第21話 『カレン=◼️◼️◼️◼️◼️ 其の三』
――――。
『◼️◼️◼️◼️◼️家――――かつては伝説的な魔術士を排出した名家だったが……平和呆けしたのかなあ』
どれくらいたったのだろうか。
私の近くで、間の抜けた男の声が聞こえる。
私はその声の主を見上げようとするが、顔を上げることができない。
それどころか、うつ伏せになったまま、指一本動かせない。
『はあ……はあ……。あなたがあの悪魔達を呼び出したのですか』
さらに近くで、母の声がした。
初めて聞くような、低く震えた声で、母が男に問うている。
その様子からは、滅多に見せない怒りの表情を察することができた。
『おや? 多少の抵抗は想定していたが、まさか生き残りがいたとは』
くるり、と。踵を返す音がする。
『その通り。あの悪魔達は僕の配下でね、こんな冴えない中年だが……これでも、世界最高の概念魔術士を自称しているよ』
男は悠然とした口調で答えた。
『魔術士ですって!? どうしてここに……! いや、貴方のことなどどうでもいいッ! なぜ……なぜ◼️◼️◼️◼️◼️一族を襲ったのです!?』
母は驚いた様子で、男に食いかかる。
『ふむ、代わり映えのない質問だね。その答えはただ一つ……我らが"大いなる主"のためだ』
『ッ……どういう……』
『我が主は強力な魂をご所望でね……その悲願を達成するためには、今の君たちはあまりにも脆弱だ。ということで、申し訳ないが間引かせてもらった。
まあ、魂は輪廻の環を通り、再び現世へと巡ってくる。ちょうど畑を耕すのと同じさ。次の"周回"を期待させてもらうよ』
一体、何を言っているのか。意味が分からなかった。
しかし、ただ、どうしようもなく理不尽な理由で、私たちの家族は、同胞は、命を奪われたのだと悟った。
私の心は絶望に支配される。
しかし母は、周囲に漏れ出す魔力や気配から、どうしようもない憤怒を滲み出していることが、容易に想像できた。
『何を言っているのか分かりませんが、貴方は危険すぎます。この世界のために……これ以上、野放しにするにはいきません……!』
『私を殺すつもりかい? 確かに令束で悪魔達を退けたのは、賞賛に値する。だが同胞も皆殺され、誰一人守れなかった君が、これ以上戦っても不毛なだけだと思うがね?』
『ッ……まだ、終わってない……! 同胞はもういないけど……私たちの命は、魂は! この空と大地に繋がって、必ず誰かに受け継がれるのッ!』
母が涙まじりに、鮮烈に叫ぶ。
そして――
『――《輪廻に囚われし我らが主――地に落ち、神格を失ったとて、それでも我らを見守る、偉大なる神性――!』
何か、まじないのような言葉を紡ぎ始めた。
『ほう……』
男の声が一瞬強ばる。
『素晴らしい……! まさかこの時代で、◼️◼️◼️◼️◼️一族の秘奥を拝めるとは……実に半世紀ぶりだ……』
何のことを言っているのかは相変わらず分からない。
しかし、なぜか喜んでいるような反応だった。
『おめでとう、君は合格だよ。ささやかなお礼として、私の真なる下僕をお見せしよう』
男は不敵な声で、訳の分からない言葉を続ける。
そうしている間にも、母のまじないのような言葉はどんどん紡がれていき――
『――希望は未だ途切れず――輝きは未だ見失わず――翡翠の大地にて魔を払う――深紅の巫女たちの寄辺となれ》――――ッ!』
そう言い終わると。
突然糸が切れたように。私の体が自由に動き、思わず顔を上げる。
それと同時に、眼前では母と男の周囲に、大きな炎が現れた。
炎は高速で渦を巻くように、母と男を包み込んでいって――
『ふははははははは! よろしい! 君の令束界域と僕の堕天使、どちらが上か試そうじゃないか――』
男の声を皮切りに、炎が完全に二人を覆う。
『お母さぁあああああああああ――――ん!』
私は動かない体に鞭を打ち、腹の底から叫び声を上げた。
『……ッ! ……ごめんね……愛しているわ、カレン……どうか……』
そして荒れ狂う炎嵐の中、最後にぽつりと呟く母の声が聞こえ……。
次の瞬間、世界が白熱した――――
――――。
その後の出来事は、特に語るようなことはない。
再び目を覚まし、ようやく動いた体を起き上がらせたところ、そこに母と男の姿はなかった。
それどころか、おびただしい血と死体の地獄だった草原が、砂と風の行き交う荒野となっていたのだ。
家族も同胞もおらず、荒野には私一人だけ。
結局、あの男は誰だったのだろうか。
私の躰から出てきたあの光は、一体何だったのだろうか。
その後、行く宛てもなく野垂れ死のうとしていたところ、バラバ帝国という国からの奴隷商に捕まった。
数年間連れられた後、ついに買い手が決まり、護衛役のリッパーという人物によって運ばれてきたのである。
しかし、出荷の際に小耳に挟んだところ、買い手はどうやら連れてこられた国――フォルニカ公国出身ではないらしい。
どういう訳か私のこの"力"を知っており、どこかロクでもない国で、ロクでもないことに使われるとまでは聞いた。
まぁ、当時の私にとってはどうでもいいことだったのだが。
そうして私は、まるで海の中をふわふわと漂っているかのように、連れ去られるがまま呆然と身を委ねてきた。
自由になりたい気持ちも消えてなくなった。助けを求める気力もまるで浮かばなかった。
死ぬことすら出来ず、心の中のありとあらゆる希望や願望が、泡粒のように消えていったのだ。
一族を、家族を、そして何より、大好きだった母を失ったあの時に、私の中の大事な何かが、決定的に壊れたのだろう。
このまま人形のようになってしまえば、苦しまずに済む――そう思っていた。
あの人たちに会うまでは。
見ず知らずの私を助けてくれたジェイルさん。
異国の人間であるにも関わらず、温かい優しさで包み込んでくれたナターシャさん。
あの二人が、氷のように固まった私の心をゆっくりと溶かしてくれた。
何も無い私を、陽の当たる場所に連れ出そうとしてくれた。
ジェイルさん……不思議な雰囲気の人だった。
温かくて、それでいてどこか懐かしい。
まるで、故郷の家族たちのように。
公国中で困ってる人を助けているって聞いたけど、一体どうしてそんなことをしているんだろう。
ああ――
もし叶うのなら、この美しい国をもっと見てみたかった。
もし叶うのなら……もっとジェイルさんと一緒にいたかった。
だけど…………もう…………




