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第1話 嚙み合わない歯車

☆技師=発明家 程度に捉えておけば大丈夫です

 下級職業、と呼ばれるものが世の中にはある。この世界の辞書によると、戦闘能力の低い職のことを差す。とりわけ、技師という職業は不必要とすら言われている。機械を専門に扱う彼らに対する世間の目は、魔法があるのにどうして機械が必要なのだという疑問に満ちている。


「おいデルタ。お前さ、もう出てってくれねぇかな?」


 ザッドというやや粗暴な青年に名指しで呼ばれ、周囲の視線が全てデルタに向く。

 いないよりはマシ。だがいても大して意味はない。それが下級職業。


「僕が……?」

「そうそう全く意味無いからさ」


 デルタも下級職業に就いている。そんな自分が冒険者と共に暮らせることに最初は疑問を抱いていたが、まさに今、最初の人数合わせに使われただけであると理解した。それなりに人が集まれば、初めから切り捨てる予定があったのだと。

 それでも、衣食住が無くなるという恐怖を前に、デルタは食い下がる。


「待って! 僕ももう少しで戦線に立てるから――!」

「お前養う金、他に回したいんだわ」


 最初から仄かに自覚はあった。いずれ追い出されることも分かっていた。彼らの中に自分の力を必要としてくれている人がいないことも分かっていた。

 何より、デルタを養う金を他に回したいというザッドの言い分は尤もだった。冷静になればなるほど、悲観的な考えしか思い浮かばない。


「……分かった。出て行くよ」


デルタは部屋を後にした。とっとと荷物をまとめて誰も見ていない所で出て行こうと決めた。


「マジで技師って使えねぇな。まだ芸人の方が稼いでるぜ?」

「ハハハッ 全くだな」

「アイツ『いつかみんなの生活をより良くするための道具を開発したい』とか言ってたけど無理だろ」

「『空を飛んでみたい』とか訳わかんないことも言ってたよねー」

「ホントだよねー。私の魔力が欲しいとか言って見たことない形の瓶に詰めてたのキモかったなー」


全ては仕方の無いことである。腕力も、魔力も低いデルタでは、機械と向き合う他に出来ることもない。


 その日の夜、デルタは静かに皆で共有している家を出て行った。荷物は生活用品と何枚かの設計図、数日間暮らせる生活費のみだ。

 部屋を出る前に化粧台の鏡の中の自分と目が合った。青い目も鼠色の髪もいつもは光を反射して光沢があるのに今日はくすんで見える。

 そして直前に普段は肩に掛けないサスペンダーを珍しく掛け、長らく着ておらず埃を被っていた上着を羽織った。

 その肩の埃を払いつつ、デルタは独り呟いた。屋外のあまりの寒さに、口でさえ動かしていないと凍り付きそうだ。


「どこか雇ってくれないかな。布団付きの一人部屋で三食付きで働けば給料をくれる場所……。なんて、そんな都合の良い場所なんて無いか……」


師匠の元から独立して早三年。このまま帰っても姉弟弟子に見せる顔も無い。


「ハァ……」


 様々なネガティブな思考が頭を駆け巡る。だが、後のことは後で考えよう、未来の名誉より明日の命の方が大事だと思い、デルタは更ける夜道を進んで行く。


 暗い街灯に照らされて街を歩く。暗くてもう前が見えない。こんな時の為にある道具を持っていたことを思い出した。

 デルタはカバンからランプを取り出した。一見するとどこにでもある普通のランプに見えるが、これはロウソクで灯る一般的なランプでは無い。


「よいしょっと……これで大丈夫かな」


 ランプの下についているスイッチを切り替えるとランプが瞬く間に光った。星のように綺麗で眩い光を放っている。


「外で使うとこんなに綺麗なんだ……」


 見惚れてしまう程美しいこのランプは、点灯に電球を使っている。デルタの住んでいた地域ではもう街灯及び家庭用照明は電球がメジャーなのだが、ここではまだ普及していない。

 このランプ自体は姉から貰ったものでデルタのお気に入りだ。この光のお陰で夜遅くまで光源の交換無しで作業できる。


 夜も更け、最初は張り切って宿探しをしていたデルタだが、空いている場所は一向に見つからなかった。


「野宿……? いやそれは絶対に嫌だ。もう少し粘ろう」


 それからどれくらい時間が経っただろうか。真っ白な月が頭の真上まで昇ってしまった。もう宿は全く空いていない。


「はぁ……野宿するか……」


 悩みに悩んだ末仕方なく路地裏に入り、持って来た毛布に包まって夜を明かすことにした。幸いこの辺は治安の心配も無い。

 悴む手に息を吹きかけると、冷たい風が頬を刺すように撫でた。


「あはは……何の為に生きてるんだろ……。何で……生まれてきたんだろ……生みの親はいないし、必要ともされないし……」


 途方に暮れ、鬱な気分になってきたので明日の予定を考えることにした。

 そしてようやくウトウトして来た時だった。頭の上から声を掛けられた。デルタには出せない少女の高い声。それでいて凛としている不思議な声だ。


「あの……どうされたのですか?」

「えっ?」

「ただの乞食にしては恰好が綺麗ですね……」


 彼女は興味深そうに、デルタのことを舐めるように眺めている。彼としては大体自分と同世代の女の子がこの時間に一人で出歩いていることの方がよっぽど不思議でならない。


「君は?」


 デルタは少女に尋ねた。

 帽子も、杖も、剣も持っていない。賢者や僧侶とも見た目が違う。本を持っているが、魔導書とは少し違う。もっと学術的な本だ。


「私は通りすがりの学者です」


 学者は勉強さえすればありとあらゆる魔法を扱えるようになる半面、攻撃魔法の威力は全て平均並み、おまけに学習が必要なので冒険者界隈では勝手が悪い職種とされている。


「何で僕に構うの?」

「貴方が手にしているランプ……少し変わった形状をしていますね。そちらに興味を引かれまして」


 しまわずに出しっぱなしにしていたランプに彼女は目を惹かれたようだった。彼女が着ている服はやや暗めの赤いローブ。少量だが荷物も持っている。胡散臭さは微塵も感じない。


「アハハ……まぁ職業柄ね……ックシュン!」

「あ……今日は冷えますね。あの、よろしければこれ……」


 少女はデルタにチリ紙を差し出し、その紫色の優しい目でデルタを見つめている。まるで宝石が埋まって魂を宿したかのように輝いている。

 その様まさに神秘的。


「先程、『何の為に生きているんだろう』と仰っていましたね。しかし、貴方の存在を願う方は、必ずどこかしらにいらっしゃるとは思いますよ。前を見ましょう。……なんて見ず知らずの私が言っても説得力に欠けますが」


 月光に照らされ、僅かに光沢を持った、若干先端が巻かれた髪が、彼女が笑うのに合わせてふわりと揺れた。デルタには彼女の発言も相まって、女神様のように見えた。

 一瞬本気で見惚れてしまったのだ。


「あの……もう一回訊くけどどうして僕に構うの? 僕はどこにでもいるしがない……いやもっと格下の技師だよ……」

「どうも行き場が無いように思ったので……。それと、今貴方を見捨ててしまうのはバツが悪いので」

「…………パーティを追放されました。今は家無しです。資金もじき尽きます。笑いたいなら笑ってください」

「笑うなんてとんでもないです! ……私も似たようなものですし……」


 後半、声が小さくてデルタには明確に聞き取れなかった。彼女は気を取り直して続ける。


「それで……もし定住地が無いなら私の家に私の助手として居候するのはどうでしょうか? 割と広いので遠慮はいりませんよ! 助手を見つけようと考えていたところですし!」


 デルタは彼女が何と言ったのか訊き返そうとしたが、その前に彼女はその質問を遮るように喋った。


「でも経済面が――」

「それも問題ありません! ……一人でいるのも寂しいですし……」


 また後半部が聞き取れなかった。デルタの耳がおかしいのではなく、本当に小声なだけだ。


「じゃ、じゃあ……お願いしようかな」


 デルタは胸を張る少女に圧倒され、人差し指で頬を掻きながら条件を受け入れた。

 彼女はそこで初めてしゃんとした表情を崩し、幼い笑みを見せた。しかし、そこに穢れは感じない。デルタのことを疑っている様子も無ければ、探る様子も無く、ましてや騙そうだなんて微塵も考えていないように感じる。

 

 とにかく今はここより暖かい場所に行きたい。今のままだと翌朝には凍えて死にそうだ。


「取りあえずお試し期間として一週間、どうですか?」


 少女はさらに提案を重ねてきた。この提案、飲むことによるデメリットは低いと判断した。もしダメでもその一週間の間に実家に戻る目途が付くだろう。


 デルタは毛布をしまいランプを灯した。月夜の元、歩む先を照らす一筋の光。


「本当に綺麗だなぁ。この景色だけを切り取って飾っておきたい」

「不思議な光ですね。魔法で閉じ込めたのですか?」

「いやそうじゃないんだけど……。これは先人の色々な知識が合わさって生まれた賜物だよ」

「曖昧な答えですね。ですがとても魅力的です。何人でも虜にしそうです」


歩みを進めるにつれて街中の光も少なくなってきた。ランプの光がさらに目立ち始める。


「今更だけど名前聞いてなかったね。僕の名前はデルタ・グリステア。さっきもチラッと言ったけど職業は技師。機械に強いのが僕の取り柄だけど……あと一〇〇年くらい後に生まれてた方が需要あったかな」

「私はリナと申します。改めまして、学者をしている者です。まだまだ駆け出しで、主に不死族を中心に魔物の研究をしています」


 そう軽く自己紹介をしてリナはペコリとお辞儀をした。苗字は言わなかったが、言わない人もたまにいるのでデルタはあまり気にならなかった。

 不死族。デルタがこの世で一番嫌いな魔物の類だ。ただのガイコツ型ならまだしも、基本的に不快感を催すようなおぞましい姿の奴が多い。


「どうして、例によって不死族を?」

「そう簡単に話せる理由ではありませんよ」


リナは話しながら目を瞑った。それから一つだけ、デルタに教えてくれた。


「まぁ、家柄ってやつですよ」


 街の明かりがすっかり消え失せたあたりで彼女の家に辿り着いた。家柄がどうと言っていた割にはかなり質素でこぢんまりした家だった。三人で満杯、五人で破裂しそうだ。


「小さな家ですみません……。貧乏人なもので……」


 家の中はもっと質素で基本的に俗っぽいものは何も置いてなかった。しかしそこら中に紙の山や本の海が出来ていた。


「あっ……すみません……。普段は綺麗に整理しているのですが、昨日も真夜中まで史料を読み漁っていたので散らかっています……」


 これだけで研究熱心だと伝わって来る。学者というのも云うのも本当だろうが、月明かりの無い場所に来た瞬間、先ほどまで全能の、救いの女神さまに見えたリナが今は努力家の苦学生に見える。


「ふー……やっと家です。あ、お部屋はそこの角を曲がった所にある奥の部屋をご自由に使ってください。綺麗ですから……多分」


 多分という言葉がデルタの心に釣り針のように引っかかった。だが、当のリナは何も言わなかったかのように続けた。


「では、明日から本格的に今後の話をしたいので今日はゆっくり休んでください。それでは私は今日行ってきた場所のレポートを書かないといけないので。おやすみなさい」


 デルタは半ば強引に部屋に押し込まれた。部屋中を見渡してみたが割と綺麗だった。元々誰も使っていないからか埃は一切たっていない。

 室内も質素でベッドが一つ、小さなテーブルと椅子が一つずつ、そして服を掛けるためのクローゼットがあるだけの地方の宿屋のような設備だった。


「なんだ……綺麗じゃんか」


 ご自由に、とリナに言われたので、デルタは素直に甘えることにした。

 デルタは遠慮なく、テーブルの上に持って来たかつての師匠から受け継いだ設計図を広げ、手を組んで伸びをした。


「よーし……やるか……」


 今すぐベッドにダイブしたいがそこはグッと堪えてテーブルに向かう。


「さてと……作業しよう」


 持って来た最低限の荷物の中からパーツと工具を放り出す。本来なら、これが完成すればデルタも戦線に出られる筈だった。

 それほど重大な、そしてデルタの人生をも左右しかねない発明品だ。


【作者より】

処女作です。文章・世界観共に勉強中の身なので、色々思う所はあるかと思います。ですので生温かい目で見守り、時には厳しく評価していただけると幸いです。


最初こそ追放されたりしていますが、割と少年漫画的な展開になると思います。

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