得策ではない。
あの時、自分たちを強襲した紫電――恐らく角狼の成体の生き残りが、まだ彷徨いているかもしれないからだ。
「ま、奴が死んだかどうかは、明日ガキを渡しに行く時にでも確認すればいい。攻性魔術も使わねぇ甘ちゃんだからな。よしんば生きてても、角狼に喰われてんだろ」
リッパーは呑気にそう言って、近くの木の枝を集めはじめた。今夜はこの場所で野宿をするつもりなのだろう。
変わらず倒れ伏すカレンは、その様子をぼんやりと眺めながら、虚ろげな表情をしていた。
(……もう……私は……)
頬にこびりつく砂利の感触を感じながら、僅かばかりの思考が浮上する。
淀む。
光が、淀む。
希望が、淀む。
一筋の陽光が消え、完全に打ちひしがれたような感覚。
――私は、幸せになってはいけないのかな。
――このままいっそ、自害すれば楽になるかな。
死ぬ勇気もないのに、何を言っているんだろう――
そのまま思考が、ぐるぐると移ろっていく。
(あの人は……大丈夫かな……)
ふっと思い浮かんだのは、あの時リッパーにやられて倒れたジェイルだ。
一応、私が使えるたった一つの能力で、回復はさせた。
もし無事なら、どうかもう私を忘れて逃げてほしい。
そうすれば、リッパーに命を狙われることもないはず。
そうだ、そうしてほしい。
そう……思っているはずなのに。
(……うう……ぐす……ひっく……)
両目から、大粒の涙が流れ始めた。
耐えきれなかったのだ。
少女はもう、陽の光を知ってしまった。
希望を望んでしまった。
それを打ち砕かれた絶望に、耐え切れなかったのである。
残酷な現実に絶望し、カレンが蹲る。
……その時。
どっどっど――
何かが聞こえる。
カレンはぎゅっと閉じていた目を、ゆっくりとひらいた。
どっどっど――――
聞き間違いじゃない。
それに、地面が揺れている。
「あん? なんの音だ?」
リッパーもそれに気づいたようで、茂みの奥を見ながら訝しむ。
魔獣が来たのだろうか。
いや――違う。
「――!」
カレンは迫り来る何かの正体を、魔力的な感覚で悟った。
ありえない。
この温かい感覚は。
懐かしくも安心する、この感覚は――
ありえない人物の気配に、思わず体を起こす。
「――お? やっと起きやがったかガキ……」
その様子をリッパーが気づき、カレンに近づいた。
――その瞬間だった。
どっどっどっどっど――――!
カレンの背後。
茂みの奥から、一つの影が飛び出した。
「な……テメェ……!?」
リッパーが飛び出した人物を見て驚愕する。
その人物はカレンの近くに着地し――
「――《氷壁よ》ッ!」
――――。
凍獄。
その一言に尽きる。
辺りには一面の霜、所々に巨大な氷柱が大地を貫いている。
「……先程はすまない。私情にかられて、力を出しあぐねていた。非礼を詫びさせてほしい」
幻想的な氷の世界の真ん中で。
大森林を一瞬にして変えた張本人――ジェイルが言った。
「テメ……優男! やっぱ生きてやがったか……!」
その真ん中では巨大な氷柱が、リッパーの四肢を飲み込んでいる。
「一体なんだこの魔術はッ!?」
「詠唱でわかる通り、三等軍用魔術【グレイス・ブロック】だが?」
「馬鹿言えッ!」
リッパーは驚愕の声を上げた。
それは、ジェイルの放った魔術が、通常の三等軍用魔術とは思えない威力だったこともあるが……本来では、ありえない振る舞いをしていたからだ。
「これが【グレイス・ブロック】だと!? こんだけの威力な上に、なんでガキは巻き込まれてねぇんだ!?」
そう。
リッパーは氷漬けにされたにも関わらず、すぐ傍にいるカレンとその周囲には、霜一つすら付いていなかったのだ。
「それはな……」
ジェイルはゆっくりと口を開く。
「熱量の完全支配は俺の得意分野でね。こうして敵だけを氷漬けにするのは、簡単さ」
「熱量の完全支配だと……! テメェは一体……いや、まさか……!?」
二人がそんなやり取りをしている最中。
「ジェ、ジェイルさん……どうして……。それより、その姿は……?」
カレンがようやく声を上げた。
流していた涙も忘れ、目を瞬かせる。
そしてジェイルの姿を見て、不思議そうに呟いた。
今のジェイルの服装は、先ほどまで着ていた長袖の部屋着ではない。
黒を基調とした、いかにも軍服といった雰囲気の礼服を身に纏っている。
「やぁ、カレン。待たせてすまない、助けに来たよ。そういえば、この姿を見せるのは初めてだったね――」
カレンの声に気づいたジェイルが、彼女の方へと振り向く。
「俺はジェイル=サファイア。
フォルニカ公国大公庁管轄"煌燈十二軍"の筆頭、第一軍団に所属している、軍人だ」




