第18話 『致命』
「いや〜〜~~、やっぱ魔術って便利なもンだよなァ」
倒れ伏すジェイルと傍らで泣き叫ぶカレン。
二人を尻目に、森の奥から一人の男が姿を現した。
「そこら辺に落ちてる木の枝なんかで、ここまで仕事が楽になるンだからよ、ッと」
茂みを掻き分け、余裕綽々の様子で二人に近づいてくる。
「そんな……どうして……」
男を見たカレンが愕然とした表情で、両手を口に当てた。
なんと、先ほど爆発したはずのリッパーが、五体満足の状態でやってきたのだ。
信じ難い事実に、恐怖が再び牙を剥く。
「……なるほど。錬成魔術と幻像魔術の応用、か……」
そんな中、ジェイルが苦しそうに顔を上げ、眼前のリッパーを見据えた。
「ご名答。まずは、木の枝を錬成魔術で適当に加工する。次に、幻像魔術で見た目を化けさせて簡易召魔化させれば、遠くから操れる俺の駒に早変わりってわけだ。
さらに魔導器なんかでカスタマイズすれば、視覚共有や発声、簡単な魔術も使えるッつーオマケ付きでな」
「……そうか。どうりで触れた時に、違和感を感じたわけだ……」
付与型の幻像魔術は、視覚や聴覚は欺けても、触覚までは欺けない。
本物のリッパーから告げられた答え合わせに、ジェイルが苦い表情をする。
出血は、依然止まらない。致命傷であることは、誰が見ても明らかだった。
ジェイルは三つの大きなミスを犯した。
一つ目は、とある理由から、全力を出し切らずにリッパーと対峙したこと。
二つ目は、内心リッパーに対して、自覚以上に憤りを感じ、冷静さを欠いていたこと。
そして三つ目は――リッパーの魔術の腕を、想像以上に低く見積もっていたこと。
木の枝を、魔術によって簡易召魔に加工する。
言うは易しだが、それがどれほどの技巧によって成される魔術か。
このリッパーという男。国外の出身と聞いていたが、魔術大国たるフォルニカ公国の中で比べても、間違いなくトップクラスの魔術士だろう。
無論、ジェイルも魔術の腕には自信がある。
平時の状態なら、木の枝などにかけられた幻像魔術にも、容易く気付くことができたはずだ。
平時ならば。
(まさか、こんな簡単な罠に気付かないとは……。くそ、俺も冷静さを欠いていたのか……)
油断をしていた訳でも、舐めていた訳でもない。ただ、あらゆる要素が噛み合った結果、ジェイルは為す術なくやられた。
それだけだ。
「さァて、そんじゃあそろそろ止めといくか」
(……く……まずいな……だが……)
出血により薄れゆく意識の中、ジェイルが歯噛みする。
だが、このまま無様に気を失うわけにはいかない。自分が倒れれば、一体誰がこの少女を救えるというのか。
「ぐ……ぉお……ッ! 《天憑の導きあれ》ッ……」
舌を噛み切り、かろうじて意識を保ち、治癒系【アーリー・ヒール】で止血をするジェイル。
重々しく体を持ち上げ、どうにか立ち上がる。
「……はぁ……はぁ……」
「ほう? 【ブラインド・アロー】で胸を貫かれたのに、まだ立ち上がるとは驚いたなァ。心臓は外してたか」
ジェイルの姿はまさに満身創痍。指で小突けば再び倒れてしまいそうだ。
「ジェイルさん……もう……」
悲痛な表情で見つめるカレンの目尻からは、涙がボロボロと零れていた。
「大丈夫だカレン……君は必ず、俺が守ってみせる……!」
最早、執念とも見えるその気迫は、いったい何処から来るのか。
次の瞬間、ジェイルの姿がその場からゆらりと消えた。
鋭く踏み込みながら、リッパーの側方に回り込む。そして、懐から短剣の魔導器を取り出し、切っ先をリッパーの首に正確に向けた。
「!」
その間、コンマ数秒。
カレンの目からは凄まじい速さ。
だが。リッパーの目からは――遅すぎる。
「醜いなァ」
パキィイイイイイイン――
一体、何が起こったのか。
まるで細氷の散るが如く。
次の瞬間には、短剣の魔導器は粉々に砕けて――
ジェイルは、リッパーの後方に大きく弾き飛ばされていた。
「がッ――」
派手にバウンドしながら。大地を二度、三度。
ジェイルの身体が、盛大に叩き付けられる。
そして、ぐしゃあと。
脱力しきった状態で倒れ伏し、今度こそ動かなくなるのであった。
「ジェ、ジェイルさん――――ッ!」
最早、生きているのかどうかすら怪しいが、ジェイルの元へ駆け寄ろうと、カレンが走り出す。
だが、そんなカレンの前に、リッパーが立ち塞がった。
「おいクソガキ。これ以上、手間かけさせやがんじゃねェ」
刹那。
カレンが上空へ激しく吹き飛ばされる。
「きゃああああああああああ――――ッ!」
同じく派手にバウンドしたカレンは、ジェイルが倒れ伏す傍らで停止した。
「ったく、バカかテメェは。何の仕込みもないまま、本体が出てくるわけねェだろ」
リッパーは、倒れているジェイルを流し見て、ひやりと言い放つ。
見ると、リッパーの周囲にはビュオオオと、荒れ狂う暴風が駆け抜けている。
それはちょうど鎧のように、リッパーの身体を包み込んでいた。
「風衝系【ブラインド・アーチ】だ。悪いな、二等軍用魔術も使えるんだわ、俺」
風衝系【ブラインド・アーチ】――【ブラインド・アロー】を何層も重ねることによって、攻防一体を可能としたフォルニカ公国の二等軍用魔術。
近、中距離では無類の強さを誇り、威力も持続も三等のそれをはるかに上回る攻性魔術だ。
本来ならば十節近くの詠唱が必要だが、リッパーは予め詠唱して仕込み、時間差で起動させたのだった。
「ぅうう……。ッ!? ジェイルさん! ジェイルさん!」
吹き飛ばされたカレンは、隣で倒れているジェイルに気づく。
必死に呼びかけるが、返事はない。
リッパーの魔術によって全身を切り刻まれ、ぐったりとしていた。
「ありゃりゃ、もう死んじまったか? 手加減したとはいえ、二等軍用魔術だからな」
リッパーが拍子抜けしたような顔をする。
「大体、魔装束も着ねェ、攻性魔術も使わねェ……そんなんで俺に勝てるわけないだろ? 何の舐めプだよ。それとも何だ、使えねェ理由があったとかか?」
リッパーは頭を搔きながら、続けざまに舌をまくしたてた。
大陸に名高い公国の魔術士が、この程度の実力だったことに、肩透かしを食らった気分だったようだ。
「まあ、いずれにせよ、これで依頼は達成だ。後は明日の朝にガキを引き渡せば、大金が手に入るっと……あぁん?」
もう一度、ジェイルたちの方を振り返ったリッパーは目を細める。
ジェイルに抱きつきながら泣き叫ぶカレンが、微かに光っているのだ。
その光は幾重も重なった糸のように伸び、ジェイルを包み込んでいるように見えた。
「おい、何してやがんだガキ――」
訝しんだリッパーが、カレンに問おうとした――その瞬間。
バリバリバリバリ――――――ッ!
鳴り響く雷鳴の音と共に。
まるでレーザーのような極太の紫電が、突如としてリッパーの方へ飛んできた。
「――ッ!? 《障壁よ》ッ!」
青天の霹靂に辛うじて反応したリッパーは、防御系【オリジン・シールド】を唱える。
ガガガガガッ! という音を放ちながら、魔力障壁と紫電がぶつかり合う。
「ぐ……おおおおおおおお――ッ!」
紫電の衝撃に押し切られたリッパーが、後方に吹き飛んだ。
靴底を削られながらも、紫の稲妻の出処を突き止めようと睨みつける。しかし、飛んできた方向には樹木が生い茂るだけで何も無い。
「ち……あの角狼の中に、まだデカい個体が生きてやがったのか? おいガキ! 着いて来い!」
面倒事はご免とばかりに、リッパーはカレンの首元を掴み、この場から離脱しようとする。
カレンは、ジェイルにうつ伏せになるように抱きついていたが、なぜか、特に抵抗することも無くリッパーに引き離される。
「あん?」
身体をだらん、と脱力させたまま、あっけなくリッパーに連れられるカレン。
リッパーは、あまりの無抵抗さに違和感を感じながらも、森の奥へと消え去ってゆく。
そのまま……しばしの静寂が過ぎて。
後には、未だに身体をピクリとも動かずに倒れ伏す、ジェイルの姿が残るのみであった。




