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第3話 はじめの一歩

 結局あの後デルタは一睡もすることが出来なかった。紅茶が効いたようだ。窓から射す朝日を遠い目で見つめ、リナのようにカフェインが作用する前にすぐに寝てしまえばよかったと後悔した。


「ふあぁ……おはよう……」

 

 デルタはあくびをしながらリビングへやって来た。彼の髪型は、朝起きた時点でその日のが決まる。

 昨日はさほど気にならなかったが、日光が窓から入るとあちこちに部屋中にモノが散乱しているかがよく分かった。

 しかしリナが言っていたように本来はしっかりと整理されているようだ。その証拠に本や書類が折れ曲がったり、汚れていたりはしていない。ちゃんと目を凝らすと同じようなタイトルの本や書類で固まっている。


 一冊手に取り、タイトルを見てみる。デルタには難しそうに思え、図書館にも置いて無さそうだ。それからこんなものを普段から読んでいるのかとリナの呆けた寝顔を尊敬の眼差しで見つめる。

 と、彼女は突然目をパッチリと開き、デルタとバッチリ目が合った。


「あ……え? あれっ? 私……ここで寝ちゃってましたか?」

「うん。おはよう」

「おはよう……ございます……」


 リナは寝起きでウトウトしている。


「私……どうして毛布を……?」


 何故毛布が掛けられているのか困惑している様子のリナにデルタは焦って説明した。


「それは――」

 

 デルタは昨晩の出来事を話した。自分であの行動を顧みて思ったのは、ちょっとキザだったような気もする。


「えっ……ええっ、そんな申し訳ありません⁈ お、お返ししますっ!」

「僕の方こそゴメン! 洗ってない毛布とかどうかしてた……」

「まぁ、良かれと思っての行動だと思うので感謝いたします。これは洗っちゃいますね」


 リナは足早に奥の部屋へ向かった。向こうに洗濯物入れでもあるのだろうか。

 衣類も今は手洗いだ。洗浄魔法とかが使えるなら手間は多少省けるが、自分のような魔法が使えない人の為にもいつか全自動で洗えるようになればいいとデルタは考えていた。


「あとでまとめて洗っちゃいましょうか。後で井戸からお水を汲んで来ましょう」

 

 水道は通っているのでシャワーは出るし、蛇口から水も出るが電気は無い。

 この世界には電気が不足している、とデルタは思っていた。電気の可能性は無限大だと彼は知っている。今テーブルの上に置いてあるランプがそれを教えてくれた。


「どうされましたか?」

「え? いや……なんでも無いよ」


 どうやら考えに耽っていたようだった。リナに声を掛けられ、慌てて一人の世界から退出した。


「そうですか……。では朝ご飯でも作りましょうかね」


 暫くすると、キッチンからいい匂いが漂ってきた。パンを軽く焼いているようで香ばしい匂いがする。他にも包丁で何かを切る音もする。火は『火の素』なる道具屋に売っている瓶を使い、専用の火点け場で火を点ける。そこ以外では点かないので火事の心配も無い。


「あの、デルタさん。そこの棚の上のお皿とジャムの瓶を取ってくれませんか?」

「分かった」


 キッチンの足元を見ると小さな踏み台が置いてあった。確かにリナは小さい。デルタも男性にしては平均よりやや低い位が、リナの頭の上に顎を乗せれば、少し背中が曲がるだろう。


「よっと……。そう言えばお皿、結構あるんだね」

「ええ、来客用ですが」


 誰かと同じキッチンに立つなど久々だったデルタは、今の状況がどことなく家族といるような気がした。


「あの……見下ろすのは止めて貰えませんか? こう見えて私結構気にしているんですよ」

「ごめん」


 口では謝るが、見上げてくるリナは妹のようで少し愛らしく見えた。

 いよいよ朝食だ。皿の上に置かれた三品の食に思わず感動する。パーティに居た頃よりよっぽど簡素な食事だが、こちらの方がよっぽど温かそうな雰囲気があるのだ。


「わぁ!」


 思わず目を輝かせ、ホクホクと湯気を立てるパンに、デルタは顔を近付ける。


「食事を前にすると、随分と可愛らしい声を出されるのですね」

「『可愛らしい』?」


 デルタは腹の底からどうしようもない感情が湧き上がって来た。昔から可愛いと言われると堪えがたい気持ちが湧いて来るようだ。


「あ……すみません……」

「い、いや、大丈夫。……大丈夫……」


 繰り返し言って自分を落ち着かせる。こんな顔立ちだから姉によく『可愛いヤツ』と言われていた。あれは弟を可愛がるものではなく、獲物を捕らえる目だった。


「か、顔が怖いですよ……」

「えっ? あ……」


 その後も他愛のない会話、主にデルタのこれまでの経緯や今日の予定を語っているうちに、気付けば皿の上の食事は胃袋に消えてなくなっていた。

 朝食を平らげ、食器を洗っているデルタの横にリナが来た。二人で並んで皿を洗う。水が流れる音がする。


「ねぇ、今日行きたい場所ってどこ?」


 リナはデルタに、「行きたい場所があるんです」と語っていた。


「今日は調査に行こうと思っています。ダンジョンに入るんです」


 リナは食器を洗い終わると、今度はタオルを片手に水を拭き始めた。


「心配は要りません。死亡率は一割もありませんよ。その死亡一割未満も事故とかの場合ですし。とにかく魔物の餌食になることはありませんから」


 何でこうも自信満々なのだろうか。だが、嘘を言っているようには見えない。


 その後すぐに出発することになった。デルタ昨晩完成させた武器を持って行くことにした。身を守る為に武具は必須だが、単純に試してみたいというのもある。


「準備は良いですか?」

「うん。僕の方は大丈夫。というかリナ、そのネックレス、何?」


 食器を洗っている時には付けていなかった十字架のネックレス。聖職者の人はよく付けていて、彼らは銀色や金色の光沢が目立つものを好んで着用している。

 しかし、リナが付けているのは木で出来たものに紐を通したものだった。こっちの方が効きそうだ。


「これは魔除けの品です。貴方にも渡そうと思っていたところです。首から掛ける必要は無いですよ。しかし私の場合は見えるようにしておく必要がありますが……」


 デルタも同じものを受け取った。木目が綺麗だ。首に掛けなくて良いと言われたのでズボンのベルトを通す穴に括りつけ、ポケットに入れた。


「では、行きましょうか」


 家を出てリナがドアに鍵を掛ける。昨日の夜は見ることが出来なかったこの家の全体像が見えた。外見は綺麗だが、かなり小さい。想像以上に小さな家だ。だが、一人で住むのには充分か。


「どうかなさいましたか?」

「想像以上に質素な家だなって思って。別に悪い意味じゃ無いけど」

「私はこのシンプルさに惹かれたんです」


 リナは家に背を向け、歩き出した。デルタも急ぎ彼女について行く。


「今日行く場所はここの近くの洞窟です」

「あれ? この辺の洞窟って……」


 デルタはかつてここを訪れたことある。誰でも入れるような所で、不死族の出現報告も無かった筈だ。子供の肝試しにも使われるくらいには、安全性が保障されている場所。


「普通の人には見えないところで『彼ら』は暮らしています」


 何だかよく分からないが今はついて行くしかない。あの洞窟なら万が一何かに襲われても大丈夫だろう。

 道中のリナはどうも人目を避けているようで、フードを被ってはデルタの影に隠れるようにして歩いていた。



 その洞窟までは徒歩で半刻もかからない。さっそく薄暗い洞窟に入ると、入る者を導くかのように清水が奥に向かって流れていた。デルタの記憶の中では、この流れている水が綺麗だったことが印象的でそれは今でも変わっていないようだ。


「ここに何があるの?」

「私の研究仲間の住処です」


 リナは洞窟の正規ルートから外れたところへ入った。こんなところがあるなんてことをデルタは知らなかった。果たして勝手に踏み入って良い場所なのだろうか。

 そんな心配をよそに彼女は少し開けた広間のような所で立ち止まった。デルタはあらかじめ持って来ておいたランプを点け、その間を照らした。すると意外にも天井が高いことに気付き、壁には大きな壁画があるのを見つけた。


「この壁画って?」

「世の中の『種族』が描かれていますね。ヒトやゴブリン、それと……こっちはエルフですね。それと……下の方には髑髏マーク……これは不死族の象徴ですね」


リナの言う様々な『種族』が共に仲良さげに暮らしている様子が描かれていた。昔は魔物もヒトもエルフも差は無かったことを窺わせる。


「さてと……では行きましょうかね」

「行くってどこに?」

「この奥です」


 そうは言うもののここで行き止まりになっているようだ。ここより奥があるのだろうか。


「先ほどの十字架を出してください。出来れば壁画に向けて」

「分かった」


 云われた通りにするとリナも同じようにした。


「私です。リナです。不死族村の村長、スツェッテン様。今日は助手を連れてきました。お通しください」


 不死族と聞いたデルタは顔から血の気が引いた。やはり自分は騙されており、不死族の餌食にされてしまうのだろうか。


「安心してください。精気を吸われたり、殺されたりはしませんよ」


 リナが優しく微笑みながら振り向く。その瞬間、周囲の景色が一変した。そこには小さく、デルタが見たことのない文明が広がっていた。

 まさに近代的。技師であるデルタの度肝を抜く造りの建物が立ち並ぶ。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。明日も同じ時間に頃に投稿予定です。

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