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【挿絵多め】煌燈十二軍と供犠奇譚《サクリフィス・サーガ》  作者: HaiRu
第一部【フォルニカ公国篇】 第一章《奴隷少女》
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第16話 『魔術士二人』



「――そうか。君がカレンを公国に連れてきた奴隷商か」


 ジェイルは瞬時に状況を理解し、低い声で男に問いかける。


「まァ正確には、奴隷商に雇われた唯の魔術士だがな」


 初めて対峙するにも関わらず、まるで緊張感のない声で、男が言った。


「ったく、正義感の強い優男が。余計な仕事を増やしやがって。おかげで奴隷のガキを探し出すのに、けっこう苦労したんだぜ?」


 男は飄々とした態度のまま、ジェイルに語りかける。

 対して隣にいるカレンは、のっぴきならない様子で俯いていた。

 その体はガタガタと小刻みに震えており、肌が(あわ)立っている。この男に対して、並々ならぬ恐怖を抱いているのは明白だった。


「なるほど……。その様子だと、俺についても知っていたようだね」


「あァ。詳しくは言えんがタレコミがあってな。駄目じゃねェか……商品を横取りしちまったらよォ」


「それは失礼。フォルニカ公国では奴隷は禁止されているから、見過ごせなくてね」


 なぜここにいるのか、なぜカレンの所在が割れたのか、ナターシャは無事なのか、情報を漏らしたのは誰なのか……等々。

 次々と浮かび上がる疑問を押し殺し、ジェイルは油断なく男を睨みつけた。


「ま、おたくらのルールはどうでもいい。俺は依頼された仕事をこなすだけだ。悪いがとりあえず……死んでくれ?」


 男は、そう言った次の瞬間。


「――《穿風(せんぷう)よ》」


 不意に、短い呪文を呟いた。

 見ると、いつの間にかジェイルに向かって構えられていた左手。

 その(てのひら)の先から小さな魔術円陣が展開され、何かが飛び出す。


「ッ!?」


 ジェイルは即座に身の危険を感じ、それを躱そうとするも。

 彼我の距離数メートルの間合いでは、流石に避けきれず――



 ぱっ! 


 赤い鮮血が宙を舞う。



「ジェイルさん!?」


「くっ……!」


 男が放った見えざる何かは、ジェイルの左肩を掠め、肉を(えぐ)りとっていた。

 その光景に、カレンは思わず声を上げる。


「今のは……【ブラインド・アロー】……!?」


「アタリだ。心臓を狙ったのに、よく躱したなァ」


 左肩を庇いながら、軽くよろめくジェイル。

 男の放った魔術の正体を、瞬時に悟る。



 風衝(ふうしょう)系【ブラインド・アロー】。

 空気を圧縮させた弾丸を放つ、フォルニカ公国が誇る三等軍用魔術だ。

 起動の際に、音や熱を全く発さない隠密性から、奇襲や暗殺に恐ろしく適している。

 一般にも流通している護身用の魔術――炎熱(えんねつ)系【フレイム・スフィア】などとは、威力も射程も段違い。

 敵の命を確実に刈り取るための、殺戮の魔術である。



「公国の三等軍用魔術を、まさか一節で唱えるとは……」


 軍用魔術は、会得難易度が非常に高い。

 三等はその中で最も低い階位だが、公国で正当な訓練を修めた魔術士ですら、三節はかかるのが通例だ。


「別に不思議じゃねェだろ? そこまで秘匿されてる魔術でもねェし、公国以外に使える人間がいてもよォ」


 目の前で見せた高等技術を誇ることもなく。

 男はケラケラと笑う。


「確かに。だが今ので確信した。その魔術の腕――君は、『千切(ちぎり)』のリッパーだね」


「へえ、俺のことを知ってたか」


 リッパーと呼ばれた男は、少し驚いた様子を見せた。


「俺たち魔術士の間では、ちょっとした有名人だからね。公国出身じゃないにも関わらず、魔術を扱う裏社会の猛者。バラバ帝国が主な活動拠点だと聞いていたから、なおさら確信がいったよ」


「なるほどな。名を挙げた方が仕事が増えると思ってたが……まさか本場の公国の魔術士に目をつけられていたとはなァ」


 リッパーは感心するように言う。


「で、どうするつもりだ? 俺は依頼を受けちまったから、これからお前を殺すつもりなんだが……」


「依頼人が誰かは気になるけど……ひとまず、君を捕縛させてもらう。……だがリッパー。その前に一つ聞きたい」

 

「あん? なんだ?」


 ジェイルは、リッパーの隣で依然として怯え続けるカレンを流し見ながら、こう言った。


「君は……これほどか弱い少女が奴隷に出されても、何も思わないのか? 心無い者に()され、身も心も傷つくことになったとしても、何も感じないのか?」

 

 静かな瞳でリッパーに問いかける。

 対しリッパーは、少しの間黙り込んでいたが。

 

「あッははははは!」


 不意に肩を震わせて、(わら)い始めた。


「おィおィおィおィおィおィッ! 見た目だけじゃなくて頭ン中も優男かよ? フォルニカ公国も平和ボケしたもんだなァ? 

 奴隷は所詮、奴隷。要するに商品だ。商品がどこに出荷されようが、気にする配達員がいるか?」


 言葉の端々をつり上げながら。

 至極当然とばかりに、リッパーは煽るような口調で続ける。


「俺は受けた仕事をこなすだけ。このガキがどうなろうと知ったこっちゃねェ。情に訴えるならやめときな」


「……そうか」


 侮辱的な饒舌(じょうぜつ)を一身に受けたジェイルは……静かにそう一言。

 その表情は――真顔だ。

 怒りも敵意も見られず、何を考えているのかも分からない。

 ただ、それはジェイルの中の致命的な何かに触れたようで――

 彼の周囲の気温が一瞬、氷点下まで下がったように感じられた。


「!」


 一瞬、顔を強ばらせるリッパー。

 しかし次の瞬間、ジェイルの気配は元に戻っており――


「……なら今すぐ、君を制圧しよう」


 変わらず静かにそう呟く。

 そして。


「なに!?」


 リッパーが声を上げた頃には――

 ジェイルの姿が、消えていた。



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