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【挿絵多め】煌燈十二軍と供犠奇譚《サクリフィス・サーガ》  作者: HaiRu
第一部【フォルニカ公国篇】 第一章《奴隷少女》
21/73

第20話 『カレン=◼️◼️◼️◼️◼️ 其の二』



 ――――。



『ぎゃああああああ!!』


『うわぁあああああああああ――!!』


『ううう……痛いよぅ……パパ……ママ……』


 地獄絵図。今ほどその言葉に相応しい状況は他にないだろう。


 火を吹く馬のような悪魔が、美しい草原を燎原(りょうげん)へと塗り替える。

 半人半牛の悪魔が、家族同然の同胞達を、玩具(おもちゃ)のように握り潰す。

 雷を吐く河馬(カバ)のような悪魔が、大切な牛馬を塵のように蹴散らしていく。


 暴虐を尽くした後に残るのは、赤黒い生物だった何か。


『頑張れッ! 子供たちが逃げるまで、持ち堪えるんだ……ぐわぁああああああ――!』


 一族の中でも、腕っ節のある男性たちが勇敢に立ち向かうが、おびただしい数の悪魔たちの前では焼け石に水。

 死や絶望すら生温い、文字通りの"︎︎地獄"︎︎がそこにはあった。


『……ぁ……ぁぁ……』


 あまりに惨い目の前の光景に、幼い私は思わず目を伏せる。

 悪魔が本当に実在したのか、なぜ私たちが襲われているのか。

 そんな当たり前の疑問を、浮かべる余裕すら無い。


 ここから逃げないと。

 一体どこへ。

 逃げ場などあるはずがないのに。


 頭の中が、ぐるぐるとした思考で押し潰される。

 それでもどうにか恐怖を堪え、立ち上がろうとする。


 が。



『……あ』



 次の瞬間、私は尻もちをついて後ろに倒れ込んだ。

 確かに立ち上がったはずなのに、膝に力が入らない。

 それどころか足がまともに動かせない。

 両足はしっかりとついているのに。


 まるで、自分のものでは無くなったような感覚がした。

 恐怖で動くことすらままならず、呆けていると。


『グルルルルル……』


 近くにいた、翼の生えた狼のような悪魔が、私を見た。

 大きな爪を地に突き立てる姿は、まるで獲物に狙いを定める時のそれだ。


『……ぁ……いや……』


 叫ぶことすらできない。

 蛇に睨まれた蛙とは、まさにこのことか。


 次の瞬間、どっ! と。

 狼の悪魔が私に向かって走り出す。


 恐るべき速さで迫ってくるにつれ、生まれて初めて感じる死の予感。


 恐い。


 恐い。


 死ぬのが恐い。


 その恐怖を少しでも和らげようと、私はぎゅっと目を瞑る。


 そして、悪魔の足音がもうすぐそこまで迫ってきた……その時だった。



『カレン――――ッ!』



 聞き馴染んだ声が、私の耳に響き渡る。

 その声に思わず目を上げて…………。


 刹那――ざしゅ。


 ぶしゃあ、という音と共に、私の眼前が赤で染まった。



『あ…………』



 何が起こったのか、一瞬、理解が遅滞する。


 信じられない光景、信じたくない光景が、私の思考の邪魔をする。


 そして――遅れてやってきた脳の処理に、残酷な現実を突きつけられる。


『いやぁあああああああ――――! お母さぁあああああああああん――――!』


 目の前には、私を庇って倒れ伏している、母の姿があった――



 ――――。



『かはっ……カ、カレン……大丈夫……?』


 倒れる母を、私は必死になって起こそうとする。その背中は大きな爪で切り裂かれ、おびただしい出血が見られた。


『ぐすっ……ひっく……お母さん……どうして……』


 ぐったりとした母を両手で支える。

 返り血で身体中が汚れようとも、構わず支え続ける。

 

『カレン……私はもういいの……今すぐ、ここから逃げなさい』


 母は弱々しい声でそう言った。その命はもうすぐ尽きようとしていることは、幼い私ですら瞬時に悟った。


『いやっ! お母さんがいなくなるなんて……そんなのいやぁ――!』


 そう叫んだ、その時。

 突如、私が白く輝いた。


『!?』


 一体、何が起こっているのか。

 パッ、と私の(からだ)から溢れ出した、眩いばかりの光。その光が、母を優しく包み込む。

 そして輝きが収まった時、信じられない光景が目に映った。

 なんと、あれほど重症だった母の怪我が、完全に治っていたのだ。


『こ、これって!? カレン、あなた――』


『お、お母さん――あ……』


 母が驚きの声を上げたのも束の間、私は急にふらりとよろめく。


『カレンッ!』


 猛烈な虚脱感に襲われ、倒れ込みそうになった所を、咄嗟に母が受け止めた。


『はあ……はあ……お母さん。だ、大丈夫……なの?』


 朦朧とする意識の中、何が起こったかも分からず、私は目を瞬かせる。

 一方で母は私を抱き止めたまま、静かに私の顔を見つめていた。


『――ええ。あなたのおかげでね』


 直ぐにそう微笑んで、母は周囲をゆっくりと見渡す。

 一面、おびただしい肉塊が積まれた赤黒い海。

 痛ましげに見つめながら、再び私へと視線を戻した。


『……カレン、よく聞いて』


 そう言いながら、母はカレンの頭を優しく撫で、何事か念じ始める。

 するとどういう訳か。あれほど虚脱感のあったカレンの体が、ふっと楽になった。


『――あなたのその力、絶対に他の人に見せちゃ駄目よ。本当に信じられる、大切な人ができるまでは』


『え……?』


 藪から棒の母の言葉に、私は腑抜けた声を出す。

 母は、何か決意を固めたような瞳を携え、そして同時に悲しそうな様子だった。


『それと、あなたは必ず生きて。一人で寂しいかもしれないけど、あなたの味方になってくれる人はきっと見つかるわ。それまで生き延びて。

 ……どうか、あなた一人だけでも』


 何を言っているのか分からない。

 だけど、母が私の前からいなくなってしまう――

 そんな予感がした。


『やだぁ! お母さんっ! いなくならないで……!』


『いい? ……約束よ』

 

 首を振りながら泣きじゃくる私を前に。

 母は穏やかに微笑んだまま、再び何かを念じる。

 次の瞬間、体中の力がふっと抜け、猛烈な睡魔が私を襲った。


 だめ。


 今、眠ったら、二度と母に会えなくなる。

 直感でそう悟るが、(まぶた)は重りが付いたように、ゆっくりと沈んでゆく。

 そして。


『お母……さん……』


 抗えないまどろみの中、大好きな母を呼びながら。

 私の意識はゆっくりと、深い底に沈んで行くのだった。



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