一章 《奴隷少女》 プロローグ
――そこはまさに氷の世界だった。
辺りには一面の霜、所々に巨大な氷柱が大地を貫き、美しくも恐ろしい幻想的な世界を形作っている。
中心には、魔術で氷の世界を作った黒髪の青年が一人、左手を正面にかざしている。その正面にはチンピラ風の男と、男に捕らえられていたであろう煉瓦色の髪の少女がいた。
「ど⋯⋯どうして⋯⋯」
少女は目を瞬かせながら、驚いた様子で周囲を見渡す。
チンピラ風の男は氷柱に手足を飲まれ、氷漬けにされていた。しかし不思議なことに、傍らにいる捕らわれた少女には、氷はおろか霜一つも付いていない。
「馬鹿な⋯⋯! ただの魔術士ごときがなぜ⋯⋯!?」
チンピラ男はそう吐き捨てながら、自身を氷漬けにした相手を睨みつける。
「⋯⋯残念だが」
睨みつけられた相手――黒髪の青年は静かに言い放った。
「熱量魔術は俺の得意分野でね。味方を傷つけず、敵だけを氷漬けにするのは簡単ということさ」
青年は左手をかざしながら、静かな目で男を見つめている。
「ふ、ふざけるな! 周囲の熱量を完全に支配する⋯⋯そんな高度な魔術が、たった一節の詠唱で出来るわけッ⋯⋯」
四肢を動かせない状態になっても、チンピラ男は吐き続ける。
が、やがて何かを思い出したように言った。
「まてよ⋯⋯その黒髪に黒瞳、まさか⋯⋯!?」
驚愕の顔で男は続ける。
「聞いたことがあるぞ⋯⋯。フォルニカ公国唯一の軍事機関、大公庁の懐刀が一翼、煌燈十二軍――その筆頭の男は、世にも珍しい熱量操作の特異魔力体質者だと⋯⋯」
「ほう? 入軍してまだ一年半なのに、君のような裏の魔術士にも噂が広まっているとは⋯⋯俺も有名になったね」
青年は少し驚いた様子だが、すぐに静かな表情に戻って続ける。
「さて。話は済んだところで……やあ、助けに来たよ。カレン。そういえば、俺の身分を明かすのはまだだったね。俺は――」
そうして青年は、捕らわれていた少女に微笑みかけるのだった。