表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/150

一人はみんなのために、みんなは一人の為に

 戦いが終わったことでライは興奮状態が解けた。

 蓄積していた疲労がドッとライを襲い、彼は地面に尻餅をついた。正直、今回は本当に危なかった。ガレオンに胸を貫かれ、再生を妨害された時は本当に死ぬかと思った。


 実際、死に掛けた。ただ、運よく聖女のおかげで生き永らえたのだ。彼女の献身がなければ今頃ライの命は無かっただろう。


『今回はかなり危なかったな』

「(ああ。死ぬかと思ったよ。てか、死んでたし)」

『聖女がいなければ今頃あの世でしたね』

『そうなっていたら我等は再びあの台座に刺さっていただろうな』


 本当に良かったと息を吐くライ。

 そこへダリオス達が近付く。ダリオスにシエル、そしてゲイルの三人がライの元へ集まった。

 三人に囲まれたライは首を動かして挙動不審になる。どうして自分は囲まれているのだろうかと不安に思っていた時、ダリオスがライの脇へにゅっと手を差し込んだ。

 そして、そのままライを抱き上げる。いきなり抱き上げられたライは混乱して目をグルグルと回していた。


「ハハハハッ! 驚いたぞ、少年! 初めて会った時から只者ではないと思っていたが、まさか少年が噂の白黒の勇者だったとはな!」


 ダリオスとしてはとても嬉しい誤算であった。白黒の勇者の噂は聞いていたが、敵か味方か区別がついていなかった。

 魔族を殺して回っているとは聞いていたが判断が難しかったのだ。ライの噂は他にもあったせいで。町へ魔族を手引きしている魔剣士という話まである。


 しかし、今回ライが命を懸けてまで聖女を守りきったのを知ったダリオスは彼が新たな勇者であり、頼もしい仲間だと確信したのだ。

 劣勢である人類にとっては新たな勇者の誕生ほど嬉しい事はない。そのせいか、興奮気味のダリオスは新たな仲間に大喜びである。


「す、す、すいません! 下ろしてもらえませんか?」

「おっと、これは失礼した。つい嬉しくて我を忘れてしまったようだ! ワハハハハハハ!」


 巨漢のダリオスに持ち上げられていたライはようやく下ろしてもらえた。別に高い所が苦手なわけではない。単に目立ちすぎているのが恥ずかしかったのだ。

 下ろしてもらったライは恥ずかしい思いから解放された事に安堵していたら、シエルが手を握ってきて驚いた。


「うえッ!?」

「あの、今回は本当にありがとうございました! 貴方のおかげで多くの人が救われました。勿論、その中の一人が私です。貴方がいなければ私は今頃生きてはいなかったでしょう……! 本当に、本当にありがとうございました!」


 目をウルウルさせて上目遣いをするシエルにライはうろたえていた。どう返事をしたらいいものかと困っている。なにせ、ここまで押しの強いお礼は今までなかったからだ。

 いや、正確に言えばあったのだが、シエルのような美少女が迫り来ることは今回が初めてだった為、ライも対応に困っているのだ。


 そこへゲイルが割り込んできてシエルを引き離してくれた。嬉しくもあり、少し残念な気持ちが入り混じったような顔をするライ。


「聖女殿。お気持ちは分かりますが、彼が困っていますぞ」

「あ、すいません。その、どうしても感謝の気持ちを伝えたくて……」


 ほんわかとした雰囲気である。ゲイルもこのまま見守っていても良かったが、まずは今回の後始末が先であると判断して三人へ説明しようとした。


 その時、ほんの小さな悪意がライを襲った。


「あ、あいつ! あいつが魔族を手引きしたんだ! 俺、聞いたんだよ! あいつが持ってる剣は魔剣だって!」


 大聖堂に集めっていた群衆の中から、一人の男がライを指差して叫んだ。一つの不協和音は波紋となり広がる。

 ガレオンは図らずして見事に爪痕を残したのだ。しかも、飛び切り最悪な爪痕を。


「お、俺も聞いてた! あいつの持ってる剣は魔剣だって」

「私もよ! きっと魔族を手引きしたんだわ!」

「そうに違いない! そうでもなければ聖女様の結界が魔族なんかに破られるはずがないんだ!」

「あの野郎のせいで!」

「くそ! 裏切り者め!」


 人は都合の悪いものを見ようとしない。今回の襲撃も聖女の結界が破られたのではなく、ライが魔族を手引きしたのだと都合よく解釈したのだ。そうすれば、聖女の守りは鉄壁であり不安も払拭される。


 そう、たった一人の責任にすれば全てが丸く収まるのだ。


 彼等の声は大きくなり、誰も抑えられなくなる。膨れ上がっていく悪意にライはかつてないほどの恐怖を覚えた。

 過去にも似たような事があったが、ここまでの規模ではなかった。これ程まで多くの憎悪をぶつけられた事のなかったライは恐怖に竦み動けなくなる。


「あ、いや、ちが……お、俺は……」


 なんとか声を出して否定しようとするが、群集の声があまりにも大きくライのか細い声は掻き消されてしまう。


 助けた人達から心にもない言葉をぶつけられてライは胸が苦しくなり、だんだんと息苦しくなり、肩が激しく上下していた。このままではライの心が潰れてしまいかねないとブラドとエルレシオンが彼に声をかける。


『主、聞く耳を持つでない!』

『マスター! 耳を貸してはいけません! 気をしっかり!』


 すでに二人の声もライには届かなかった。


 何も言わずただ震えているライに向かって誰かが石を投げ始めた。避ける事も出来ず、向かって来る石を見てライはギュッと目を閉じた。

 しかし、いくら経っても石が当たる事がなかったライは恐る恐る目を開けると、そこにはダリオスとゲイル、そしてシエルがライを庇うように立っていた。


「ふざけるな! お前達は何を見ていた! 命を賭して戦う少年の姿だったはずだ! それを見て尚、お前達は少年を責めるか!」


 ダリオスの言うとおり、彼らもその目でライが血反吐を吐き、傷つきながらも戦っている様を見ていた。

 しかし、それと同時にライの異常さも見ていた。己を省みない狂ったように前進する戦いに加えて腕が吹き飛んでも足が斬り飛ばされても再生するという恐ろしい光景を。


「私達は彼に救われました。恩を忘れて仇で返すとは、それでも貴方達は人間ですか!」

「し、しかし、聖女様! 貴女も見ていたではありませんか! そいつの異様な姿を!」

「それが何だと言うのですか! 彼が守ってくれた事に変わりはないでしょう!」


 ヒートアップする群集と三人の口論。そこへ事態を重く見た聖王軍が現れる。聖王軍は両者の間に割って入って仲裁をするかと思いきや、彼等はライの身柄を渡すように命じてきた。


「勇者ダリオス様、ゲイル様、聖女シエル様。今はどうか堪えてください。彼等を落ち着かせるには、そこの彼をこちらへと引き渡してください」

「な、何を言っているのですか! この人は私達を守ってくれたんですよ! それなのにどうして彼を拘束するような真似をするのですか!」

「そうでもしないと彼等の気が収まらないのです。ここは一旦彼を拘束して、民衆の不満を抑えるのが最善です」


 それしかないのかとシエルが悔しそうに下唇を噛んでいると、暴徒と化している民衆はライを異端審問にかけるべきだと喚き始めた。

 異端審問、それは聖国が行っている魔に通じる者を断罪する場でもあるが、ただの公開処刑でしかない。


 異端審問にかけられた者は磔にされた挙げ句の果てに群衆から罵詈雑言を浴びせられ石を投げられるのだ。そして、最後は人でありながら魔に通じた者を清めると言って火炙りにして処刑される。


 つまり、異端審問にかけられてしまえばライの命はない。


 シエルは顔を青ざめる。このままでは命の恩人であるライが殺されてしまう。どうにかしなければならないが、暴徒と化した民衆を収める方法は方法はない。


 肝心のライは大多数に向けられる悪意に委縮しており、動けないでいた。それを見てシエルは自分が彼を助けねばならないと決意するも方法がない。


 すると、その時「ヒヒーン!」と一頭の馬が群衆をかき分けてシエルの元へ一直線に向かってきた。頼もしい相棒のシュナイダーである。シュナイダーはライが怯えて動けないのを見て動いたのだ。


 聖王軍も弾き飛ばしてシュナイダーは主を救うために走った。


 シエルは自分の方へ向かってくるシュナイダーに驚いたが、すぐに思い出した。シュナイダーがライの馬だということを。彼女は後ろにいるライの方へ振り返ると、一言だけ告げた。


「失礼します!」


 ライを抱きかかえたシエルは走ってきたシュナイダーの手綱を掴んで飛び乗った。彼女は戦う術こそ持ち合わせていないが戦うだけの力は有していた。

 シュナイダーはシエルとライが背中に乗ったのを知って、さらに加速。一気に大聖堂から逃げ去っていく。シエルとライを連れて。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 僅かでも味方がいてくれるのは確かな救い。 何とか理解してくれる人が増える事を願います。 [一言] 今度は聖女様を拐っていった!という風に流布される恐れが。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ