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第6話 師

 師匠は、結局三姉弟の中で誰を一番可愛がっていたのか分からない。『親』として可愛がる子供を選ぶなんていうのはおかしいが。


「あともう一本腕があればなぁ」


 これが師匠の口癖だった。何故もう一本欲しいか。どうやらデルタ達の頭をいっぺんに撫でてやりたかったようだ。

 師匠はデルタのことを『とても一〇代前半とは思えないほど大人びている』と評価していた。ただ『男としてもう少し強い奴になれ』とアドバイスしてもいた。強いとは心身共にということらしい。


「デルタ、これで鍛えなさい」

「何ですかそれ?」

「ダンベルだよ。これで筋力付けろ」


 これがデルタが運動嫌いになった理由だった。強引に筋トレさせられたせいで変な筋肉を使ってしまった。それで一週間近く全身筋肉痛で動けなくなって嫌になってしまった。それまで金槌より重い物を持ったことのなかったデルタがダンベルを上げるなんて無理に等しい。

 その様子を見ていた師匠も流石に無理はさせられないと思ったようで、一日一刻間の散歩だけはするようにデルタに言った。デルタはその言いつけをしっかり守り、それ以外の時間はひたすら機械いじりをしていた。


「へぇ凄いな! これデルタが作ったのか! あの設計図を完成させるなんて流石だな!」

「え、えぇまぁ……」


 特別珍しいことでもないのに褒められると嬉しかった。


「デルタは製作が得意だからな。……俺が若い頃に作った設計図はデルタに預けるとするか……」


 師匠はこうやって時々何か思い詰めるような顔をしていたり、何かを示唆するかのような物言いをしたりしていた。


「設計図?」

「ああ。昔酔った勢いで書いた設計図があってな。その後ちょくちょく手直ししつつ、いざ作ってみようかと思うとこれが無理だったんだ。当時の技術じゃ再現不可でな。今から作ろうにも恐らく時が足りない」

「師匠でも作れなかったものを僕ごときが作れるでしょうか?」


 デルタは昔から自己評価が酷評になりがちだった。これは出来ない。あれも出来ない。自分の出来なささに不安や焦燥を覚えることもあった。恐らく、根本的な所は今でも同じだ。

 しかしそんなデルタに師匠はいつもこう言ってくれた。


「ハッハッハッ! お前なら出来るよ。もう少し自分に自信を持て。お前の技量を信じるんだ」


 師匠は時々こうやって根拠も無く『大丈夫』だの『お前なら出来る』だの言って笑っていた。ちっぽけな不安や焦燥は全部北風の如く吹き飛ばしてくれた。


 その設計図を貰ったのは師匠が亡くなった後だった。師匠はデルタ達に何を分け与えるのか、前もって財産の管理をしていた。これだけの財産を誰に渡すか。三姉弟で同額相当になるように調整していた。


 師匠が思い詰めるような表情をしていたのは自分の死を悟っていたからだとデルタは気付いた。遺して逝く自分達が心配だったのだろうと。


 師匠が使っていた寝室のベッドには遺言書が入っていた。内容はデルタ達一人ひとりへのメッセージと進路だった。

 そこで、デルタは旅に出ることを勧められた。テクニルノの技術を世界中に知らしめ、好きなものを何でも作れるから、ということだった。他の二人にどんな遺言を遺したか、デルタは知らない。

 デルタは師の遺言通りにした。遺言書は人生の道標として未だに持ち歩いている。



「良いお師匠様ですね」

「ありがとう。誇らしいよ」


 師匠を褒められるとデルタまで嬉しくなるようだった。それだけ憧れていて、尊敬できる人ということだ。


「設計図とは結局何だったのでしょうか?」

「武器。今も携帯してるけど……今はまだ見せられないかも」



 話題は変わり、デルタはリナに姉弟の話をしていた。


「そう言えば姉さんは妹を欲しがってたっけ……。そのせいで僕が――」


 話している最中に色々と思い出して来て、急に話す勢いが弱くなったデルタを見てリナは不思議そうな表情で顔を覗き込んできた。


「『僕が』何ですか? 是非ともお聞かせ願いたいのですが」

「いや……これだけはちょっと……。本当に」

「そうですか。残念です」


 リナは少し拗ねているのだろうか。顔をプイと前へやった。会話も途絶え、少し気まずくなってきた時、リナが突然口を開いた。


「……私の家族は、貴方の家族とは全く違います。皆冷徹で、才能のみで使える人間か判断されるような家系です。私は使えない人間です。たとえ存在を消したくても、それが出来ぬほど絶対的な権力を握っていた祖母が生きている間は、私は辛うじて家に繋ぎ留められていました。しかし、祖母が亡くなった直後、に私は一族から勘当同然の通告を受けました。それからというもの、私は正体を隠してひっそりと暮らしています。ですから――」


 リナはデルタの目をしっかりと見据え、呼吸を整えた。


「リナ・スミラは偽名です」


 デルタはリナが偽名を使っていたという事実に驚いた。しかし、だからと言って本名を無理に聞き出そうとはしなかった。


「私自身、嘘を吐くのが心苦しくなってきたので本当の名前を言いますが……名はリナのままです。しかし姓はナズリアです。リナ・ナズリア。それが本名です」

「なっ……ナズリア⁈ あの名家の? 確か、一代で莫大な富を築き上げた豪商の家系……初代の没後は様々な分家が誕生したっていう女系一族……」

「やはりご存知でしたか。周囲の人々を今の貴方の様に混乱させたくないので嘘を吐いていました。噓を吐いてすみません……」

「謝らなくていいよ。隠したいことって誰にでもあると思うし……。でも、ここで打ち明けてくれたのは嬉しいな」

「私は分家の一つの出身で、代々『学者業』を営んでいます。懐中時計の紋章は現在のナズリア家の家紋です。……貴族階級ですが、王家と太いパイプがあったりします。ですから家紋は王族の方から賜ったものなのですよ」


 あの紋章の見覚えはそういうことだったのかと納得するデルタ。王族や貴族の家紋なら、馬車なり何なりで見かけていてもおかしくない。

 それにしても、リナの隠し事を知った後では自分の隠し事なんてとてつもなくちっぽけなものに感じる。デルタは突然自分が小さくなったような感覚に陥った。


「私が祖母から受け継いだ研究が成功してから復縁などといわれてもこっちから願い下げですよ」


 リナにとって祖母から受け継いだ研究は生きるための希望でもあるようだ。


「とにかく、明日はその研究の成功への第一歩ですから! 『嘆亡の神殿』調査、頑張りましょう!」


 デルタは表面上では笑顔で相槌を打っていたが、心の内では、リナの機嫌が直ったとホッと胸を撫でおろすのだった。


「ところでデルタさん。数百年前に存在していたというピースケなる大怪鳥をご存知れすか?」

「え? 何て?」


 この辺りからリナはタガが外れたかのように言動がおかしくなりはじめた。あまりにも急だったのでデルタは驚いたが、リナの頬がほんのりと赤み、果物の匂いがすることに気付く。

 そこで考えたのが、レストランで頼んだドリンクが酒類だったのかも知れないということ。だが、ほろ酔い程度でまだ可愛く見える。


 そもそも酒類は……一応この世界の成人は十八歳なので飲めるが、二十超えるまでは躊躇する人が多い。リナが年齢確認されなかったことについて、デルタは失礼ながらも疑問に思った。


「世界一の学者になるぞー! おー! えへへー」


 これが世界一の学者になれるのだろうか。足も千鳥足になっていて危なっかしい。


「あっ……もうダメ……」

「危ない!」


 デルタは倒れるリナを背中で受け止めた。

 そして、勢いでリナを負ぶった。最初の感想は驚くほど軽かったということだ。軟弱なデルタでもしっかりと負ぶることが出来た。それと、女の子特有と言われている柔らかさを感じない。しかしその分、鼓動と体温を直に感じる。


 このじんわりと感じる温かさ。妙に懐かしく感じる。師のものでも姉のものでもない、別の誰かのものだ。


「眠いです……」

「寝ちゃいなよ」

「お休みなさぁい……」


 デルタの催促から間もなくして背中から寝息が聞こえてきた。寝息も上品なもので、小さな呼吸を一定間隔で繰り返していた。


 リナの家の前まで戻り、扉を開けようとドアノブに手を掛けた。が、当然鍵が掛かっていて開かない。


「あっ……。リナ、起きて。リナ、家に着いたよ」

「ん……? どうしたんですか?」

「鍵、どこにある?」

「私が眠くなってきた頃に貴方のポケットにこっそり入れておきましたよ……」


 そう言うとリナはまたすぐに眠ってしまった。幸せそうな寝顔にデルタは少し羨ましく思う。介抱されているというのに、躊躇なく人の背の上で爆睡する様子は、見ていて呆れてしまいそうなほどだ。


 ポケットに手を入れると彼女の言った通り鍵が入っていた。取り出してよく見てみると小さなペンダントのようなモノがアクセサリーとして付いていた。


「何だろう……これって多分開くやつだよね……」


 デルタは好奇心を抑えきれず、中身を見てしまった。丸型のペンダントを開いた右側は何か小さな歯車がいくつも積み重なったような機械が、左半分には小さな女の子と初老の女性が映った非常に鮮明な絵のような白黒の平面画が埋め込まれていた。


「凄い技術だ……。でもこれ……絵じゃないよね?」


 小さなペンダントの中にこんな凄まじい術が詰まっている。デルタは思わず唸ったがそれ以上の詮索は止め、鍵を使って玄関扉を開けた。


 次はリナをベッドまで連れて行かねばならない。やましい気持ちは全く無い。

 家に入って内側から鍵を掛ける。リビングをスルーして今度はリナの部屋に入る。中に入るのは初めてだ。壁一面が本棚の室内に小さなベッドと机が一つ。しかしそれだけしかなく、生活感を全く無いように思われた。


「よいっしょっと……」


 声にはするが、実際にはそんなことをしなくても軽々リナをベッドに寝かすことが出来た。そそくさと部屋を出ようとしたデルタの腕を、寝ているとは思えない握力でリナがぎゅっと掴んだ。


「……置いて行かないで」


 静寂な部屋に響いた声に、デルタは思わず振り返るが、相変わらずリナの目は閉じていた。どうやら寝言のようだ。でも何となく放っておけなくて、結局デルタは踵を返さずにはいられなかった。


 祖母を喪い、家族から勘当され、本当の意味で孤立してしまったリナは、寂しかったのかも知れない。そう予想すれば、例え夢であっても誰かに縋りたくなる気持ちはデルタにも理解できた。


 ベッドの縁に近付いたその瞬間、デルタの体にも疲れがどっと押し寄せてきた。目の前の景色がぼやけ、次第に目のピントが狂って行く。いよいよ意識がプツリと切れた。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

次回からいよいよ大きく話が動き出します。

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