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【挿絵多め】煌燈十二軍と供犠奇譚《サクリフィス・サーガ》  作者: HaiRu
第一部【フォルニカ公国篇】 第一章《奴隷少女》
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第1話 『三日後』



 それは、とある朝のこと。


「君と出会ってもう三日なんだけど……」


 苦笑いをしながら青年――ジェイルは言った。朝食が並んだテーブルを挟んで、正面の少女に目線を合わせる。


「そろそろ、君のことについて教えてくれないかな? カレン」


 ジェイルの気まずそうな視線を受け、正面に座っていた少女――カレンは、バターを塗ったロールパンを頬張りながらこう返した。


「私はカレン。ただの奴隷です」


「それは昨日も一昨日も聞いたよ。俺が知りたいのは、君がどこの国出身でなぜ奴隷商に捕らえられたのか、ということさ」


 話が噛み合わないことに参った様子で、ジェイルはため息をつく。


「たしかに貴方には恩があるのかもしれません。貴方は、私をあの馬車から連れ出して下さいました。私は、助けてくれなど一言も言いませんでしたが」


 口に含んでいたパンをごくん、と飲み込むと、カレンはまるで機械のような、無機質な口調で続けた。


「それに、私がどこの生まれであろうと、貴方には関係の無いことです」


 すると、ジェイルはあはは、と頬を掻きながら。


「関係ないことは無いさ。公国では奴隷は禁止されているし……それに、魔術士として見過ごす事はできないからね」


「公国……魔術士……? が何なのかは分かりませんが、とにかく貴方には関係がありません。あ、おかわりお願いします」


 すん、とした表情で、カレンは空になった皿をジェイルに差し出す。


「はいはい……うーん、年頃の女の子との会話は難しいな……」


 まったく会話が続かない状態が続き、ジェイルは肩を落とした。



 実は、このようなやり取りをするのは今日が初めてではない。


 三日前。

 ジェイルはイーンの街の外れにある、ハラル大森林の探索中に、停留していた怪しい馬車を見つけた。

 不思議に思って中を覗いてみると、御者はおらず、鎖に繋がれていた少女――カレンを見つけたのである。


 カレンは酷くボロボロで、死人のように脱力した状態だったが、ひとまず馬車から連れ出し、自身が拠点にしていたイーンの街にある宿――その一室で介抱しているというわけだ。



「あの時、馬車の馬は特にやせ細った様子もなかった。つまり、君を捕らえていた人物は、あの時間に偶然外出をしていたということになる」


 ジェイルは当時の様子を思い出しながら、顎に手を当てて呟く。


「となると、その人物はこの街に訪れていたかもしれない。ハラル大森林の近くにある街はイーンだけだからね。もし、そうだとすれば今頃……」


 静かに目を閉じ、思考を巡らせいると。


「ごちそうさまでした」


 そんな声が聞こえた。ジェイルが正面に目を向けると、カレンは飲み干したスープの皿をコトン、とテーブルに置き、ハンカチで上品に口を拭っていた。


 出会った当初はかなり窶れていたが、この三日間、健康的な生活を送ったことで、カレンは初めて会った時とは別人のような美少女になっていた。



 年齢は十六歳ほどだろうか。レトロな建築物を思わせる赤みを帯びた煉瓦色の長い髪、それと対照的にルビーのように鮮やかな紅い瞳。

 顔つきは、ややあどけなさが残るが、無機質な表情からは逆に大人っぽさを感じられる。腰まで届くほどの長髪は、特に纏めず自然な状態で野放しにされていおり、服装もボロボロだが、身なりを整えれば、誰もがどこかの貴族の令嬢であると思うだろう――そんな少女だった。



 一方でジェイルは、正しく温和な好青年といった言葉の似合う若者だ。年齢は十八歳ほど。公国では珍しい黒髪黒瞳。やや痩身だが、引き締まった体つき。微笑む様子はまるで優男だが、その瞳の奥にはどこか芯の通った印象を与える。

 だが、中でも一番の特徴は――左目を通る、爪か何かで裂かれたような、一筋の大きな傷跡(・・・・・・・・)だった。



「大分、元気になってきたようだね」


「ええ、お陰様で」


 ジェイルが微笑みかけると、カレンはなぜか軽く俯きながらそう答えた。


「何か不満でもあるのかい?」


「いえ……見ず知らずの私に、どうしてここまで厚意にしてくれるのかなと」


 その表情は、まるで罪悪感でも感じているかのようだった。


「言っただろう? 公国の魔術士として、困っている子は放っておけないんだよ」


 さも当然かのように、ジェイルは言う。


「……先程から言っている、公国や魔術士とはどのような身分なのですか?」


 その言葉で、ジェイルはあぁなるほど、とようやく気づいた。奴隷商に連れ去られ、公国外から来たと思われるカレンが、この国や魔術士について知らないのも納得だ。

 それにカレンからしてみると、いきなり知らない街に連れられ、宿の部屋の一室に三日間も匿われている。食と住には不自由ないが、ジェイルに対して多少警戒心を持つのは当然だろう。


「――勝手に助けた気になっていたけど……俺も守る者としては、まだまだということか」


 ジェイルはまるで、自嘲するように小さく呟いた。


「すまないカレン。じゃあまずは、この国について話そうか」



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