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第119話 見聞録の終わり

 あの激動の戦いから五年。

 完全に元気を取り戻したデルタは、テクニルノの一代舞台の上に立っていた。――のであれば良いのだが、実際はまだ舞台袖に控えている。緊張で貧乏ゆすりが止まらない。


 あれからデルタは持ち前の技術を生かし、人々の生活が豊かになるように努めてきた。今日は、彼が行った事業の中でもとりわけ大きな、テクニルノ大時計台修復記念セレモニーが行われる。

 ナズリア家の襲撃でテクニルノ全体が壊滅的な被害を受けた。現在も復興が続いているが、街の象徴である時計台が蘇った。今後ますます復興に向けて団結していくだろう。


 建設において陣頭指揮を執ったのは当然デルタだ。そうした縁でゲストスピーカーとして呼ばれてしまった。

 あの頃とは雰囲気そのままに、慣れない服で着飾っている。失くなってしまった左腕の代わりに、ヘルネスが拾ってくれた腕をベースに作った、自由自在に動く義手を愛用している。重さも合わせているので快適だ。動力源は魔力なのだが――語ると長くなるので割愛しよう。


「デルタ。そろそろ出番だ」

「うん。ドレイス、もうちょっとしたら行って来るよ」

「ああ。新テクニルノ大時計塔の完成セレモニー、俺も楽しみだ」


 自警団の白制服に身を包んだドレイスが緊張するデルタに声を掛けた。今日のドレイスはデルタの警護でここに立っている。


「客席には他の奴らも来ている。会うのは随分と久々なんじゃないか?」

「あはは……そうかもね。人によっては四年ぶりとか? 姉さんとシータは来るみたいだけど」

「今日はヘンゲイロウからヒュウキが来ると言っていた。ルーナもグレートニブルから来てくれるそうだな。チドも今日の仕事は全てパスしたと聞いた。ヘルネスは残念ながら手紙だな。アノニマスも来れるとは言っていたが……」


 あの後、ギア・メッシュは一時的な解散となった。理由は各々の道を行くため。今でも連絡は取り合っており、いつかは再結成すると約束している。


ヒュウキは地元に戻って疾風迅雷流の指導者になった。

チドは長年連れ添って来たヒュウキとは別に、傭兵として各地を転々とする生活をしている。

ヘルネスはなんと、父親を追って、そして世界中に医療を浸透させるための長旅に出た。

ドレイスは見ての通り、自警団に入団した。ヘルネスの診療所を守る為、今は一人で住んでいる。

ルーナはエーテリオ曲芸団の団長になり、団の立て直しの真っ最中だ。

アノニマスに関しては、別段生活が変わった訳では無いが、時々行方を眩ませるようになっているのでデルタは不安だった。本人とクラリスからは定期的に生存報告があるのでその点は安心できる。


「もしかすれば、クラリスやスピカも来るかもな。それから、先程テクニルノ海岸に大きい船が停まっていたんだが、ライラの海賊船か? 竜人族の人も見かけたな」


 ヘンゲイロウの剣術師範からお墨付きを貰ったこと、冒険者競技大会でそれなりの成績を残したこと、ストルンパージの貴族らの計らい、そして何よりも、ナズリア家の野望を阻止した功績で、デルタとその元仲間達は段々と名を世界に馳せて行った。

 とうのナズリア家は爵位を取り上げられてしまい、財産も全て没収となったが、直接的な被害を受けた人物はいない。


「そう言えば、どうしてもお前に会いたいと駄々を捏ねる者がいたのだが、通しても構わないか?」

「え? いやいや、それ警備員としてどうなのさ」

「心配するな。俺もお前も良く知っている人間だ」


 ドレイスは舞台袖にいる他の自警団員を追い払うと、自らも目立たないことろに移動した。そしてデルタからは見えない場所に向かって手招きをした。

 デルタが様子を眺めていると、ドレイスと入れ替わるようにして物陰からは確かによく見知った人物が姿を現した。


「……リナ!」

「デルタさん、来ちゃいました」

「えっ、いや、でも、今日は講義だって……」

「嘘ですよ。サプライズです! 会いに行ける距離にいるのに、こんな大事な日に別の予定を入れるだなんてどうかしていますよ」


 リナはナズリアという姓はそのままに、研究者の傍ら学校の教師となった。本人曰く、ナズリアは母や姉の姓ではなく、祖母の姓だからだとのことだ。

 リナはナズリア家の血筋ということで、一連の騒動の責任問題が問われたが、デルタ達の必死の説得と『S』という謎の人物からの報告により、リナには罪が一切無いことが証明された。その上、ヴァレリア・ナズリアは死体が見つかっていないため、国賊として国際指名手配を受けている。他の姉妹達にも重い処分が下されているものの、サリアを除いた全ての姉妹は、亡骸が発見された。

 今はサリア一人が指名手配を受けている。


「今、私がここにいられるのはとても有難いことだと感じています」

「そうだね。僕も同じだよ」


 あの戦いの後、『神の欠片』も時計塔の跡地から続々発見され、その全てをリナが引き取った。デルタがそれをどうするのかと尋ねた所、リナはもうこの欠片は役目を終えた筈だと言い、元のダンジョンの地下へと返還された。

 人工的に造られたプロメテウスの歯車は、デルタの手中に収まっている。これは人の手が届かない海の底にでも沈めてしまおうかと考えている。


「デルタさんが仰っていた空を飛んだり、海をどこまでも泳いで行けたり、街中に電球が輝くという夢も成就しましたしね!」


 デルタはこの五年間に数多くの事業・発明を成功させ、一躍時の人となっていた。今日もテクニルノの空には飛空艇が泳いでいる。波止場に泊まった潜水艇も、かつてラックス諸島を巡る際に用いた図面を流用して作られたものだ。


「うん。皆のお陰でね。やっぱり、一人じゃ何も出来ないなぁ。」


 デルタはジッとリナを見つめた。出会った時と比べると、随分と大人になったものだ。デルタは自分の中で覚悟を決めてから口を開いた。


「ねぇ、リナ。実は、この時計塔再建を僕の技師としての最後の事業にしようと思うんだ」

「えっ……勿体ないです!」


 概ね想像通りの反応。しかし、何の考えも無しにこんなことを言っているわけではない。


「僕はこの技術を独り占めしたくないんだ。皆が僕の技術を使って更に発展をしていく。素晴らしいことじゃないか。ただ、技術の発展は犠牲や破滅を伴う可能性もある。錬金術で作られた『神の欠片』とか『欠片の守護者』とか見て実感したよ。だから、そこにだけは気を付けて欲しいって警告しようと思う」

「ですが、デルタさんご自身はどうするのですか?」

「僕は時計修理士になるつもりだよ。懐中時計って今は割と誰でも持ってるし、家の時計もよく止まるからね」


 デルタはグレンから貰った懐中時計を取り出して眺めた。この時計は一秒たりとも狂ったことはない。


 今日のことも、デルタの行く道も、グレンは認めてくれるだろうか。そんなことを考えていると、舞台の方からデルタを呼ぶ声が聞こえた。


「デルタさん、呼ばれていますよ」

「うん。じゃあ、行って来るね」

「あっ、ちょっと待ってください」


 少し屈むように、とハンドサインを出したリナの指示に従い、デルタは少し猫背になった。すると、リナは踵を伸ばし、そのまま顔を近づけた。デルタが何かと思っていると、リナはそっと唇を重ねてきた。


「フフッ……行ってらっしゃい! 袖から見守っていますよ、私の大切な人」


 呆気に取られるデルタをからかうように笑うリナ。そんな彼女も顔を離しても尚あからさまに頬を朱に染めたままだ。

 デルタは、これは夢などではないと自分の体に言い聞かせるために顔を叩いて気合を入れなおした。


「えと……じゃ、じゃあ、行ってきます、僕の大切な……いや、やっぱりこれはセレモニーが終わったらその時に言うよ」


 『僕の大切な人』とほとんど言い切ってしまったが、それは無理やり喉奥に仕舞い込む。今はただ、一人の技師、デルタ・グリステアして、会場から湧き上がる万雷の拍手を一身に受けることを選んだ。


「ふふっ……楽しみにしてますね。貴方の口からまた聞けること」


 当のリナはデルタが何を言わんとしているのか完全にわかっている様子だ。デルタも、きっとリナはわかっているだろうという自信があった。

 ところで、「また」と言っていたが、そんなに頻繁に想いを伝えあうような仲ではないはずだ。しかし、いつかに言ったことがあるのだけは覚えている。

 デルタはリナに向けて小さく頷くと、つま先を表舞台に向けた。


 春の日差しの眩しさにも怯むことなく、デルタは人生最大の舞台へと足を踏み出したのであった。


 あの日、月明かりの下で孤独を恐れていた僕は、もういない。あの日、書き始めた見聞録は、最後のページまで埋まった。


ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

これにて『プロメテウスの歯車』の歯車は完結となります。処女作かつ独学ゆえに読みづらい箇所や設定がブッ飛んでしまっているところもあったかと思われます。それにも関わらず最後まで読んでくださった方、エピローグまで読んでくださった方、本当にありがとうございました!

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