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【挿絵多め】煌燈十二軍と供犠奇譚《サクリフィス・サーガ》  作者: HaiRu
第一部【フォルニカ公国篇】 第一章《奴隷少女》
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第9話 『邂逅』



 ――――。



 『オルセントの流れ屋』を出たジェイルはをイーンの街の中心部を通り、ハラル大森林へと向かっていた。


 気づけばもう正午を過ぎており、街道はどこも人々で賑わっている。


 イーンは公国の辺境にある小さな街だが、それでも人口は軽く一万人を超える。

 街の周囲を居住区が取り囲んでおり、中心部に進むほど商店や市場、飲食店に広場といった施設が増えていく。


 中心部にある大きな街道は、昼食を買いに来た婦人、仕事の休憩時間であろう労働者、魔術士組合(ギルド)に所属する魔術士たちで活況(かっきょう)(てい)していた。


「おっとと、相変わらず昼間は凄い活気だな」


 ジェイルは正面から走ってきた子供たちを躱しながらそう呟く。

 カレンを匿ってからは、ほとんど宿の部屋に付きっきりだったので、昼に外出したのは久しぶりだった。


 森に行く前にどこか飲食店にでも立ち寄り、昼食を済ませようか――


 そんなことを考えながら、人々流れる大きな街道を歩いていると。


「……ん?」


 ふと、繁華街の隅――狭い裏路地の奥へ視線が移る。


 そこには大きなフード付きのコートを纏った人物が、脚立に跨り壁に向かって、両手で何か作業をしている様子が見えた。


「ふむ、壁を塗装でもしているのかな?」


 よく見ると両手にはペンキを携えている。

 だが、その体はとてもふらついており、とても危なっかしい。今にも倒れそうだ。


「――大丈夫ですか?」


 思わずジェイルは裏路地に入り、その人物に声をかけた。


「? ……おお、わしのことかいな」


 ジェイルに気づいたようで、その人物は脚立を降りる。

 大きなフードで顔は見えず、僅かに見える口元も、影でほとんど隠れてしまっている。やや猫背になっているが、身長はジェイルと同じほど。口調的に老人のようだが、その声色はなぜか青年のように若々しかった。


「ええ、とてもふらついているようでしたので……おじいさん? は、ここのお店の店主さんですか?」


 壁に隣接している商店を眺めながら、ジェイルは尋ねる。


「――いやいや、わしはただの日雇い労働者じゃよ。この老いぼれた体じゃ、真っ当な仕事をするのは厳しいからの」


 ペンキを持った両手をバタバタを振りながら、老人はおどけた口調で返した。

 コートの上から視認する限り、かなり細そうな腕をしていた。とても元気な声だが、押したら倒れてしまいそうな弱々しい印象を受けた。


「よろしければ手伝いましょうか?」


 そう言って、ジェイルはペンキを受け取ろうとするが。


「駄目じゃ駄目じゃ! それじゃあ、わしが雇い主に怒られちまう。――それにお主にはもっと、助けるべき人間がおるじゃろうて。お主の気持ちだけ、いただいておくとするわい。」


 サッ、とそれを躱して、老人は申し出を断った。


「あはは、それもそうですね。では、せめてこれをお使いください」


 ジェイルは自身が着ていた青いベストを脱ぎ、老人に差し出す。


「……ほう? 魔装束(シュレーゼ)というやつかい」


「ええ、この街一番の魔導器雑貨店『オルセントの流れ屋』が誇る逸品です。これなら多少の魔力があれば、十分体を動かせます。先ほど譲り受けたばかりで、ほとんど新品なので安心してください」


 ジェイルは笑いながら言った。


 魔装束(シュレーゼ)と呼ばれるそれは、魔導回路が組み込まれた布で織られた衣服の総称だ。

 身体能力強化魔術や防御魔術などが付与されており、布面に魔力を放出するだけで、永続的に効果を発揮する。

 その使い勝手の良さから、公国では魔術士だけでなく、一般人にも広く流通している。


 似たような仕組みに隣国――レヴィエント王国の『魔鎧装(アマルガ)』があるが、極薄の布に魔導回路を組み込めるのは、公国の高い技術力の特権だ。


「じゃが、ええんかいの? こんな貴重なもんを貰っちまって。お主も使うじゃろうに」


 老人は訝しむような声を上げる。


「俺は身体能力強化の魔術が使えますので、それほど魔装束(シュレーゼ)は必要ないんです。それに、公国の魔術士として、困っている人を見過ごすことはできませんからね」


 笑いながらそう返すジェイルに対して。


「……ほう、それは立派じゃのう」


 受け取った魔装束(シュレーゼ)をコートの中に入れながら。

 何を考えているのか分からない声で、老人は言った。


 そんなやり取りをしていると。


 ぐぅ……


「あっと……あはは、すみません」


 ジェイルの腹が、盛大に鳴る音がした。


「――ほっほっほっ。いくら魔術士と言えども、空腹を満たす魔術は使えんじゃろうて」


 その音を聞き、笑い声をあげる老人。

 そう言いつつ、コートの中から包みを取り出してジェイルに放り投げた。


「ほれ、魔装束(これ)のお礼じゃ。わしの弁当をやろう」


「おっとと、これは……」


 包みを受け取ったジェイルは、中を確認する。何やら植物の葉で包まれた中には、白い大きな塊が二つ置かれていた。


「米……おむすびですか? たしか、極東の国ヤハムの郷土料理の」


「正解じゃ。よく知っとるのう」


 老人が感心したように言った。


「ちなみに、中の具はとある国の遊牧民族が好んでいた味付けじゃ。どれもこの国では滅多にお目にかかれんもんじゃから、大事に食べるんじゃぞ」


 ジェイルは興味深そうに、弁当の中身をまじまじと見つめる。


「――はい、有難くいただきます」


 そう言って包みを元に戻し、腰に下げたポーチにしまい込んだ。


「それでは、そろそろ失礼しますね。お仕事頑張ってください」


 そして軽くお辞儀をして、街道に戻ろうとするジェイルだったが。


「あー、最後に一つだけええかの?」


「――? はい、なんでしょうか」


 唐突に声をかけられ、再び老人へ振り返る。


「お主、名は何という?」


「名前ですか? ジェイル――ジェイル=サファイアです」


 キョトンとしながら答えるジェイル。


「……そうか、ジェイルというのか……」


 老人は、何やら噛み締めるようにゆっくりと呟きながら。


「いやはや、失礼。公国ではあまり聞かぬ名だが……なかなか良い名じゃのう」


 なぜか感情の読めない口調で、老人はそう答えた。


「あはは、ありがとうございます。俺も、おじいさんの名前を聞いていいですか?」


「わしか? 名乗るほどの者でもないが……そうじゃのう、カイナとでも名乗っておこうかの」


「カイナさん……ですか。珍しい名前ですね」


 ジェイルは不思議そうな顔をする。


「――ほっほっほ、それじゃあわしは仕事に戻るからの。お主も気をつけて行くんじゃぞ〜」


 そんなことを言いながら。

 ゆったりとした足取りで、カイナと名乗った老人は脚立のある場所へと戻っていく。


「はい。縁があれば、またお会いしましょう」


 ジェイルも軽く会釈をして、その場を後にした。



 そして――再び閑散とした路地裏で。


「……やれやれ、公国の魔術士か……」


 老人は誰に向かってでもなく、そう呟いたのだった。



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