第16話 『魔術士二人』
「――そうか。君がカレンを公国に連れてきた奴隷商か」
ジェイルは瞬時に状況を理解し、低い声で男に問いかける。
「まァ正確には、奴隷商に雇われた唯の魔術士だがな」
初めて対峙するにも関わらず、まるで緊張感のない声で、男が言った。
「ったく、正義感の強い優男が。余計な仕事を増やしやがって。おかげで奴隷のガキを探し出すのに、けっこう苦労したんだぜ?」
男は飄々とした態度のまま、ジェイルに語りかける。
対して隣にいるカレンは、のっぴきならない様子で俯いていた。
その体はガタガタと小刻みに震えており、肌が粟立っている。この男に対して、並々ならぬ恐怖を抱いているのは明白だった。
「なるほど……。その様子だと、俺についても知っていたようだね」
「あァ。詳しくは言えんがタレコミがあってな。駄目じゃねェか……商品を横取りしちまったらよォ」
「それは失礼。フォルニカ公国では奴隷は禁止されているから、見過ごせなくてね」
なぜここにいるのか、なぜカレンの所在が割れたのか、ナターシャは無事なのか、情報を漏らしたのは誰なのか……等々。
次々と浮かび上がる疑問を押し殺し、ジェイルは油断なく男を睨みつけた。
「ま、おたくらのルールはどうでもいい。俺は依頼された仕事をこなすだけだ。悪いがとりあえず……死んでくれ?」
男は、そう言った次の瞬間。
「――《穿風よ》」
不意に、短い呪文を呟いた。
見ると、いつの間にかジェイルに向かって構えられていた左手。
その掌の先から小さな魔術円陣が展開され、何かが飛び出す。
「ッ!?」
ジェイルは即座に身の危険を感じ、それを躱そうとするも。
彼我の距離数メートルの間合いでは、流石に避けきれず――
ぱっ!
赤い鮮血が宙を舞う。
「ジェイルさん!?」
「くっ……!」
男が放った見えざる何かは、ジェイルの左肩を掠め、肉を抉りとっていた。
その光景に、カレンは思わず声を上げる。
「今のは……【ブラインド・アロー】……!?」
「アタリだ。心臓を狙ったのに、よく躱したなァ」
左肩を庇いながら、軽くよろめくジェイル。
男の放った魔術の正体を、瞬時に悟る。
風衝系【ブラインド・アロー】。
空気を圧縮させた弾丸を放つ、フォルニカ公国が誇る三等軍用魔術だ。
起動の際に、音や熱を全く発さない隠密性から、奇襲や暗殺に恐ろしく適している。
一般にも流通している護身用の魔術――炎熱系【フレイム・スフィア】などとは、威力も射程も段違い。
敵の命を確実に刈り取るための、殺戮の魔術である。
「公国の三等軍用魔術を、まさか一節で唱えるとは……」
軍用魔術は、会得難易度が非常に高い。
三等はその中で最も低い階位だが、公国で正当な訓練を修めた魔術士ですら、三節はかかるのが通例だ。
「別に不思議じゃねェだろ? そこまで秘匿されてる魔術でもねェし、公国以外に使える人間がいてもよォ」
目の前で見せた高等技術を誇ることもなく。
男はケラケラと笑う。
「確かに。だが今ので確信した。その魔術の腕――君は、『千切』のリッパーだね」
「へえ、俺のことを知ってたか」
リッパーと呼ばれた男は、少し驚いた様子を見せた。
「俺たち魔術士の間では、ちょっとした有名人だからね。公国出身じゃないにも関わらず、魔術を扱う裏社会の猛者。バラバ帝国が主な活動拠点だと聞いていたから、なおさら確信がいったよ」
「なるほどな。名を挙げた方が仕事が増えると思ってたが……まさか本場の公国の魔術士に目をつけられていたとはなァ」
リッパーは感心するように言う。
「で、どうするつもりだ? 俺は依頼を受けちまったから、これからお前を殺すつもりなんだが……」
「依頼人が誰かは気になるけど……ひとまず、君を捕縛させてもらう。……だがリッパー。その前に一つ聞きたい」
「あん? なんだ?」
ジェイルは、リッパーの隣で依然として怯え続けるカレンを流し見ながら、こう言った。
「君は……これほどか弱い少女が奴隷に出されても、何も思わないのか? 心無い者に召され、身も心も傷つくことになったとしても、何も感じないのか?」
静かな瞳でリッパーに問いかける。
対しリッパーは、少しの間黙り込んでいたが。
「あッははははは!」
不意に肩を震わせて、嗤い始めた。
「おィおィおィおィおィおィッ! 見た目だけじゃなくて頭ン中も優男かよ? フォルニカ公国も平和ボケしたもんだなァ?
奴隷は所詮、奴隷。要するに商品だ。商品がどこに出荷されようが、気にする配達員がいるか?」
言葉の端々をつり上げながら。
至極当然とばかりに、リッパーは煽るような口調で続ける。
「俺は受けた仕事をこなすだけ。このガキがどうなろうと知ったこっちゃねェ。情に訴えるならやめときな」
「……そうか」
侮辱的な饒舌を一身に受けたジェイルは……静かにそう一言。
その表情は――真顔だ。
怒りも敵意も見られず、何を考えているのかも分からない。
ただ、それはジェイルの中の致命的な何かに触れたようで――
彼の周囲の気温が一瞬、氷点下まで下がったように感じられた。
「!」
一瞬、顔を強ばらせるリッパー。
しかし次の瞬間、ジェイルの気配は元に戻っており――
「……なら今すぐ、君を制圧しよう」
変わらず静かにそう呟く。
そして。
「なに!?」
リッパーが声を上げた頃には――
ジェイルの姿が、消えていた。




