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【挿絵多め】煌燈十二軍と供犠奇譚《サクリフィス・サーガ》  作者: HaiRu
第一部【フォルニカ公国篇】 第一章《奴隷少女》
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第13話 『カレン=レストリア』



 ――――。



 ジェイルが角狼たちと交戦していた、丁度その頃。

 イーンの街の一角、『オルセントの流れ屋』・二階に(もう)けられた居住部屋にて。


「……ん」


 煉瓦(れんが)色の髪が美しい少女、カレンがゆっくりと目を開いた。

 体を起こし、自分がベッドで寝ていたことに気付く。


「――ああ、起きたかい?」


 傍らにはナターシャが椅子に座って、カレンの左手を優しく握っていた。


「ナターシャ……さん?」


 寝ぼけまなこを擦りながら、カレンが呟いた。


「おや、ようやく名前を呼んでくれたね」


 ナターシャはにっこりと笑う。


「ここは……?」


 カレンは部屋をキョロキョロと見回した。

 自分が寝ているベッドの周りには、箪笥(たんす)やクローゼット、机などが小綺麗に置かれていた。


「さっきまでいた店の二階さ。疲れていたようだったから、ここで寝かせていたんだよ」


「あ、ありがとうございますッ。えっと……」


 礼を言いながら、カレンは握られている方の手へと視線を移す。


「ああ、すまないね。悪い夢でも見ているんじゃないかと思って、手を握っていたんだ」


 ナターシャはそう言って、カレンから手を離した。


「さてと、もうおやつの時間だ。ちょっと待ってな。今、何か用意してくるよ」


 そして、椅子から立ち上がろうとすると。


「あ、あの……! もう少し、傍にいてもらえませんか……?」


 カレンがナターシャの(そで)(つま)みながら、声を振り絞った。

 その言葉にナターシャがふふっ、と笑って。


「――あぁ、構わないよ」


 ナターシャは、ベッドにいるカレンの隣に腰掛けた。


「まったく、出会った頃のジェイルにそっくりだねぇ」


 そう呟き、カレンの頭をゆっくりと撫でる。


「え……? ジェイル、さんに……ですか?」


 思いもよらない言葉に、カレンは不思議そうに尋ねた。


「ああ、あの子にも色々と事情があってね……家族同然だった人達をみんな亡くしてるんだ」


「――!?」


 信じられないといった顔で、カレンが目を見開く。


「昔のジェイルは今と違って、かなり(すさ)んでいたよ。性格で言ったら、今とはまるで真逆だ。

 当然、カレンとは似ても似つかないんだけどね……それでも、何でも一人で背負い込もうとする所は本当にそっくりさ」


 ナターシャがどこか懐かしむように言った。


「……あの人が……」


「それに、元はと言えば、ジェイルも公国出身じゃないんだよ」


「え……!? そうなんですか……?」


 カレンが続けて驚嘆の声を上げる。


「ジェイルの育ての親だった人達は、大陸中を旅するとある行商の一族でね。彼らを亡くした後に色々あって、今は公国に身を置いてるんだ」


 ナターシャは穏やかな口調で続ける。


「きっとジェイルも、似た境遇のカレンを助けたいと思っているんだろうさ。陽の当たる世界に連れ出してやろう、ってね」


 その言葉を聞き、カレンは静かに目を閉じた。


 奴隷だった自分を連れ出したジェイルという人物も、元々公国の人間ではなかった。

 だけど、天涯孤独になった彼を救ったのは、公国の民だった。

 そして今度は彼が、自分を助けてくれようとしている……。


 カレンは不思議と、心の奥が温かくなるのを感じた。


「……この国の人たちは、ほんとに良い人ばかりなのですね」


 どこか安心したような表情で、そう呟く。

 そんな言葉にナターシャは、微笑みながら静かに問いかける。


「――カレン。今のゴタゴタが終わって、どこにも行く宛てがないなら、ずっとこの国で暮らしてもいいんだよ?」


 カレンにそう提案した。


「え……!? いいの、ですか……?」


 驚いた様子で、カレンは問い返す。


「もちろんさ。この国に魅せられてやってきた移民は少なくないからね。今更、一人くらい増えたって問題ないだろう。

 いっそ、ジェイルについて行って、公国中を回ってみるのも楽しいと思うよ」


 ナターシャがにっこりと笑う。


「あたしはもちろん、みんなこの国のことが大好きだ。公国で生きていることに誇りを持ってる。あんたも公国を見て回って、好きになってくれたら嬉しいね」


 その笑顔はどこまでも(ほが)らかで、カレンの胸に染み込んでいく。


「……はい。私もこの国のこと、もっと知って見てみたいです……!」


 ナターシャの言葉に、カレンも思わず顔を(ほころ)ばせ、淡い微笑を浮かべた。


「――あぁ、だったらカレンの国民証を発行する必要があるね。まずはマージェスに行って……それからエレメンタかな? 登録には大公殿の承認が必要だからね」


 カレンの反応が嬉しかったのか。

 ナターシャは少し舞い上がった様子で、国民になるための手続きを確認し始める。


「――そうだ! カレン、あんたには姓はあるのかい?」


 不意にナターシャはカレンに尋ねた。


「姓……ラストネームのことですか? ……それが、思い出せないんです。元々、持っていたのは確かなのですが……」


 カレンが困った表情で下を向く。


「ありゃ、それはすまなかったね……」


 少し気まずそうに頬を掻きながら。


「だけど困ったね……。国民証の発行に、ラストネームは必須だし……カレン、今のうちから好きな名前を考えておきな」


「ええ……!? そんな適当でいいんですか……?」


 あまりに投げやりな答えに、流石のカレンも頓狂(とんきょう)な声を上げる。


「ああ。ジェイルのように、前例が無いわけじゃないからね」


「な、なるほど……?」


 カレンは一瞬、呆けるような顔をして――


「……あの……でしたら……ナターシャさんの、名をお借りしてもよろしいですか……?」


 一呼吸置いた後に。

 少し緊張した様子で。

 振り絞るように、恐る恐る尋ねた。


「ええ!? あたしなんかのでいいのかい?」


 思わぬ言葉に、狐につままれたような顔をするナターシャ。


「はい……その、駄目……ですか?」


「そりゃ、構わないけど……もっといい名前があると思うんだけどねえ」


 ナターシャは肩を竦めながら、言った。


「……ナターシャさんの名前がいいのです。私などにここまで良くして下さった、ナターシャさんの名前が……」


 カレンは頬を赤くしながら、俯きがちに答えた。

 俯くと言っても、もうその表情に後ろめたさや罪悪感はなく……。

 緊張して、少し恥じらっているような可愛らしい顔だった。


「……そうかい」


 そんなカレンに、観念したようで。

 ナターシャは照れ臭そうに鼻を擦り……


「――レストリア。それが、あたしのファーストネームだよ。だから、今日からあんたは、カレン=レストリアだね」


 と、まるで自分の子供に名付けるかのように、嬉しそうに言った。


「……カレン=レストリア。……カレン=レストリア……!」


 カレンはそれを噛み締めるように、何度も呟く。


「ありがとう、ございます。大事にしますね……!」


 そして、まるで向日葵のように。

 見たことのない、愛くるしい笑顔を咲かせるのであった。



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