第22話 『再燃する闘志』
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死が来る。
死が来る。
死が、来る。
真っ黒な死が、世界を赫く染め上げる。
木霊する叫び声。引き裂かれる肉。飛び散る血飛沫。
今から約5年前。
瞳に映る世界が、今よりずっと蒼かった頃。
俺は、復讐という檻に囚われた――……
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「ん――」
遠い夢を見ていた感覚が消え、ジェイルの意識がゆっくりと浮上する。
「ぐ……」
身体の節々が痛む。
「ここは……?」
どうやら自分は、ベッドの上にいるらしい。
鉛のように重い体を起こし、周囲を見渡す。
部屋の壁際には、小綺麗に整頓された箪笥やクローゼット、机が置かれている。
――見た事のある光景だ。
「ジェイル! 目を覚ましたかい!?」
部屋の扉付近から、よく知った女性の声がした。
「ナターシャ……さん?」
扉の近くにいたナターシャは、水の入った桶を傍の机に置き、ジェイルの元へ駆け寄った。
「よかった……あまりに酷い姿だったから、もう駄目かと思ったんだよ……」
ナターシャの目尻に涙を浮かぶ。
「どうして……俺はここに……?」
「どうもこうも! 店の前で物音がすると思ったら、ボロボロになったあんたが倒れてたのさ!」
「え……?」
どういうことだ。
自分はハラル大森林にいたはず。
あの森の入口で――
「……ッ……!」
意識を失う直前の光景。
あの男――『千切』のリッパーとの戦いが、ジェイルの脳裏に映し出される。
ああ、そうだ。
俺は負けたのだ。
あまりにも無様な敗北。そして絶望に染まった、カレンの表情。
「そうだ……はやく……カレンを助けに行かないと……」
ジェイルは急いでベッドから飛び出そうとするが。
「ぐ……」
「ジェイル!」
全身を打たれたような鈍い痛みが襲い、そのままベッドに倒れ込んだ。
それもそのはず、先刻リッパーから二等軍用魔術【ブラインド・アーチ】をまともに食らったのだ。
全身は切り刻まれ、さぞや自分の身体は酷い有様だろう。
ジェイルはそう思い、ボロボロになった服の下を覗き込むが。
「……!?」
なんとジェイルの身体には、おびただしい血の跡があるにも関わらず、傷口は全く見られなかった。
思えば全身に走る痛みも、裂傷由来というより、回復痛のそれに近い。
(どういうことだ……?)
自分で治癒魔術を施した覚えもないので、ジェイルが唖然としていると。
「そうだッ……カレン……!? ジェイルッ! あんた、カレンと会ったのかい!?」
ナターシャが真っ青な顔で、ジェイルに鋭く問いかけるのだった。
――――。
「そうですか……。玄関を開けた途端、見知らぬ男に気絶させられた、と」
「ああ……。目を覚ましたら、カレンがどこにもいなくて心配してたんだ」
ナターシャが、俯きがちに目を落として言った。
「まさか、あの男が連れ去った犯人だったなんて。すまないジェイル……あたしがついていながら……」
「いいえ……俺の方こそ、カレンを助けられずに申し訳ありません」
ジェイルも悔しそうに俯く。
しん……とした空気が二人のまわりを漂う。
「……カレンを連れ去ったあの銀髪の男は、一体何者なんだい?」
沈黙を破るように、ナターシャが問いかけた。
「『千切』のリッパー。四、五年前からバラバ帝国を中心に、裏社会で名を馳せている凄腕の魔術士です。
恐らく、国外の魔術士の中では、トップレベルの実力でしょう」
「やっぱり裏の人間かい……まさか公国以外で、そんな強い魔術士がいたなんて……」
ナターシャは、信じられないとばかりに頭を抱える。
「これからどうするんだい? カレンが連れ去られた以上、いよいよあんた一人で片付けられる事件じゃないよ。
魔術士組合を呼ぶか、銀氷狼に報告するか……。あんたがやられる程の実力者なら、大公庁にも通達した方が良いと思うんだけれど」
心配そうな声をかけるナターシャとは裏腹に、ジェイルは静かに目を閉じ、少しの間押し黙った。
そして。
「――いえ。俺はこれからもう一度、ハラル大森林へ向かいます。そして、今度こそあの魔術士を倒して、カレンを助け出してみせます」
「ッ! 無茶言うんじゃないよッ!」
ナターシャが声を荒らげ、両手でベッドを叩く。
それはジェイルを責め立てている訳ではなく、その身を案じてのことだった。
「あんたはもうボロボロじゃないか! 万全の状態でも負けたってのに、そんな体で何ができるってんだい!」
ナターシャの言葉は図星だ。
どうして怪我が治っているのかは分からないが、ジェイルは少し前まで死に体だった。
おまけに守るべき少女を前に、むざむざと敗走を喫した。
だが、一つだけ違うことがある。
「確かに俺はリッパーに負けました。ですが……負けていたのは俺の心なんです。
俺は私情にかまけて、彼に全力で勝負を挑まなかった」
「そ、それって……」
どういうことか。
そう問おうとしたナターシャの頭に、一つの悪い予感がよぎった。
「あんたもしかして……|攻性魔術を使わなか《・・・・・・・・・・》ったのかい!?」
ナターシャの叫ぶような問いかけに。
ジェイルが後ろめたく、ええと頷く。
「なんで……そんな……」
ジェイルの肯定に、ナターシャは愕然とした。
攻撃系――攻性魔術は魔術戦の基本。
それを使わずに戦うなど、自殺行為に等しい。
なのにこの男は、攻性魔術をまったく使わずに、『千切』のリッパーと戦ったのだと言う。
そんなジェイルの暴挙に、ナターシャがはっと気づいた。
彼女には、ジェイルが攻性魔術を使わない理由に、思い当たる節があったのだ。
「まさか……あんた、まだあのことを気にして……!」
「……」
そう言われたジェイルは図星だといった表情で。
「俺は昔、どうしようもない子供でした。何もできない、未熟者でした。
自分の弱さにかこつけて、大切な人や多くの魔獣たちの命を奪った。……他でもない、俺自身の魔術で」
自嘲するような声で続けた。
「もしまた全力で戦えば、俺は今度こそ全てを壊してしまうかもしれない。
復讐だけに囚われる、悪鬼になってしまうかもしれない……それが恐ろしかったんです」
一体、彼の過去に何があったというのか。
どこか遠くを眺めるジェイルの瞳には、物悲しげな心象が映っていた。
「ジェイル……」
ナターシャはそれを見て、辛そうに目を伏せる。
「だけど……それじゃあ誰かを守ることは出来ない。
――彼と戦って、思い知らされました。過去を恐れているだけでは、誰も守れないことを」
ジェイルは左手を握りしめ、何かを決意するように言った。
「俺は今度こそ救ってみせます……この手で必ず。それが、今の俺の役目です」
そんなジェイルの真剣な眼差しに。
「……わかった。その代わり、今晩中に帰ってこなかったら、あたしから銀氷狼に報告するよ」
ナターシャは根負けした表情を浮かべるのであった。




