第2話 落ちていた歯車
2023年5月9日、サブタイトルを変更しました。
作業の末、デルタは何年もかけて制作していた武器を完成させることが出来た。あと一日あればデルタもこの武器片手に戦うことが出来たのだ。
「だとしてもそれまでの嫌悪感を払拭するのは無理か……」
デルタは設計図の絵と瓜二つの形の武器を見つめてから、それをテーブルの上に置いた。そして、寝る前にもう一度リビングに顔を出すことにした。流石に、リナに何も言わずに寝る訳にはいかない。
リナもまだテーブルに向かって作業しているようだった。デルタが来た事には気が付いていないようだ。デルタはそのまま普通に近付き、声を掛けた。
「リナ」
「ひゃっ⁈ まだ起きてらっしゃったのですか?」
彼女は肩をびくりとさせ、驚いた様子で振り向いた。
「あっゴメン……脅かしちゃったかな。流石に何も言わずに寝ちゃうのも申し訳なくて。なんか、色々あって目覚めちゃったし……」
「そうですか……全然気づきませんでした……」
部屋が暗く、お互いの顔が良く見えない。暖炉の光や果てかけのロウソクの光もあるが、何だか心許ない。こんな環境で作業を続ければ健康に悪い影響を与えそうだ。
そう感じたデルタは一旦部屋に戻り、あのランプを取って戻って来た。
「これでもっと明るくなる筈……」
「ありがとうございます。凄く明るいですね。一日中作業できそうです。……折角ですし何かお
飲み物でもご一緒にどうですか?」
飲み物を貰うことにした。デルタにとっては久々の夜更かし。図らずも胸が躍る。
出て来た飲み物も紅茶で、眠らせる気が無いと分かった。その高貴な味を彷彿させる湯気も、その香りも素晴らしい。
「ありものですみません……」
「気にしないで。僕、お客さんじゃないし」
「それは……気を遣わなくていい理由にならない気がしますが……」
作業を再開した彼女の顔を見ながら紅茶を一口飲んでみた。爽やかな茶畑の味が口の中いっぱいに広がる。普通の紅茶にしては若干高級感がある。
暫くするとリナは突然思い出したかのようにポケットから何かを取り出した。
「デルタさん。技師だと仰っていましたよね? 少し見て貰いたい物があるのですが……」
「え?」
リナから『ソレ』を受け取ったデルタは手のひらに乗ったものを見て思わず声を漏らしそうになった。
金色の二枚の蓋を持つ、丸い形の道具。小さな鎖が伸びている。
「超旧型の懐中時計……」
今でこそ、手に入れようと思えばいつでも誰でも手に入れることが出来るが、この形はかなり古い最初期のものだ。優に製造から五〇〇年は立っていると思われ、未だに現存しているとはデルタは考えてもみなかった。
そんな伝説級の、国宝級の代物が、目の前で吊るされている。
「これ……いつどこで手に入れたの?」
「分からないです。先祖代々受け継がれてきたものだと聞いていますが……」
蓋に家紋のようなものが焼き入れられている。光や炎などの魔物の分類を象徴する記号が互いに邪魔すること無く組み合わさったような紋様だ。
デルタはこの紋章をどこかで見たことあるような気がした。
「実は先週あたりから針が動かなくなってしまいまして……古い型なので無理にとは言いませんが修理してくださると嬉しいです」
つまり存在すら激レアの懐中時計が二週間前まではしっかり動いていたってことだ。
「ちょっと借りるね」
デルタはジッと懐中時計を見つめた。このようにすると、中の構造が見えてしまう。自分でも気持ち悪いと思うが、何故か透視したかのように、手に取るかのように分かってしまう。どこにどんな部品が使われているか、初見の機械でも理解できるのだ。
最初は普通の人と同じで、何も見えなかった。それから簡単な構造のモノなら目視で分かるようになった。やがて複雑な構造の機械でも造りが分かるようになった。
今では機械類を目で見ただけで構造が見える。カラクリの歯車がどのように噛み合ってどこの部位を動かしているのかが透視のように見えるのだ。しかし透視より少し性能が劣るようで、透けて見えるのは機械類や装置類だけだ。昔師匠の部屋を外から覗こうと思ったが無理だった。
今回も例に漏れず、リナから受け取った懐中時計のどこが不調か、すぐに分かった。デルタは一旦懐中時計の蓋を閉じ、ポケットに入れた。
「暫く預かってても良いかな? 二週間くらいで直しておくよ」
「……ありがとうございます」
リナはペコリとお辞儀をした。
「これくらいどうってこと無いよ」
「私事ですが……これ、亡くなった祖母から受け継いだものなのです。私の宝物なので、仮に止まっても持っているつもりでした」
「そっか。僕も師匠が死んじゃったからなぁ……」
「そうでしたか……それは残念です」
リナは一度も会ったことの無いデルタの師匠の死を悼んでいる。デルタには赤の他人の死を悼むなんて出来ないだろうと感心する。
「……あのさ、こんなこと訊いたら怒るかもしれないけど……不死族を研究してるなら、人の死について関心があったりするの?」
不死族は他の魔物のようにヒトの負の感情から生まれたものではなく、野垂れ死に、成仏出来なかった人の慣れの果てと言われている。
「そうですね……無いと言えば嘘になります。不死族と死は切っても切れない関係にありますから」
「不死族と死の研究かぁ」
「まぁ……それが宿命ですから」
リナは意味ありげな笑みを浮かべた。裏があると言うより、ただ何かを誤魔化したいだけの表情に、これ以上は踏み込まない方が吉と判断したデルタは詮索をやめた。
「少しだけお話すると、私の家は六人姉妹で、それぞれ得意分野の魔物の種族があります。私はそれがたまたま不死族だったというだけです」
魔物の大分類は六種類に分けられる。いくら戦闘素人のデルタでも、それくらいは分かる。
「因みに私は末妹です」
デルタも三人姉弟の真ん中なので、上がいる気持ちはよく分かる。末妹だというリナと、自身の弟を重ねてみるが、末っ子の方がしっかり者なのかもしれない。
尤も、デルタの弟の場合は血が繋がっていないので一概には言えない。
「研究で彼らの脅威に脅かされずに済めばいい、という考えも勿論あります」
世のため人のためにことを成すという点は、技師と性質が似ており、シンパシーを感じさせられる。デルタも自分の技術がいつか世界中の人の役に立てれば良いと夢のような希望を抱いていた。
「今日はここまでにしますかね。はー……疲れました……」
リナは大きく伸びをした後、テーブルに突っ伏した。デルタは労いの言葉を掛けようと思ったが、すぐに寝息が聞こえてきた。
そこでデルタは考える。
「……無防備過ぎない? いくら疲れたといえど、普通正面に男が座っている状態で寝る? それとも僕、男として見られていない……? そう言えば姉さんにも『お前男っぽくないよなー』って言われてたな……」
どうしようか悩んだ。そっとしておくか、起こすか、ベッドまで運ぶか。
その未、デルタは部屋から先ほどまで路地裏で自分が包まっていた毛布を持って来た。少し汚いが、それよりもデルタはリナを持ち上げてベッドの上まで連れて行けるほどの腕の力と勇気が無い。
「外で使ったから少し汚いけど許して!」
決してリナが太っている、とかではなく、むしろ彼女はやせ形だが、単純にデルタが重い物を持てないのだ。赤ちゃんより重い物は持てない。同じ年頃の他の男子であれば薪木くらいには太い筈である腕も、デルタの場合は木の枝のようだ。
「はぁ……」
自分の貧弱さを情けなく思いつつ、デルタはリナの肩に毛布を掛けて寝室へ戻った。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。本日はもう一本投稿する予定です。