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第5話 家族

 不死族村から中心街までは少し距離が離れており、往復で三刻間ほどかかる。気付けばもうディナーの時間だった。

 デルタがリナに連れて行ってもらうレストランは冬も夏も朝も昼も夜もやっているらしい。お一人、カップル、家族連れ誰でも歓迎で、キャッチコピーは『食べたい物がここにある』だ。

 そのキャッチコピーに違わず、カフェテリアのようなオシャレさがあり、万人受けする雰囲気を醸し出している。

 ただ、万人受けはしてもそのオシャレさが自分には似合わないとデルタは思っている。あまりにもキラキラしていて、歯車と工場排煙の街で育ったデルタには慣れない場だ。


「オシャレですね。一度こんなところでお食事してみたかったんです」

「凄い賑わってるね」

「折角なのでテラス席に座りたいですね……料金も変わりませんし、何より街を眺めながらのお食事なんてとっても素敵です」


 レストランに入るまでの行列に並んでいる間、リナはずっと心を弾ませているようだった。確かにデルタ自身も胸が躍っている。


「おまたせしました。二名様で宜しいでしょうか?」


 店員がデルタ達に接客対応を始めた。いつの間にか列の先頭まで来ていたようだ。


「はい」

「ではテラス席へご案内しますね」


 店員について行くとロマンチックな雰囲気溢れるテラス席に案内された。子供は喜ぶだろうし、カップルの空気づくりにも最適だ。一人で黄昏たい時も、ここであれば心地よく過ごせるだろう。

 白いテーブルクロスが敷かれたテーブルの上で小さなロウソクが弱い炎を揺らしていた。そしてそのロウソクを挟んで向かい合うように椅子が二つ、置いてある。


「わぁ! 綺麗です……!」


 リナの目にロウソクの炎が映り、キラキラと輝きを放っている。その屈託の無い笑顔にデルタは感じたことのない何かを感じた。


「ご注文がお決まりでしたらこちらのベルを鳴らしてくださいね」


 店員は注文方法を告げると、忙しいのか速足で他の客の対応へ向かって行った。


 メニューも世界各地の家庭料理が多く、値段もリーズナブルで全体的に注文しやすそうだった。これは迷ってしまう。これに決めようと思った時に真下のメニューに目を奪われるのだ。

 デルタはなるべく安いものを選ぶことにした。リナが金欠なのは知っている。無理をしてここに連れて来てくれたのだろう。


「迷いますね……。この料理に関しては料理名が三〇字くらいありますね。『ュ』や『ェ』が多くて呂律が回りませんよ……」

「うーん……まぁハズレは無いだろうし、何となくで選ぼうかな。安いやつ」


 まともに料理の選び方も分からないまま注文した。数分後に運ばれてきた料理はそれだけで食欲をそそる湯気を立てた何かのスープだった。


「……スープの中に麺が入っている……もしかして……これで出汁を取ってるのかな……」


 リナの方は汁が無い麺類だった。麺が赤くなっている。何か他の食材を絡めたのだろうか。麺類はこういうところにでも来ない限り食べられない。


「私のものはどこかで見た事ありますが……デルタさんのソレはどこの何なんでしょうかね……」

「でも美味しそうだよ。頂きます」

「随分と温かそうですね。本当にお安いのでしょうか?」


 食べ方もよく分からなかったが、フォークを駆使して完食した。スープまで一気に飲み干すと、胃袋にズドンと溜まった。味付けが濃いからか喉が水を欲しがっている。


「美味しかったよ」

「こちらも中々乙な味をしていましたよ」


 そう言うリナは綺麗に折りたたんだナプキンで口元を拭いていた。


「誰かとこうしてお食事をするのがこんなに楽しいことだということ、すっかり忘れていました」


 食事中、色々な話で盛り上がった。趣味や仕事での苦労、そして明日の予定、今後の予定。


 当初、デルタが尋ねる予定だったリナの家族や素性の話はあまり成果を得られなかった。デルタはそれも今は仕方が無いと思い、不用意に首を突っ込むつもりも無い。

 ただし、家族以外の話をしている時の彼女の表情は楽しそうと言うより嬉しそうだった。


「じゃあそろそろ行きましょうか」


 デルタ達が店を出ても、まだまだ店の行列は途切れることを知らず、その尻尾は一切短くはなっていなかった。



 帰り道、街灯の光に照らされながら影を追いかけていく。


「そう言えば家に小説とか置いてなかったよね?」


 リナは読書が趣味だと言っていた。しかしその割には家に物語っぽい本が無く、歴史書や論文が大半を占めていたように思えた。


「自室にはもう少し俗っぽいものも置いてありますよ。しかし忙しくて読む機会が無く……」

「読書ね……」

「デルタさんは趣味も『機械いじり』だと仰っていましたね。趣味をお仕事にしている感じですか?」

「いや……昔から近くにそれしかなかったって言うか……。僕、実は孤児でね」


 デルタは自分語りがあまり好きではない。だが、自分でも何故か分からず何となく、リナには生い立ちを聞いて欲しくなったのだった。


「僕には師匠がいて、弟がいて、姉がいる。でも、誰一人として血は繋がっていない。子ども達は全員、別々の所で誰かに捨てられてみんな師匠に拾われたんだ。師匠は『血の繋がりだけが家族じゃない』って教えてたから、すっかり師弟というより親子だね」

「そうだったのですね……」


 過ぎ去った白黒の過去。デルタは記憶を懐古する。目を閉じれば今でもその光景が、流れるように明確に再生される。



 今からもう一〇年以上前、デルタはテクニルノと街の出口を繋ぐ橋で丸くなっていた。もっとも、そこがテクニルノだと知るのはもっと後だ。


 工場排煙で汚染されたグレーの雪が火山灰のようにデルタの頭に降り注いでいた。

 寒く、空腹で、一人で、空しく、寂しく。そんなデルタに手を差し伸べてくれたのは雪と同じ髪の色をした初老の男性だった。

 油なのかそれ以外の何かなのか分からない汚れを服に付け、体からは鉄の匂いがする。だが、当時はそんなことはどうでもよかった。気付けば男性の手を取っていた。飢え死にしなければそれでよかった。


 デルタは奴隷にされるというのも覚悟で男性に付いて行ったが、連れて行かれた小さな民家で待ち受けていたのは温かい暖炉と食べきれない程の料理だった。

 満面の笑みを浮かべた少女がデルタを快く出迎えてくれた。男性が優しく尋ねる。


「君、名前は?」

「……無いです」

「そうかい。じゃあお前は今日から『デルタ』だ」


 これが『今のデルタ』が生まれた瞬間。そして『男性』はデルタの師匠になる人である。この日のことは特に鮮明に記憶している。


「あっ! じーちゃんまた勝手に名前つけた!」


 屋内にいた少女が大声を上げた。幼き日のデルタはそれに驚いて師匠の後ろに隠れた。


「こらこら。驚いてるぞ。コイツは今日から家族だ」

「ホント? アタシおねえちゃん? やったー!」


 男勝りな、物凄く元気の良い姉だった。それは今でも変わっていない。

 姉はデルタの前に来てやや強引に手を握って来た。


「アタシはアルファ! よろしくなデルタ!」


 彼女は髪の色がデルタと同じ白銀だったのですぐに親近感が湧いた。しかし目は真っ赤だ。常に笑顔を絶やさない人だが笑った時に八重歯が覗くのがなんとも可愛らしい。

 彼女なりのオシャレなのかは分からないが割れたゴーグルを頭に乗せている。


「ねぇねぇデルタ! 『お姉ちゃん』って言ってみて! ねっ!」

「コラ、アルファ! やめておきなさい。コイツとはこれから散々長い時間を過ごすんだ。じき自然に呼んでくれるようになるよ」


 こうしてデルタは、この温かくて騒がしい家に迎え入れられたのだ。


 ――そして、それから数年後


 アルファはリビングの机の上に工具をぶちまけ、魂が抜けたかのように突っ伏していた。


「姉さん、温かい飲み物でも持って来ようか? それとも甘いお菓子が良い?」


 デルタが声を掛けるとアルファは机から勢いよく頭を上げた。後ろに人がいて、鼻に当たっていれば確実に鼻血を流していただろう。


「おー! ありがたいな我が弟よ! お前くらいの歳のガキは生意気盛りだからなぁ。それに比べてお前は……カワイイヤツめっ!」


 頭を鷲掴みされわしゃわしゃと髪をかき乱された。


「あれ? お前そっちの方が似合ってるぞ」


 天真爛漫な姉が珍しく真顔で言って来るので。


「えっ?」


 すぐに手鏡を借り、自分の頭を見てみた。前よりは似合ってるかもと思ってしまったのだ。


「たまたま上手くいっただけじゃないかな?」

「爆発しないように気を付けたんだぞ?」

「そうなの?」


 デルタは訝しげな視線で『姉』を見つめた。


 弟が家にやってきたのはこの日と同じ日だった。いつも通り師匠が買い物から帰ってくると、家を出る時よりも一人人数が増えていることに気付いた。

 デルタと同世代の子にしては随分と体が小さく、細い男の子だった。彼は虚ろな金色の目でデルタを見つめている。


「師匠、その子は?」

「あぁ。この街の路地裏で丸くなっているのを見つけてな」


 その子にもデルタがここに来た時同様名前が無かった。


「じーちゃん、またアタシとかデルタの時みたいに変な名前付けちゃ――」

「お前は今日からラムダと名乗れ」

「姉さん、時既に遅しだよ。多分師匠はここに来る前から決めてるんだよ」


 こうして弟のラムダが正式に家族になった。姉さんはその後暫く「妹を連れてこい」と師匠に言っては困らせていた。



 今思えば自分は人に拾われてばかりだ、とデルタは気付いた。素性の知れぬリナについていくことを決めたのも、もしかしたら師匠と出会った時のことを思い出したからかもしれない。

 そう考えると、初体験とは何とも恐ろしい。きっと、デルタが最初に出会ったのが誘拐犯であれば、リナについて行くことはなかっただろう。

 運命とは本当に不思議なカラクリだと心の中で感嘆しつつ、リナに別の話題を振った。


「じゃあさ、他に聞きたい話は?」

「そうですね……お師匠様のお話を聞きたいです」

「うん。じゃあしようかな。僕が敬愛する師匠の話を」


 デルタが誰よりも尊敬している師。育ての親でもある男性。グリステアの姓は師から受け継いでいる。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

今日はもう一本投稿します。もう暫し、お付き合いください

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