第11話 『戦闘』
時刻は戻る。
『グルァアアアアアア――ッ!』
ハラル大森林、入口から少し外れた樹海の中にて。
角狼はジェイルに突進を開始した。
魔獣の中でも上位に君臨するそれは、あらゆるものを蹂躙し、引き裂き、食い千切る。
角狼に狙われたら一巻の終わり。あとは裂かれて捕食されるのを待つのみである。
終わりなのだが。
その突進は――ジェイルを捉えられなかった。
「ふっ――!」
ジェイルは突き立てる角狼の大爪を寸前で躱し、左後方に跳躍。
そのまま、大木の枝に静かに着地した。
『ガァアアアアアアア!』
それに追随するかの如く、角狼は着地した枝に向かって飛びかかる。
足をバネのようにしならせ、重力に逆らい、恐るべき速度で直進する様は、さながら弾丸。
「っ――! 流石に呪文を唱える暇はもらえないか。だったら――」
ジェイルは腰に掛けたポーチから、白の魔晶石を取り出し、角狼に投げつけた。
か――!
それは、飛びかかってくる角狼の鼻先で鋭く発光し、視界を突き刺す。
魔晶石――魔力と親和性の高い鉱石を加工した小型の魔導器だ。
小型ゆえに大した威力は出ず、効果も規格化されたものに過ぎないが、呪文の詠唱なしで使用できる優位性から、重宝する魔術士は多い。
『ギャウ!?』
眩いばかりの閃光に、角狼は堪らず仰け反って地面に着地する。
その、一瞬の隙に。
「《戦神の加護・偉力の壮士・光の守護を解放せよ》」
ジェイルが矢継ぎ早に呪文を唱えた。
付呪系【エンチャント・クロス】――使用者の肉体、精神、魂を強化する補助魔術だ。
単純な身体強化だけでなく、精神攻撃などの耐性も上昇する汎用性の高さから、公国の魔術士たちに好んで使用される。
『グルルル……グルァアアアアアア――ッ!』
視界が回復した角狼が、再び地を蹴って突進を再開する。
恐るべきスピードで、ジェイルを引き裂こうと跳躍する。
その大爪を立てながら、枝先にいるジェイルに迫る、迫る、迫る――
そして、その爪がジェイルに届こうとした、次の瞬間。
ヒュン――
ジェイルが霞のように消え、角狼の大爪は空を切った。
「!?」
一瞬、何が起こったか分からずに硬直する角狼。
直後。
いつの間に回り込んだのか。
ジェイルが角狼の背後に現れ、空中から回し蹴りを横一文字に放つ。
『ギャウ!?』
死角からの一撃。さしもの角狼も反応できず、横っ飛びで地面に打ち付けられ――
「角狼。君たちがこの樹海を縄張りにしているおかげで、公国は他国の侵攻から守られている。だから君たちを殺したりはしない。だけど……その角だけは頂くよ」
地面に着地したジェイルが、悠然と構えながら言った。
『ヴヴゥゥゥ……』
当然、ジェイルの言葉は通じていないが、角狼はそれを挑発と捉えたらしい。
何やら低い体勢を取り、唸り声を上げる。
すると、漆黒の体表から紫電がバチバチと帯電し始めた。全身に纏った雷は、そのまま角へと集中していき――
『グルァアアアアアアアア――ッ!』
刹那――角から膨大な雷撃が放たれた。
紫の稲妻は蜘蛛の巣状に広がっていき、周囲に無差別に襲いかかる。
そして幾重にも重なり、収束するような軌道でジェイルに向かっていくが――
「《原始の障壁よ》」
ジェイルは冷静に、防御系【オリジン・シールド】を起動。
半透明なスクリーン状の魔力の盾が、雷撃を見事に打ち消した。
『グル!? ガァアアアア!』
自慢の雷撃を防がれた角狼は一瞬、狼狽えるように低く呻くが――
直ぐに怒りの咆哮を上げながら突進する。
「――《磔刑の光輪よ》」
自身に向かって猛スピードで駆ける角狼を前に、ジェイルは冷静に呪文を唱える。
角狼はそれを意に介さず、多少の攻撃を受けてでも、一撃を与えてやろうと猛進する。
そのままジェイルに迫って、迫って、迫って――
巨大な角が、ジェイルを体を貫かんとした――その時だ。
パァァァァァ――
ヒュン! ヒュン! ヒュン!
突如、角狼の足元から魔術円陣が展開。そこから光の輪が三つ飛び出し、角狼の口、前足、後ろ足を括りつける。
『ギャウ!?』
捕縛系【リストリクション・リング】――指定した空間の座標に仕込み、対象を光の輪で拘束する。条件式で起動させる罠魔術だ。
さしもの角狼も両足を括られては為す術なく、地面にドサリと這い蹲り――
「ふ――」
直後。ジェイルが角狼の側方にするりと入り込む。
そして、ポーチの中から短剣の魔導器を取り出し――
「――はッ!」
一刀両断。
鋭く放たれた縦一閃は、鋼鉄より硬い立派な角を、根元から綺麗に落とした。
ジェイルはそのまま角を回収し、魔術で凍結圧縮。小枝ほどのサイズになった角をポーチに入れ、後方へ跳躍する。
「よし……これで目当てのものは手に入った。すまなかったね、縄張りにおかえり」
そう言って【リストリクション・リング】の拘束を解除。角狼を解放する。
『グルルル……キャインキャイン!』
自慢の角を折られ、戦意喪失したのか。
角狼は子犬のような声を上げながら、文字通りしっぽを巻いて、森の奥へと逃げていった。
一人前の魔術士でも討伐に苦戦する角狼を、あろうことか攻性魔術を一切使わずに制圧する。
そんな偉業を軽々と成し遂げたジェイルの顔に、勝利の余韻は一切なく――
「ふぅ……これをあと九回も繰り返すのか……大変だな。ナターシャさんも人使いが荒いよ、まったく……」
間の抜けた表情で、盛大にため息をついていた。
そんなジェイルの頭に、ふと疑問が思い浮かぶ。
「だけど、おかしいな。角狼はもっと奥地を住処にしているはず……。なんでこんな浅い場所にいたんだ?」
角狼は、広大なハラル大森林の中心部に巣を構えている。本来ならば、こんな入り口近くにいるはずがない。
「まあ、もっと奥に行ってみればわかるか」
そう言って、森の奥――本来の角狼の住処へと向かおうとすると。
バリバリバリ――ッ!
側方から盛大な雷鳴が鳴り響いた。
「!」
驚いて振り向くと、かなり先――ジェイルが森に入った所とは反対の方向で、紫の光が激しく明滅する。
「今のは……角狼の紫電!? まさか、まだ他にも!」
ただならぬ気配を感じ、ジェイルは音と光のした方へ走り出した。




