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【挿絵多め】煌燈十二軍と供犠奇譚《サクリフィス・サーガ》  作者: HaiRu
第一部【フォルニカ公国篇】 第一章《奴隷少女》
23/73

第22話 『再燃する闘志』



 ~~~~。



 死が来る。

 死が来る。

 死が、来る。

 真っ黒な死が、世界を赫く染め上げる。

 木霊する叫び声。引き裂かれる肉。飛び散る血飛沫。


 今から約5年前。

 瞳に映る世界が、今よりずっと蒼かった頃。

 俺は、復讐という檻に囚われた――……



 ~~~~。



「ん――」


 遠い夢を見ていた感覚が消え、ジェイルの意識がゆっくりと浮上する。


「ぐ……」


 身体の節々が痛む。


「ここは……?」


 どうやら自分は、ベッドの上にいるらしい。

 鉛のように重い体を起こし、周囲を見渡す。

 部屋の壁際には、小綺麗に整頓された箪笥(たんす)やクローゼット、机が置かれている。

 ――見た事のある光景だ。


「ジェイル! 目を覚ましたかい!?」


 部屋の扉付近から、よく知った女性の声がした。


「ナターシャ……さん?」


 扉の近くにいたナターシャは、水の入った桶を傍の机に置き、ジェイルの元へ駆け寄った。


「よかった……あまりに酷い姿だったから、もう駄目かと思ったんだよ……」


 ナターシャの目尻に涙を浮かぶ。


「どうして……俺はここに……?」


「どうもこうも! 店の前で物音がすると思ったら、ボロボロになったあんたが倒れてたのさ!」


「え……?」


 どういうことだ。

 自分はハラル大森林にいたはず。

 あの森の入口で――


「……ッ……!」


 意識を失う直前の光景。

 あの男――『千切』のリッパーとの戦いが、ジェイルの脳裏に映し出される。


 ああ、そうだ。

 俺は負けたのだ。

 あまりにも無様な敗北。そして絶望に染まった、カレンの表情。

 

「そうだ……はやく……カレンを助けに行かないと……」


 ジェイルは急いでベッドから飛び出そうとするが。


「ぐ……」


「ジェイル!」


 全身を打たれたような鈍い痛みが襲い、そのままベッドに倒れ込んだ。

 それもそのはず、先刻リッパーから二等軍用魔術【ブラインド・アーチ】をまともに食らったのだ。

 全身は切り刻まれ、さぞや自分の身体は酷い有様だろう。

 ジェイルはそう思い、ボロボロになった服の下を覗き込むが。


「……!?」


 なんとジェイルの身体には、おびただしい血の跡があるにも関わらず、傷口は全く見られなかった。

 思えば全身に走る痛みも、裂傷由来というより、回復痛のそれに近い。

 

(どういうことだ……?)


 自分で治癒魔術を施した覚えもないので、ジェイルが唖然としていると。


「そうだッ……カレン……!? ジェイルッ! あんた、カレンと会ったのかい!?」


 ナターシャが真っ青な顔で、ジェイルに鋭く問いかけるのだった。



 ――――。



「そうですか……。玄関を開けた途端、見知らぬ男に気絶させられた、と」


「ああ……。目を覚ましたら、カレンがどこにもいなくて心配してたんだ」


 ナターシャが、俯きがちに目を落として言った。


「まさか、あの男が連れ去った犯人だったなんて。すまないジェイル……あたしがついていながら……」


「いいえ……俺の方こそ、カレンを助けられずに申し訳ありません」


 ジェイルも悔しそうに俯く。

 しん……とした空気が二人のまわりを漂う。

 

「……カレンを連れ去ったあの銀髪の男は、一体何者なんだい?」


 沈黙を破るように、ナターシャが問いかけた。


「『千切』のリッパー。四、五年前からバラバ帝国を中心に、裏社会で名を馳せている凄腕の魔術士です。

 恐らく、国外の魔術士の中では、トップレベルの実力でしょう」


「やっぱり裏の人間かい……まさか公国以外で、そんな強い魔術士がいたなんて……」


 ナターシャは、信じられないとばかりに頭を抱える。


「これからどうするんだい? カレンが連れ去られた以上、いよいよあんた一人で片付けられる事件じゃないよ。

 魔術士組合(ギルド)を呼ぶか、銀氷狼に報告するか……。あんたがやられる程の実力者なら、大公庁にも通達した方が良いと思うんだけれど」


 心配そうな声をかけるナターシャとは裏腹に、ジェイルは静かに目を閉じ、少しの間押し黙った。

 そして。


「――いえ。俺はこれからもう一度、ハラル大森林へ向かいます。そして、今度こそあの魔術士を倒して、カレンを助け出してみせます」


「ッ! 無茶言うんじゃないよッ!」


 ナターシャが声を荒らげ、両手でベッドを叩く。

 それはジェイルを責め立てている訳ではなく、その身を案じてのことだった。


「あんたはもうボロボロじゃないか! 万全の状態でも負けたってのに、そんな体で何ができるってんだい!」


 ナターシャの言葉は図星だ。

 どうして怪我が治っているのかは分からないが、ジェイルは少し前まで死に体だった。

 おまけに守るべき少女を前に、むざむざと敗走を喫した。

 だが、一つだけ違うことがある。


「確かに俺はリッパーに負けました。ですが……負けていたのは俺の心なんです。

 俺は私情にかまけて、彼に全力で勝負を挑まなかった」


「そ、それって……」


 どういうことか。

 そう問おうとしたナターシャの頭に、一つの悪い予感がよぎった。


「あんたもしかして……|攻性魔術(アサルト・スペル)を使わなか《・・・・・・・・・・》ったのかい(・・・・・)!?」


 ナターシャの叫ぶような問いかけに。

 ジェイルが後ろめたく、ええと頷く。


「なんで……そんな……」


 ジェイルの肯定に、ナターシャは愕然とした。

 攻撃系――攻性魔術は魔術戦の基本。

 それを使わずに戦うなど、自殺行為に等しい。

 なのにこの男は、攻性魔術をまったく使わずに、『千切』のリッパーと戦ったのだと言う。


 そんなジェイルの暴挙に、ナターシャがはっと気づいた。

 彼女には、ジェイルが攻性魔術を使わない理由に、思い当たる節があったのだ。


「まさか……あんた、まだあのこと(・・・・)を気にして……!」


「……」


 そう言われたジェイルは図星だといった表情で。


「俺は昔、どうしようもない子供でした。何もできない、未熟者でした。

 自分の弱さにかこつけて、大切な人や多くの魔獣たちの命を奪った。……他でもない、俺自身の魔術()で」


 自嘲するような声で続けた。


「もしまた全力で戦えば、俺は今度こそ全てを壊してしまうかもしれない。

 復讐だけに囚われる、悪鬼になってしまうかもしれない……それが恐ろしかったんです」


 一体、彼の過去に何があったというのか。

 どこか遠くを眺めるジェイルの瞳には、物悲しげな心象が映っていた。


「ジェイル……」

 

 ナターシャはそれを見て、辛そうに目を伏せる。


「だけど……それじゃあ誰かを守ることは出来ない。

 ――(リッパー)と戦って、思い知らされました。過去を恐れているだけでは、誰も守れないことを」


 ジェイルは左手を握りしめ、何かを決意するように言った。


「俺は今度こそ救ってみせます……この手で必ず。それが、今の俺の役目です」


 そんなジェイルの真剣な眼差しに。

 

「……わかった。その代わり、今晩中に帰ってこなかったら、あたしから銀氷狼に報告するよ」


 ナターシャは根負けした表情を浮かべるのであった。



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