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第20話 新しい歯車

本日から第二章開幕です。新キャラが登場します。

 デルタ達が住んでいる地域は完全に冬を迎え、連日雪が降るようになった。そんな雪道を一人の少年が裸足で、ボロボロの薄着で走っていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 伸びきった金髪の前髪をかき分け、しっかりと前を見据えて走って行く。両手首と首に強引に鎖を切った枷を付け、ただ走っているだけにも関わらず、通常の三倍近くの体力を奪われる。

 もうどれほど走って来ただろうか。ここまで休憩なし。冷たい空気を吸い、喉もカラカラ。いつ倒れて死んでもおかしくない。

 遂に、その時はやって来た。それまで動けていたのが嘘かのように突然、フラッと倒れた。


 薄れゆく意識の中でも彼は恐怖に苛まれていた。家族から引き剥がされ、食事も碌に与えられず、薄暗い牢の中で過ごし、最終的には金持ちに売り飛ばされる仲間もいた。

 彼は奴隷だった。彼は市場から逃げてきたのだ。


「えっ……ど、どうしたの……? 大丈夫?」


 倒れたところにたまたま通りかかった少女の声にも彼は気付けなかった。



 リナは、自宅の裏の小さな庭で、回収した『神の欠片』と睨み合っていた。今からこれに強力な魔法を当てて、破壊しようと考えているようだ。


「り、リナ。一応聞いておくけど、これって壊しちゃっても大丈夫なやつ?」


 傍らで見守るデルタが尋ねる。


「問題ありません。『嘆亡の神殿』内の壁画によると、保護の代償が永劫の封印だということなので」

「神の力は持ってるけど、神そのものは復活できないと……」

「おぉ、察しが良いですね」


 その後、離れていろと言われたデルタは自宅の窓から欠片を破壊しようとするリナを眺めていた。随分と強力な魔法を試しているようで、いちいち爆音を上げ、黒煙を立てている。

 暫くは静観していたが、いい加減近所迷惑になりそうなので止めるようと外に出た。


「リナ、そろそろ諦めたら?」

「……はい。壊れませんね。どれだけ強力な魔法を用いても……」


 二人で後始末を終えると、リナは前回の『嘆亡の神殿』調査と『神の欠片』に関する顛末と始末の報告を不死族村にしに行くため、外出した。


 今、デルタはリナと一緒に小さな家で暮らしている。ヒュウキとチドは新たな家を買って、同居人募集中らしい。デルタ達も誘われたが、リナは今の家を離れたくないようなので断った。

 適度に冒険者としての仕事をこなしながら各々元の仕事をしていた。

 

 リナが出かけてから程なくした頃。銃のメンテナンスを行うデルタの耳に、玄関ドアを激しくノックする音が聞こえた。


「ふぇえ……デルタ君……助けて……」


 デルタが家のドアを開けると、困った様子のヘルネスがこちらを見ていた。


「どうしたの? 珍しいね」

「今日リナちゃんは?」

「今日は知り合いのところに行ってるよ。この前の『嘆亡の神殿』の調査の報告だって」

「そ、そっか……。あの……ちょっとついてボクの家まで来てほしくて……。見て欲しいもの? があって」


 相当困り果てている様子だったので、デルタは気分転換も兼ねて、診療所へと足を運ぶこととなった。

 家の合鍵をリナから貰っていたので、それで戸締りをした。家の屋根に雪が溜まっていることに気付いた。いよいよ冬も本番だとデルタに告げるようだ。


 ヘルネスの診療所前へやって来た。建物全体に年季が入っているここは、人の入りが悪く、借金返済にも追われているため、近いうちに閉じるという。


「あっ、入って入って。汚いけど……」

「お邪魔します……」


 本人は汚いと言うが、診療所内は綺麗に手入れがされていた。


「えっと……それでね……こっちなんだけど……」


 ヘルネスの後をついて行き、奥の部屋へ入った。ここはダイニング、あるいはリビングの私的空間のようだ。

真ん中に置いてあるテーブルに座っている毛布に包まった少年を発見した。


「見て欲しいものってまさか……」

「う、うん。あの子。昨日ボクが家に帰って来た時にたまたま家の前で倒れてて……すぐに保護したから何とか助かったけど、凄い薄着だったし風邪引いてるかも……」


 少年は金髪で、長い前髪のせいで目元が良く見えない。顔には傷や汚れがあるが、服はより汚いため、ヘルネスが色々と施してくれたようだった。


「それと……この子、両手首と首に枷を付けられててね……。そ、その……もしかして奴隷なんじゃないかって」


 デルタはこの辺でそんなブラックで非人道的なことが行われているとは噂にも聞いたことがなかった。


「奴隷って……だとしたらこの人は一体どこから……?」

「分からない。取りあえず首輪だけでも取ってあげたくて……」


 ヘルネスはそう望んでいるが、もし彼が買われた後だとしたら、既に本人の体や枷が主従の証のようなもので繋がれてしまっているので救いようがない。

 主従の証は紋だったりそれ以外の何かだったりの様々な契約のことだ。買われていない内はまだ強引に枷を外せる。


「……全部取って平気だ。俺は買われていない」


 少年が口を利いた。かなり低く、落ち着いた声をしていた。


「取りあえず首だけどうにかして欲しい。苦しくて死にそうだ」


 何故か、自分自身の力で外すことは出来ないように設計されている。最近は素材の硬度が上がり、強引に外すのが難しくなった。また、鍵にも様々な工夫がなされるようになり、プロでない者によるピッキングでは開かなくなっている。


 デルタは両頬を軽く叩いて気を引き締めると、いつも持ち歩いている工具箱を開けた。

 それから首輪に付いている鍵穴をじっくりと観察する。


「へぇ……これくらいなら簡単に開きそうだね」


 どれほどの強力なセキュリティであっても、プロの技師の前では意味を成さない。


「ほ、本当⁈ 良かったぁ……」


 ヘルネスは首輪を付けられている本人よりもよっぽどホッとした様子で息を吐いた。

 それからデルタは無我夢中で作業した。


「……開いた!」


 取り外された首輪はとんでもない重量だった。当然、デルタに持てる筈も無く、鈍い音を立てて地面に落ちた。


「仕方ないなぁ……ボクが持つよ」


 そう言って首輪に手を伸ばしたヘルネス。しっかりと握り、思い切り持ち上げようとした。


「んん? んんー!」


 首輪はビクともしなかった。


「……俺が」


 今度は少年首輪に手を伸ばした。しかも片手だ。ところが彼はデルタとヘルネスが持てなかったのが嘘のように軽々と持ち上げてしまった。しかも人差し指に引っ掛けてクルクルと回している。


「あれ~?」


 ヘルネスは呆気に取られて声が出ていなかった。


「ヘルネス、この人のことどうしよう?」

「取りあえず、ボクの所にいて貰うよ。明日、皆を呼んで話をしたいと思うんだ」


 そんなことで翌日、急遽ヘルネスの診療所兼自宅に全員集合となった。昨日のメンバーに加えてリナとヒュウキ、チドが揃っている。


「――っていう経緯で彼を拾ってね……」


 ヘルネスから彼のことを簡単に説明された。


「成る程成る程……。てか名前は?」


 初対面にも関わらずヒュウキがグイグイと質問していく。

 彼の名前はデルタも聞いていなかった。何というのだろうか。


「俺? 俺はドレイスだ。苗字は無い」


 奴隷のドレイス。ダジャレでは無い。


「じゃあさドレイス……俺達パーティー組んで色々やってるんだけど、興味無い?」


 案の定ヒュウキによる勧誘が始まった。


「……無い。俺は一刻も早くやらなければならないことがある」

「え……それって何?」

「……アンタらには言えない」


 やっぱり一筋縄ではいかない。しかしヒュウキはそう言われたからと簡単に折れるような男ではない。


「じゃあさ、何でも良いから手伝わせてくれよ。と言うより、俺達のこと利用してくれよ」

「利用?」

「ああ。こき使ってもらって構わないぜ。目的の遂行の為なら、犯罪以外ならやるよ」

「……それは……俺が一番嫌いな部類の人間と同じことをしているに過ぎない。嫌いな人種と同じにはなりたくない」


 どこを見つめているのかも分からないまま、ただ呟くドレイスに、流石のヒュウキも口をつぐんでしまった。それから暫く何か考えていたようで、ヒュウキはおもむろに口を開いた。


「……ドレイス、一人で何でも出来ると思ったら大間違いだぜ。お前の『やらなければならないこと』ってのが何なのかはハッキリとは分からないけど、仲間の救出とかその辺だろ」


 ドレイスの肩が揺れ動いた。


「ヘヘッ……図星か? でも、もし本当にそれが『やらなければならないこと』なら尚更一人じゃ無理だぜ?」

「……大きな目標程、一人で達成するのは難しい……と思うよ」


 さらにチドも追い打ちをかける。的確にこちらに引き込もうとしているということがデルタには分かった。

 だが、どれほど揺さぶりをかけてもドレイスは動じない。そこで、リナがある提案を示した。


「もし、私達が貴方を裏切ったり、元居た場所に突き出したりするようなことがあるのではないと疑うのなら、そうでないことを証明すれば良いと思います。私達が何をすれば信じて貰えますか?」

「……俺、興味無いとは言ったが、お前らを信用していないとは言っていない。信用に足りる理由は俺の首輪を取ってくれたことで充分だ」


 このやり取りを聞いていたヒュウキは何か呟いていた。


「使役している気になりたくないし、別に信用していない訳では無い……」


 そして急に何か思いついたように手を叩いた。


「そうだ! 『依頼』って形でどうだ? これなら上下関係は無いし、俺達がどんな集団なのか分かってもらいやすいだろ」


 かなり良いアイデアだとデルタは感じた。間髪開けずにヘルネスが話をまとめ上げる。


「依頼内容は『やらなければならないことの手伝い』で良いかな? 報酬はドレイスの加入。ただし依頼の完了時に本人の意思があれば……なんてどうかな?」

「おい。勝手に話進めるな――」

「それいいですね。私も賛成です」

「……私も」

「ボクも良いと思うな」


 ドレイス以外の意見が一致したところで、後は本人の答えを待つのみだ。全員がドレイスに期待の眼差しを向けた。


「はぁ……ここまで言われたら頷かざるを得ないな。その『依頼』、お前らに託すことにする」


 一同、小さくガッツポーズを決めるなど、喜びを露わにしていた。そんなことは気にせず、ドレイスは話を続けた。


「まずは俺が『やらなければならないこと』をお前らに説明しようか」


 ドレイスは一呼吸置いてから、ヘルネスに助けてもらうまでの出来事を語り始めた。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

一章とは違い、先行きが不安になることもあるので、評価やブックマークを頂けると大変励みになります。

次回の投稿は明後日5月24日を目標にしています。それ以降は一週間ごとになる可能性があります。

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