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第9話 最深部

 デルタとリナは何度か戦闘の回数を積み、何とか最深部までやって来た。この階では魔物の気配すら感じられない。


「急に広くなったね」

「そうですね……。思った以上です。しかし……一人ではここには来られませんでした。まずは

お礼を言わせてください」

「いや……僕は殆ど戦えてないし……」

「いえ……その……怖いので……」

「え?」


 思わず訊き返してしまった。デルタの聞き間違いで無ければ、リナは「怖い」と言ったのだ。朝はあれほど張り切っていたのにも関わらず、恐れているようだ。


「い、行きますよ! 置いて行きますから」


 リナはデルタを置いて先にとっとと歩き出した。若干急いだからか、彼女のポケットから家の鍵が落ち、地に付くとともに小さな音を立てた。


「ひゃっ!」


 虫の鳴き声のような大して気にもならないような音だったが、リナは飛び跳ねてデルタの服の裾を掴んできた。


「もしかして怖いの我慢してた?」

「……悪いですか?」

「そんなことは無いよ」


 自分でも気持ち悪いと思う程即答だった。一人だと怖くてここに来られなかったのかも知れない。

 

 結局、デルタが前を歩くことになった。リナは最後の階に来て今まで蓋で押さえていたものが溢れ出したようで、デルタにピッタリとくっついて離れなくなった。

 落とした鍵を拾い彼女に渡す。鍵に付いているペンダントにはリナと祖母と思しき人物の小さな絵が収められている。


「はい」

「ありがとうございます……」


 この最深部は他の階層と比べると狭く、道もずっと一本道だった。暫く進むと急に視界が開け、大きな空間に辿り着いた。地中を卵型にくり抜いたかのような空間だ。


 壁一面に壁画や古代文字が描かれており、部屋の中心には台座が置かれていた。上には何も載っていない。その台座を中心に木の年輪の様に円があしらわれている。

 台座は何かの儀式に使われていたと考察できそうな形状をしている。かなり大きい。成人男性三人ほどの高さに、横幅は馬車二台分ほどと推測できる。

 そして、部屋全体が他の場所と比べても明るく、デルタが持つランプの光も不要なほどには明るい。


「来ましたね最奥部……」

「壁一面壁画だらけだ……。どんなことが読み取れるんだろう……」

「まずは『異変』の原因を調べましょう。先程出会った盗賊の方は『お宝』を盗りに来たと仰っていましたが同時に『ここにそんなものがあった覚えは無い』とも仰っています」

「つまり、この矛盾に『異変』の原因が?」

「ええ。異変の原因が『お宝』にあるならば、その肝心の『お宝』が存在しないのは明らかな矛

盾です。現時点でも既に不死族の大量発生という異常事態……しかもこのダンジョンだけです。そして基本的にダンジョンの奥部やそこにあるモノ、そこを守るヌシは即ちダンジョンの心臓部や象徴とも言えます」

「ということは、このダンジョンのどこかに『お宝』は必ず存在するってこと?」

「そうなります」

「でもどうやって見つけるの?」

「それを解決するのがこの壁です」


 壁中の壁画や文字。何を意味しているのかデルタにはさっぱり理解できない。しかしリナは目を輝かせてその壁画に誘われるように近付いて行く。


「主な内容は古代のある農村に関する記述ですね。祀られていた神様に日頃の出来事を絵日記のようにここでお伝えしていたようです。そしてここは墓地と兼用されていて、壁全面が字と絵で覆われる度に壁面を削っていったそうです」


 古代の人の生活は謎に満ちている。この巨大な台座のようなものも、案外一般人の生活圏内だったのかも知れない。

 リナは古代文字をスラスラと読み進めていく。


「……『この地が多量の水によって侵されると神が我々に告げられた。神は私を置いてすぐにでも高地に逃げるように助言された。しかし、我々にはそんな真似は出来ない。そこで我々は神に与えられし魔術を使ってここを動けぬ神をいくつもの姿に分けた。そのうちの一つをいつかここへ戻るという願いを込めて置いて行こう。ついでに同じ魔術を使い、各地に守護者を置く』……この後ろは消えてしまっていますね。このお話『神の欠片』の伝承に似ていますね……」


 『神の欠片』は世に沢山ある伝承の一つで魔物の力を司る神がいくつかに分裂し世界各地に眠らされているというものだ。全て集めても神は復活しないとされている。

 その『神の欠片』こそがあの盗賊が狙っていた『お宝』と考えられるかも知れない。


「この壁画などが神様から見えるように描かれているとすれば、やはりこの台座は神様と関係ありそうですね」


 今度はこの台座を調べることにした。


「ここに欠片があるのかな?」


 しかし地下に向かって深くんるように造られた神殿だ。水害を危惧しているのなら上に置くだけでは水没してしまう。その証拠に天井に近い位置に水が満ちてから退いた痕が残っている。


「今は台座の前には冒険者向けの『攻略の証』というアイテムが置いてありますが……盗賊がお宝と言うモノはあれではないでしょう。折角なので二枚ほど頂きましょう。それと台座の上に登ってみたいですが……梯子でも無い限り登れるような構造ではないですね」

「これを登る機械があればいいのになぁ……。こう、井戸水を汲み上げるみたいなイメージで……」

「……考えることが違いますね」


 これは所謂職業病だ。不便を便利に変えたがる技師の性だ。デルタはもっと具体的な発想を口にしたかったが、かなり早口になって語ってしまいそうなので控えた。


「ですが、登らないことには始まりません。今日である必要は無いですが、早い内にまたここへ来なければなりませんね……」


 何かを上に持ち上げることが出来て尚且つコンパクトな梯子があれば便利だな、とデルタは思っていた。


「何かを上に持ち上げることが出来て尚且つコンパクトで持ち運びが可能な梯子があれば良いんですけどね……。そんなものある訳ないですよね」


 リナはデルタに苦笑いを向けた。『都合が良すぎますよね』とでも言いたげな顔だ。偶然にも、リナはデルタと全く同じことを考えていたようだ。

 デルタは目を瞑り、顎に手を当ててじっくりと考える。確か師匠は伸び縮みする梯子を開発していた。しかしこの台座を上るには分厚すぎる。そして梯子は長ければ長いほど安定しない。


「どうしようかな……」

「何が『どうしようかな』なのですか?」

「いや……無ければ作っちゃえばいいじゃんって思って」


 真顔で返すとリナは驚いた様子で大きく目を見開いた。


「やっぱり考えることが違いますね。突破口をその場で考えるなんて……」

「まぁ、発明と生産が仕事だからね」


 リナを見ているといつかの晩の彼女が酔いつぶれたことを思い出す。


「あの時は確か倒れそうになったリナを僕が背中で受け止めてそのまま背負って帰ったんだっけ……。背負って帰る……?」


「これだ!」


 唐突に大声を上げたからか、リナの肩がビクッと動いた。心なしかランプの光が強く光っているような気がする。


「何か閃いたんですか?」

「うん。今すぐ帰って製図したい」

「では一度戻りましょうか」


 一旦台座に背を向け、引き返すことにした。ダンジョンというのは不思議なもので、帰り道は何故かとても安全なのだ。外から入る者は侵入者や敵とみなすが、内から出る者は侵入者とはみなされないようで、魔物も穏やかになる。


「……ところで、材料はどうなさるのですか?」

「うーん……姉さんに頼めば数日後には届くだろうけど、出来るだけ早い方が良いよね」


 入り口で出会った盗賊が『ここの異常を報告する』と言っていた。もたもたしていると準備が整う頃には封鎖されてしまうかも知れない。


「そうですね。あまりスツェッテン村長を待たせるのも気が引けると言いますか……不安がっているとお体に障るでしょうから……」


 お体に障る。そんなことをリナは大真面目な顔で言っているが、不死族が病気になるのかとデルタは疑問を抱いた。

 いよいよ帰ろうという時、帰路の前方から人間の声が聞こえた。


「おや……すれ違いですかね? 今ここに来られるのは凄いですね」


 リナの顔が険しくなる。仮に何の対策も無しにここまで来るとすれば相当な実力者だ。

 声は段々と大きくなり、やがてその声の主と鉢合わせた。


 その見覚えのある顔に、デルタは思わず声を上げた。


「あっ……君は……」


 身軽そうな装いの、顔の上半分の目以外を包帯で隠した少女が、スンとした様子でデルタを見つめてきた。後ろからは息を切らしながら襷掛け姿の少年が追いかけてくる。


「チドっ! ハァ……ハァ……もうちょっと追いつける速度で歩けっての!」


 肩で息をする少年はそのまま顔を上げると、辛そうな表情が一変した。


「ん? なっ……お前……デルタ……?」


 襷掛けの少年はデルタを見て驚きの声を上げた。


ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

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