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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

枚数別のご案内――原稿用紙5枚程度の掌編

未達を避けろ! あの世の人材育成術。

作者: 陣 杏里

 ――ノルマ達成がキツい。

 最近の閻魔大王を悩ませている問題は、その1つだけだった。

 何せ、千歳未満で登用試験を突破し、あの世の花形職業である閻魔大王(第六支部担当)に任ぜられたのだ。まさに若手のホープ、出世頭と言っていい。恋人である異世界の女神、アリアとも先月婚約したばかりなのだ。

「異世界転生向けの人材を見繕えって言われてもなぁ……」

 あの世が異世界――剣と魔法とドラゴンの三点セットだ――と業務提携を始めた昨今、閻魔大王の仕事は増えていた。しかもノルマつきである。

「そんな魂、都合良く来るわけない……」

 嘆息混じりで死者の予定表と個人書類を眺めていた閻魔大王は、ふと、一枚に目を留めた。

 29歳で死亡予定の、鹿田悟という日本人男性のものだ。

 ざっと見て、ふぅむ、とうなった大王はスマートフォンを取り出して(最近は、情報機器を持って転生するケースもあるため、大王も勉強が必要なのだ)恋人に電話をかけた。

「あ、アリアか? 俺だ、ハオレンだ。今、いいかな? 前会ったとき、君のところにもノルマがあるって言ってただろう。それで、ちょっと相談があるんだけど……」



 あの世の門をくぐってから一月の鹿田悟は、閻魔大王に呼び出された。

「転生相談員ですか?」

「そう。最近は異世界転生を希望する魂が増えていてね。年配の相談員だと、話についていけないこともあるんだ。その点君は若いし、生前は心優しく後輩の面倒を見ていたと書類にもある。誰もが不安がる転生への道案内を頼めないだろうか」

 悟は業務内容を閻魔大王に詳しく聞き、「引き受けてくれるなら、君が望む転生先を用意するから」という条件で快諾。


(京司のやつ……俺を殺して終わりじゃないって、思い知らせてやる)


 悟が転生相談員を引き受けたのは、自分を殺した弟への復讐心からだ。相談員は身元を隠したまま業務に就くので、死んだ弟があの世に来た時は、生まれついたことを呪うような、最悪の転生先へ送ることだってできる。

 悟の人生は、記憶にある限り、常に双子の弟と比較され続けるものだった。

 勉強はもちろん、スポーツも、言葉遣い、礼儀作法、習い事、友人の数やバレンタインチョコの数などという、訳の分からないものまで比べられていた。

 数の多い方を徹底的に優遇し、扱いに差をつける両親はおかしいと、悟は小学校を卒業するあたりで気づいたが、弟の京司はがんばる事を選んだ。

 悟はそんな弟に何度も『家を出よう』と提案したが、聞き入れてはもらえず。

 京司が野球の強豪校を目指す頃は、彼と同じ道を歩むという選択肢は悟の中から消え、全寮制のサッカー名門校へと進むことを決めたのだった。

 念願叶ってプロサッカー選手になれた時は、「これでやっと俺の人生が始まる」と思ったものだ。

 ――それなのに。

 努力に努力を重ねて得たプロ生活は、数年で戦力外通告を受け、終わってしまった。両親は、頼んでもいないのに「京司はゴールデングラブ賞を受賞したというのに、お前は戦力外通告か。今度の正月にはいい知らせを期待している」と知らせてきた。

 悟はもう両親は変わらないと諦めて引っ越した。学生時代から密かに勉強してきた気象予報士に転職するためだ。

 生活のためにバイト漬けになりながらも、何とか試験を突破し、気象予報士として職を得たと思ったのもつかの間。

 就活中に使っていたSNSの裏アカウントが暴露され、二度目の職場も追われるように退職。

 暴露したのは京司だという証拠を得た悟は、何故という気持ちを胸に、弟を呼び出した。その結果があの世行きというわけだ。


(この世にたった2人の兄弟なんだから、話せばきっと、なんて思ってたっけな。生きてた頃は)


 悟は復讐の事などおくびにもださず、毎日の相談業務に励んだ。

 お盆に故郷に帰りたがる老人には、審査を通過する方法と手続きを案内。犬を助けてトラックにはねられた女子高生には、偽聖女認定されて国外追放された後に、隣国の王太子に溺愛されるプランを薦めた。

 ――そして。

 ついに死んだ京司があの世にやってくると、最悪の転生先を言葉巧みにすすめ、契約をこぎ着けることに成功。

 あっけなく成ってしまった復讐の余韻に浸る間もなく、閻魔大王から感謝の言葉と、よりどりみどりの転生先から一つを選んだ。

「転生先の女神様に、君のことは伝えておくよ。ご苦労だったね。……良き生を」

 閻魔大王の笑顔と、いたわりの言葉に送られて、悟は眠りについた。

 次の生へ至る、永い眠りに。



「父上、お帰りなさい! 暖炉の前にどうぞ」

「ありがとう、シリル」

 生まれ変わった悟――今の名はシリルだ――は、極寒の冬、猟に出ていた父を迎え、手早く食事をす。

「シリルの料理は本当に美味しいな。干し肉の煮込みとはとても信じられないよ」

「もう。ずるいわ、あなたばかりお肉を」

「はいはい、母上にはこちらのすり下ろした野菜スープをどうぞ。お体のこともありますから、お腹に優しいものにしましょう。体を冷やさないで下さいね」

「まぁ。私の息子は本当にしっかり者だわ」

 頬を膨らませる母に、クスッと笑いを漏らす父。母に肩掛けを渡し、シリルは家屋から続く小屋へと向かう。

 父の食事が終わるまでに、獲物を解体する準備をしなくてはならないからだ。


(まさか、京司用に薦めた最悪の転生先に、俺が来る羽目になるとはな。ま、俺は生まれ変わってもこういう定めってことか)


 シリルが前世の記憶を取り戻したのは6歳の時……そして、四人兄弟の最後の1人を亡くしたときだ。

 最悪だと見込んだだけあって、人間が生きていくのにはあまり向いていない土地柄である。

 地力に乏しく、一年の大半は暗い冬に閉ざされている。食べ物は常に不足し住人は栄養失調気味で、病に襲われれば助からないのだ。

 領主の長男として生まれたシリルは、幸い12歳まで生き延びられたが、下に3人いた弟妹たちは皆、あっけなく天に召されてしまった。

 異世界転生にはつきもののチート能力として、シリルは癒やしの魔法を扱えたが、産後に体力が落ちた母や、弟妹を苦しめた肺炎には無力だった。

 それに、父母はシリルが魔法を自分たちに使うことをよしとせず、怪我に苦しむ領民の治療を優先させた。使用人を雇う余裕もなく、家は子供でも小ぎれいに保てるぐらいの広さしかない。

 ――しかし、最近は悪いことばかりでもないと思い始めていた。

 ここにいれば、誰とも比較されない。

「この程度で満足するな」「まだまだ上を目指せ」「やって当然だ」……などという言葉を、シリルは物心ついてから、一度も聞いたことがなかった。

 領民達は、怪我を治せば感謝はもちろん、弟妹を亡くした時は共に泣いてくれた。墓は常に綺麗で、花が絶えたことはない。


(もしかしたら……、ここが最悪の転生先っていうのは俺の間違いだったのかもしれない)


 そんな事を考えていると。

「領主様、奥様、大変だ!」

「どうした、ファビアン」

 家屋のドアが叩かれ、シリルが戻ると。父が領民の1人と話している。

「王都から出兵要請の使いが来てる、領主本人か息子を出せって。今度の戦は負けるって、婆ちゃんの占いにも出てるし、俺の足を治してくれたシリル様を行かせられねぇ」

 母が差し出す水を飲んで、ファビアンは続けた。

「今、酒場で女達が使いを酔いつぶしてるとこだ。お三方、今のうちに逃げてくだせぇ。時間は俺たちが稼ぎます」

「その必要はないよ、ファビアン。領主を逃がしたら、君たちが罰せられてしまう」

「シリル様!?」

 戦が起こることは、読書や毎日の気象観測、行商人からの聞き込みで予測はついていたことだ。

 準備をする時間は十分あった。

「戦には僕が行きます。大丈夫、癒やしの魔法を使える僕を、最前線に送ったりはしないでしょう」

 それに、気象予報士の知識と経験はそのままだ。21世紀の日本人として、情報さえあれば時と場所に応じた最適な戦略を立案することも可能だろう。

 ――絶対に、両親と領地の皆を守ってみせる。

 決意を胸に、シリルは両親と目を合わせた。

 父は「行ってこい」とだけ言い、母は黙ってぎゅっと抱きしめてくれた。



「ふぅ、暖かな家族は用意した訳だし、後は彼次第かな」

「そうね。彼は幸せになって、あたし達はノルマも達成できて万々歳だわ」

 シリルの転生物語をあの世から見守っていたのは、閻魔大王と異世界の女神だった。

「でもハオレン、宿命管理局との交渉、大変だったでしょう」

「まぁね。でも、業務提携とノルマをちらつかせたら、鹿田悟の宿命に手を加えて、試練を課すことに賛成してくれたよ。彼の人となりも分かったしね」

 2人は目を合わせて、そっと微笑みあった。

「ねぇ、そろそろ結婚式の計画を立てましょうよ。ボーナス貰えたんだもの」

「そうだね、アリア。新婚旅行は豪華にできそうだよ」

 閻魔大王は、転生物語を映すAR画面を指先で閉じ、恋人を抱き寄せて唇を重ねた。

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