第12話 『思わぬ再開』
――――。
「……はあ……はあ……」
ハラル大森林のとある場所にて。
一人の男がおぼつかない足取りで、荒い息を上げながら、何かから逃げていた。
バチバチバチ――!
後ろから響く稲妻音。
それと同時に、何かが猛スピードで迫ってくる。それも、二体。
「……あッ!」
男は石に躓き、頭から地面に激突する。
よろよろと立ち上がろうとしたのも束の間、迫る一体が前方に回り込み、男の眼前に姿を現す。
『グルルルル……』
低く呻きながら、男に照準を合わせる何かは――角狼だ。
「ひ、ひぃ……」
角狼二体に挟み撃ちにされ、男は為す術なく硬直する。
そして鋭い角が男に向けられ、今まさに襲いかかろうとした、次の瞬間。
「――《炎縄よ》ッ!」
『『ギャオオオオオオオオオオオッ!』』
どこからともなく唱えられた一声の呪文。
それと同時に樹海に響く、二つの苦悶の咆哮。
見ると、地面に転がって暴れ回る角狼たちの体に、燃え上がる何かが纏わりついていた。
捕縛系【フレア・バインド】――対象を炎の縄で拘束する魔術だ。
一体誰が放ったのか。その答えは直後に判明する。
「――はッ!」
斬ッ! 斬ッ!
茂みの奥から黒髪黒瞳の青年が現れ、手に持った短剣で角狼たちの角を切り落としたのだ。
『『ギャオ! クゥン……』』
角を折られた角狼たちは、一瞬で戦意喪失。
そのまま、どこかへと走り去っていく。
「ふぅ……何とか間に合った」
角狼二体を一瞬で制圧した青年――ジェイルは安堵の表情を浮かべながら。
「大丈夫でしたか……? って、あなたは――」
襲われていた男の方へ向いたジェイルは、驚きの声を上げる。
「こ、こんにちはジェイルさん。け、今朝ぶりですね……」
歳は三十代ほどの男だ。ふくよかな体型と、それに似合う柔らかな顔立ち。そして、ホテルマンのように綺麗に整えられた金髪。
間違いない。
「フォンスさん! どうしてここに――」
今朝までジェイルが拠点にしていたイーンの宿の主――フォンスだった。
――――。
「じ、実は……宿で販売していた薬草が切れてしまいまして。ハラル大森林で採取しようとしたところを、さっきの角狼たちに襲われたのです」
フォンスは大粒の汗をハンカチで拭きながら、たどたどしい様子で答えた。
「いやぁ、お陰で助かりましたよ」
ほっとしたように微笑んで、ジェイルに礼を告げる。
「いえいえ、ご無事で何よりです」
ジェイルは、先ほど斬り落とした角狼の角を魔術で圧縮凍結、ポーチに収納しながら笑顔を向けた。
「それにしても、まさかこんな浅い場所で角狼が出現するなんて……思っても見ませんでした」
「俺も、こことは反対側の場所で襲われましたよ。角狼たちは、かなり公国付近に集まっているようですね」
「しかし、一体なぜなのでしょう? 本来ならもっと奥――公国と帝国の国境付近に、生息するはずですのに」
フォンスは不思議そうに首を傾げる。
「そうですね……。考えられるとすれば、何かから逃げてきた、でしょうか」
ジェイルは周囲を見渡しながら、自身の推理を言った。
「魔獣は基本、幼体の時は生存本能が勝り、成体になると闘争本能が勝ります。
この周辺で出会った角狼たちは、さっきのを含めて皆、幼体ばかりでした。本来の住処である大森林の奥地で、恐ろしいものに遭遇したのが原因でしょう」
そして、その恐ろしいものとは、十中八九カレンを連れてきた人物だろう。ジェイルは内心、確信していた。
タイミングから見ても、まず間違いない。
「さすが公国の魔術士さん。素晴らしい洞察力です……」
フォンスは感心した顔で、ジェイルの的を得た推理を称賛しつつも。
「ですが、もしそうだとすると、あの角狼が逃げ出すほどの人物が大森林に潜んでいるなんて……。我々、イーンの街の住民は、恐ろしくて夜も眠れませんね……」
気が気でない様子で、頭に手を当てる。
「……大丈夫ですよ」
ジェイルは静かに目を閉じ、一瞬の間を置いて穏やかに返した。
「森で起きている異常は、俺が必ず解決しますので」
「何と頼もしい……流石、公国の魔術士殿ですね」
その言葉を聞いてフォンスは安心したのか。優しい笑顔を浮かべる。
「とはいえ、今ここが安全でないのは確かです。薬草は俺が取ってきますので、森の外まで避難してください」
「ははは、何から何まですみません……」
こうして。
ジェイルはフォンスを森の入り口付近まで案内するのだった。
――――。
「――そういえば、ジェイルさん。一つお尋ねしたいことがあるのですが」
帰路の途中、フォンスはふとジェイルに問いかける。
「はい? なんでしょうか」
「このハラル大森林のどこかに『オルセント一家』の墓があると聞いたのですが……どこにあるかご存知でしょうか?」
「え? あの『オルセント一家』のですか?」
藪から棒の質問に、ジェイルがきょとんとした。
「ええ。実は、以前から是非一度、かの一族の墓参りに訪れたいと思っていたのです……!」
「えっと……ですが、フォンスさんはイーンの宿の店主さんですよね? ご存知だと思っていたのですが……」
よほど強い憧れがあるのか。目をキラキラとさせるフォンスに、ジェイルが不思議そうに返す。
「実は私、つい最近イーンの街で働き始めたばかりでして……。この辺りについては、まだあまり詳しくないのですよ」
フォンスは頭を掻き、恥ずかしそうに笑った。
「そうだったのですか……。――残念ですが、俺では力になれそうにありません。俺も公国中を旅しているので、この辺りのことは分からなくて……」
ジェイルが申し訳なさそうな顔で、そう言った。
「そうでしたか。――いえ、よく分からない質問をしてすみませんでした」
気恥しそうに頬を掻きながら。
「それでは私は、この辺りで戻らせて頂きますね。助けていただき、ありがとうございました」
フォンスは丁寧にお辞儀をし、くるりと踵を返す。
そしてイーンの街に戻るため、森の外に出るのだった。
「街の中に入るまで気をつけて下さいね――っ」
その様子を、ジェイルが見送って。
「――さてと、この様子だと残りの角狼も、案外近くにいるのかもしれないな。早く仕事を片付けて、ナターシャさんの所へ戻らないと」
背中が見えなくなったのを確認したジェイルは、再び大森林の奥へと進んでいった。




