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【挿絵多め】煌燈十二軍と供犠奇譚《サクリフィス・サーガ》  作者: HaiRu
第一部【フォルニカ公国篇】 第一章《奴隷少女》
24/73

第23話『反撃の狼煙』



 ――――。



「ったく、今回の仕事はつくづくめんどくせェ……」


 ハラル大森林のとある奥地にて。

 銀髪でチンピラ風の男――リッパーは切り株に腰かけ、盛大なため息をつきながら言った。

 

 時刻はもう夕暮れにさしかかっている。

 鬱蒼とした木々が生い茂るこの場所は、既に薄暗くなっていた。

 そんな中リッパーは、近くの茂みの方をちらっと見て。


「……は〜〜〜〜。おいガキ、いつまでそうしているつもりだ。あ?」

 

 茂みの前で倒れ伏す少女に言葉を吐き捨てる。

 少女――カレンの有様は、一言でいえば死人のそれだ。

 明後日の方向を向いたまま、ぴくりとも動かない。

 目は虚ろとしており、どこか遠くを眺めていた。


「ッたく、拗ねてんじゃねぇよ。いい加減起きやが……いや、むしろ明日の朝までそのまま寝てろ。そうすりゃ、楽に仕事を終わらせられるからな」


 リッパーの軽口も全く意に介さないまま、カレンは虚ろな表情で、横たわり続ける。

 そんな様子を流し見ながら。


「……チッ。馬鹿が希望なんか持つからこうなる……胸糞悪ぃ。

 とはいえ、このままじゃあの優男が死んだかどうかわかんねェな……」


 リッパーは頭をガリガリと掻いた。


 そう。リッパーの仕事は、カレンの輸送だけではない。

 先ほど戦闘した、ジェイルという魔術士の暗殺も含まれているのだ。

 あの男は二等軍用魔術【ブラインド・アーチ】をまともに喰らった。無事ではないだろうが、一応死体の確認はしておく必要がある。


 とはいえカレンを放置したまま、確認しに行くのは得策ではない。

 あの時、自分たちを強襲した紫電――恐らく角狼の成体の生き残りが、まだ彷徨いているかもしれないからだ。

 

「ま、奴が死んだかどうかは、明日ガキを渡しに行く時にでも確認すればいい。攻性魔術も使わねぇ甘ちゃんだからな。よしんば生きてても、角狼(犬っころ)に喰われてんだろ」

 

 リッパーは呑気にそう言って、近くの木の枝を集めはじめた。今夜はこの場所で野宿をするつもりなのだろう。

 変わらず倒れ伏すカレンは、その様子をぼんやりと眺めながら、虚ろげな表情をしていた。


(……もう……私は……)


 頬にこびりつく砂利の感触を感じながら、僅かばかりの思考が浮上する。



 (よど)む。


 光が、淀む。


 希望が、淀む。


 一筋の陽光が消え、完全に打ちひしがれたような感覚。


 ――私は、幸せになってはいけないのかな。

 ――このままいっそ、自害すれば楽になるかな。

 死ぬ勇気もないのに、何を言っているんだろう――


 そのまま思考が、ぐるぐると移ろっていく。


(あの人は……大丈夫かな……)


 ふっと思い浮かんだのは、あの時リッパーにやられて倒れたジェイルだ。

 一応、私が使えるたった一つの能力(ちから)で、回復はさせた。

 もし無事なら、どうかもう私を忘れて逃げてほしい。

 そうすれば、リッパー()に命を狙われることもないはず。

 そうだ、そうしてほしい。

 そう……思っているはずなのに。


(……うう……ぐす……ひっく……)


 両目から、大粒の涙が流れ始めた。


 耐えきれなかったのだ。

 少女はもう、陽の光を知ってしまった。

 希望を望んでしまった。

 それを打ち砕かれた絶望に、耐え切れなかったのである。


 残酷な現実に絶望し、カレンが(うずくま)る。

 ……その時。


 どっどっど――


 何かが聞こえる。

 カレンはぎゅっと閉じていた目を、ゆっくりとひらいた。


 どっどっど――――


 聞き間違いじゃない。

 それに、地面が揺れている。


「あん? なんの音だ?」


 リッパーもそれに気づいたようで、茂みの奥を見ながら訝しむ。

 魔獣が来たのだろうか。

 いや――違う。


「――!」


 カレンは迫り来る何かの正体を、魔力的な感覚で悟った。

 ありえない。

 この温かい感覚は。

 懐かしくも安心する、この感覚は――

 ありえない人物の気配に、思わず体を起こす。


「――お? やっと起きやがったかガキ……」


 その様子をリッパーが気づき、カレンに近づいた。

 ――その瞬間だった。


 

 どっどっどっどっど――――!



 カレンの背後。

 茂みの奥から、一つの影が飛び出した。


「な……テメェ……!?」


 リッパーが飛び出した人物を見て驚愕する。

 その人物はカレンの近くに着地し――


「――《氷壁(ひょうへき)よ》ッ!」



 ――――。



 凍獄(とうごく)

 その一言に尽きる。

 辺りには一面の霜、所々に巨大な氷柱が大地を貫いている。


「……先程はすまない。私情にかられて、力を出しあぐねていた。非礼を詫びさせてほしい」


 幻想的な氷の世界の真ん中で。

 大森林を一瞬にして変えた張本人――ジェイルが言った。


「テメ……優男! やっぱ生きてやがったか……!」


 その真ん中では巨大な氷柱が、リッパーの四肢を飲み込んでいる。


「一体なんだこの魔術はッ!?」


「詠唱でわかる通り、三等軍用魔術【グレイス・ブロック】だが?」


「馬鹿言えッ!」


 リッパーは驚愕の声を上げた。

 それは、ジェイルの放った魔術が、通常の三等軍用魔術とは思えない威力だったこともあるが……本来では、ありえない振る舞いをしていたからだ。


「これが【グレイス・ブロック】だと!? こんだけの威力な上に、なんでガキは巻き込まれてねぇんだ!?」


 そう。

 リッパーは氷漬けにされたにも関わらず、すぐ傍にいるカレンとその周囲には、霜一つすら付いていなかったのだ。


「それはな……」


 ジェイルはゆっくりと口を開く。


「熱量の完全支配(・・・・)は俺の得意分野でね。こうして敵だけを氷漬けにするのは、簡単さ」


「熱量の完全支配だと……! テメェは一体……いや、まさか……!?」 


 二人がそんなやり取りをしている最中。


「ジェ、ジェイルさん……どうして……。それより、その姿は……?」


 カレンがようやく声を上げた。

 流していた涙も忘れ、目を瞬かせる。

 そしてジェイルの姿を見て、不思議そうに呟いた。


 今のジェイルの服装は、先ほどまで着ていた長袖の部屋着ではない。

 黒を基調とした、いかにも軍服といった雰囲気の礼服を身に纏っている。


「やぁ、カレン。待たせてすまない、助けに来たよ。そういえば、この姿を見せるのは初めてだったね――」


 カレンの声に気づいたジェイルが、彼女の方へと振り向く。


「俺はジェイル=サファイア。

 フォルニカ公国大公庁管轄"煌燈十二軍"の筆頭、第一軍団に所属している、軍人だ」




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