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第4話 不死族村

 不気味な文明を前に、デルタはそれをもっと具体的に表す言葉を頭の中で考えていた。


「何だここ……」

「不死族村です。ここに住んでいる不死族は皆、名と知恵を持っています」


 家々は土で建築されていて、天井はキノコで覆っている。そもそもここは洞窟なので雨の心配はない。縦に長いようで、あちこちに木の板とローブで作られたはしごやつり橋がある。

 そんな街の作りをじっくり観察していると、目の前から腰が曲がった杖を突くおじいさん……のように見える骸骨が歩いて来た。衝撃で変な声が出そうになるのをぐっと飲み込む。


「あ、ご無沙汰しております、スツェッテン様」

「ホォ……『サマ』なンぞ付けなくテ良いト言ってイるでは無いカ」


 男のものとも女のものとも取れる、ややぶきっちょな人語を喋る、奇妙な骸骨。よく見ると白い髭が生えている。人間の骨と形が似ているが、背はデルタの腰あたりまでしかない。


「そレにしても……よク来たなァ……リナ。今日ハ連れも一緒かイ?」

「はい。助手です」

「ホォホォ……宜しク頼ムよ」


 『ホォホォ』という不気味な笑い声にデルタは背中の産毛が逆立つ感覚を覚えた。だがこの骸骨、目が光ったりしていないので、そこまで恐怖は覚えなかった。

 どうやらリナはこの村長の自宅に用があるようで、今度はそこへ向かうことになった。


「そこの若いノ。自己紹介をしてクれ」

「あ、僕はデルタです。リナと同居している技師です」

「技師ィ? あァ……下級職業ノ」


 デルタはまさか魔物にまで下級職業の認識があって、こんなストレートに言われてしまうとは思っていなかった。露骨に傷ついた素振りでも見せていたのか、リナがこっそりとフォローしてくれた。


「私も同じようなものですよ」


 リナは励ましてくれたが、何も晴れた気がしなかった。


「ワシは先ほどモ紹介があっタが、スツェッテンと云ウ者ダ。さテ……お主、何故ワシが喋っていルのか、疑問に思っていルだろウ?」

「あ、その辺は私から」


 リナの話によると元々不死族は魔物の一種でありながらその誕生の仕方が異なるようだ。他の魔物は単なる人間の負の感情のエネルギーから生まれるが、不死族は怨念をはじめとする負のエネルギーが、その感情の持ち主の死体に入り込んで変化することで生まれるらしい。

 そして本来なら、強い怨念のせいで記憶は失われるが、怨念が無く、別の未練のようなものの影響で不死族となったのが、スツェッテン達の種族だそうだ。詰まる所、彼らは変異種である。


「つまり……何かを憎むっていう気持ちが原動力じゃないってこと?」

「ええ。そうです。しかし彼らも他の不死族同様、記憶はありません。知能があるのは理性を保てているからだと私は考えています」

「ワシも昔の記憶ガ無い……思い出せれバ成仏出来るノだろウが……」

「スツェッテン村長はもう一〇〇〇年近く死して尚活動しているようですよ」


 一〇〇〇年という長い歳月を過ごせば、直角にまで腰が曲がってしまうのも納得だった。


 ここに住んでいる不死族についての解説を聞いたところで、丁度スツェッテンの家に着いた。


「狭イ所だガ我慢しテおくレ」


 狭いとは言われたものの、人間の感覚で言えば家の中は想像以上に広かった。


「スツェッテン村長、今日は私にご用があると仰っていましたよね」

「ウム、実は隣街にあル『嘆亡の神殿』かラ妙な気配ヲ感ジてナ……。何と言ウか……強大ナものダ。そコで、異変ヲ調べテ貰いタいのダ。確かニ我々と同ジ気配なのダが……どうニも……違和感ガ凄イのダ……」

「嘆亡の神殿ですか……」


 『嘆亡の神殿』。別名不死族の巣と言われている。不死族村に行くまでに通った洞窟とは違い、肝試し程度の軽い気持ちで入ったら魂が抜き取られると恐れられている中級冒険者向けのダンジョンだ。

 デルタは勿論入ったことがない。噂に聞いた程度だ。


「デルタさん? 顔が青いですよ?」

「そりゃ……そうでしょ……まさか行くとか言わな――」

「分かりました。私も近頃調査に赴こうと思っていた所なので」

「嘘でしょ……」


 デルタは自分の墓場が決まったと思い、既に半分ほど魂が抜けかけた。


「おォ……ありがたやありがたや……」

「えぇ。必ず何か掴んでみせます。これは……依頼の類ですから報酬も用意していただきたいのですが……」

「あァ。いつモのヤツだロ?」


 リナはいつもこのようにして、村から離れられない村長の代わりに依頼を受けて、その報酬として研究にまつわる何かを貰っているようだ。


「では帰りましょうか」

「え? もう?」

「はい。今日はまだまだやりたいことが沢山あるので……」


 スツェッテンと様子が気になり覗きに来た他の不死族の村民に見送られ、デルタ達は村を後にした。どうやら出口を通っても、元居た場所に戻るのではなく、強制的に洞窟の外へ追いやられるようだ。


「ふぅ……ようやく解放されました」

「どういうこと?」

「……本当はあそこに出入りするのが嫌なんです。しかし祖母も村長とは知り合いでした。そのよしみで今も私が関わりをかかわりを持っているのです。勿論、村の方々はとても良い方ばかりですが……」


 立っているだけで精力を吸われそうなあの空間は、良心や善意では補いきれない程の瘴気が漂っていた。もはや慣れでどうにかなるようなものではなく、リナでさえも恐怖する。


「本当は今日やりたいことなんてないです。早く帰るための口実です。昨日はカッコつけて『人の死に興味が無い訳ではない』と言いましたが……大噓です。怖いですよ……目を背けたいですよ。調べれば罰が当たりそうだと思ってしまいます。こんなこと言ったら学者失格ですが、本当は不死族の研究も好んでやっている訳ではありません」


 魔物の研究をするでも色々とリスクがあるのに例によって恐ろしさも半端ではない不死族の研究なんて普通の人は続けられないだろう。


「でも……嫌いでも研究をしているのって理由があるんでしょ?」

「祖母の研究を引き継いでいるのです。あまり欲張ったり自分の願望を口にしない祖母の唯一の

願いであり遺言だったので……『私の研究はリナに継がせる』と……」


 リナは結構期待されているようだった。遺言で、リナに研究を継がせたという話からも祖母からの信頼も厚いと分かる。


「ですが……私の一族は母を中心にそれを快く思っていなかったようで……。元は出来損ないと見下され嗤われていましたので。……そんな私に研究を継がせようとする祖母の気が知れなかったのでしょう。その後私は祖母が遺したものを持って家を追い出されました」


 おばあさん以外からは期待も無くてむしろ出来損ない呼ばわりされて嘲笑の対象。一部の人間に嘲りの対象とされる気持ちは、デルタにも分かった。

 それと一族がどうこうという話や研究の引継ぎの話が少し気になった。リナの家系はもしかしたら名家かもしれないとデルタは心の内に仮説を立てる。


「すみません。どんよりした話になってしまいましたね」

「……ねぇ。苗字、聞いても良いかな? 初めて自己紹介した時は言ってくれなかったからさ」

「そう言えばそうでしたね。苗字は……スミラです。リナ・スミラ」


 スミラ家という名字はデルタも聞いたことが無かった。業界では有名なのかもしれない。リナの研究が成功すれば、もっと知られるようになるだろう。


「ついでに祖母の研究についてですが、祖母はスツェッテン村長達が暮らしている村について研究していました。彼らは謎が多いですから。本人達も自分達の正体を突き止めて欲しいと願っています」


 村長とリナの間に交流があったのはそれについて研究していたからというのもあるのだろう。


「さてと……お仕事の話はこの辺にして今日は夕飯の食材をお買い物して帰りましょう。と言いたいところですが、昨日はバタバタしてたので今日はパーッと外でお食事しませんか? 遠慮なんて要りませんよ」

「え? 外食? いいの? うわ……何年ぶりだろ……確か師匠が生きてた頃だろうから三年以上前……」


 しかも滅多にそんな機会は無かった。師匠や家族とちょっと遠出した時くらいだ。


「私も家を出たのがそれ位前ですね……」


 知らない間に何かをしてから何年もの月日が経っていた、というのはよくある話だが、二人とも年単位で外食していなかったというのは、互いにとって意外なことだった。

 時間が経つ速さに驚きつつ、リナがいつも賑わっていて気になっていたというレストランに連れて行ってもらうことになった。


 リナの素性をもう少し探りたい。そう思ったデルタはこの食事の場を利用して、もう少し問いただすことにした。

ここまで呼んで頂き、ありがとうございます。

今回から少しだけ物語が動いたかと思います。こう、少しずつ、少しずつ話が進んで行くので、よろしくお願いいたします。

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