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汚い外見の料理屋は美味しかったりする

 ライは男の後ろを歩く。置いて行かれない様に人を避けながら歩いているが、そもそも男を見失うことはないだろう。熊のように大きな体をしているのだから見失うはずがないのだ。


 実際、男の背丈は行きかう人々の中でも群を抜いて大きい。そのおかげで多少離れていてもすぐに見つけ出せる。

 もっとも、それはライの視点であって男の方は違う。ライの身長は平均よりやや高めであるが、そこまで目立つようなことはない。だから、男の方は何度かライを見失っている。


 その度に立ち止まって探したりしている。ライもその事に気がついており、あまり離れないようにしているのだが、やはり人混みの中をすいすい歩けるような器用さは無い。そのせいか結構な確率で肩をぶつけている。


 大通りを抜けて、人も減ってきた所で男がライの方へ振り返った。


「そういえば、名前を聞いていなかったな」

「俺も聞いてませんけど?」

「そうだったな! ハッハッハッハ! なら、次に会った時にでも名乗ろうか」

「それでいいんですか?」

「ああ。少年とは近い内に再会すると俺の勘が言っている」

「そ、そうっすか……」


 なんとも言えない台詞にライは困ったような反応を見せる。男はもう一度笑うと、再び歩き出した。すると、何かを思い出したかのように立ち止まるとライの方へ振り返り尋ねる。


「少年。腹は減ってないか?」

「減ってません」


 と、言った瞬間、見計らったようにライのお腹が鳴った。とても自己主張の激しい音が男の耳に伝わる。


「ガッハッハッハッハ! そうかそうか! 腹が減っているようだな! この近くに美味い料理屋があるんだ。良かったら行かないか?」

「うぅ……! 行きたいんですけどお金がなくて……」


 お腹が鳴ったのを聞かれて恥ずかしそうに顔を赤くしていたライに男は食事でも一緒にどうだと誘う。しかし、残念なことにライの手持ちは余裕が無い。外食など出来ないのだ。行きたいが行けないと理由を話してライは男の誘いを断ろうとした。


「金のことならば気にするな。俺が誘ったのだから奢ってやるぞ。どうだ、それでも行かないか?」

『是非とも!』

『行きましょう!』

「ご一緒させていただきます!」


 三大欲求である食欲に抗える人間などそうはいない。ライも自分の欲望に忠実であった。タダ飯となれば行くに決まっている。元気良く返事をするのであった。


「うむうむ! それくらい元気でないとな! よし、では俺がこの街に来たら必ず行く店へ案内しよう!」

「お願いします!」

『楽しみだなッ!』

『ワクワクしますね!』


 ブラドとエルレシオンは男の正体こそ掴めなかったが迷い無く街を歩いていた事から、この街に詳しい人物と見抜いた。そう、つまり彼は隠れた名店を知っている可能性が高いということ。ならば、期待しかない。きっと彼がこれから案内してくれるであろう料理屋は美味いに違いないと確信したのだ。


 男がライを連れて裏路地へと入っていく。はっきり言ってかなり怪しい。本当は料理屋ではなく自分を料理するつもりなんじゃないかと疑い始めるライ。念のため、いつ襲われても問題ないようにライは警戒しておく。


 疑われている事を知らない男はずんずん裏路地の奥へと進んでいく。このような場所に店などあるのかとライはどんどん不安になっていく。やはり、この男はタダ飯という餌を使って男を食べる変態ではないだろうかと、いよいよ頭がおかしくなってくるライ。


「着いたぞ、ここだ」


 妄想している間に着いたらしく男が立ち止まった先には一軒の店があった。ただ、それは表通りにあるようなお洒落な店でなく、古びていて如何にも潰れてしまいそうな店だった。


「ほ、ホントにここなんです?」

『……奴は敵だ! 我を使え!』

『よくも騙しましたね!』


 納得のいかない二人はご立腹である。期待していただけあって、かなり頭に来ているようだ。食に関して二人はかなりうるさい。ライといくつかの感覚を共有しているので現世の食文化の発展こそが楽しみの一つなので騙されたとあっては到底許せないのだろう。


「(お、落ち着いて。二人とも)」

「どうした? 何をボケっとしておる。さあ、中へ入ろうではないか」

『ふう……。そうだな。外見だけで決め付けるのは良くないな』

『すいません。少し取り乱しました。ええ、店の見た目で決まるわけではないのです。食べてから判断しましょう』

「(食べるのは俺なんだけどね……)」


 ひとまず、店の外見はいいとして問題は料理であると結論付けた二人。食に関してはライ以上にうるさい二人が黙った所で、ライは男の後を追うように店へと入った。


 店内はそこまで広くないが掃除はされているので清潔に感じられる。だが、まだこれだけでは判断するには早い。最も重要なのは料理である。男がカウンターに座ったのを見てライは、その隣の席に座った。


「お~い、じいさん、いるか! ゲイルじいさん!」


 カウンターに座った男が厨房の奥に向かって大声を出した。いきなり男が大声を出したので驚くライ。それから、数十秒ほど経った頃に歴戦の猛者にしか見えない筋骨隆々の老人が厨房の奥から現れた。

 ライはその老人を見て圧倒された。なにせ、その老人は隣に座っている男よりもさらに大きかったのだ。しかも、かつて日に焼けすぎているのか筋肉が黒く光っている。


「う、お……おお……!」

『なんと! 素晴らしい肉体だ!』

『これは凄いですね。ここまで鍛えるのにどれだけの努力をなさったのでしょうか!』

「ハッハッハッハ! やはり、驚いたか、少年! 人を殺してそうな顔をしてはいるが、ゲイルじいさんが作る飯は絶品だぞ!」

「やかましいわ! 洟垂はなたれ小僧!」


 ゴチンと男に老人の拳骨が降り注いだ。近くで見ていたライは震えた。老人の岩のような拳骨に。


「うごおぉ……! ひ、久しぶりに喰らったな~」

「ふん! それで今日はどうした? 見たことも無い坊主を連れて」

「ああ。いや、特に深い理由は無い。強いて言うなら一人でゲイルじいさんの飯を食うのは寂しいと思ったからだ」

「いつも一人のくせに良く言うわい」

「ハッハッハッハ! そうだったな!」


 見ての通り、二人はかなり親しい間柄のようだ。ライは一人蚊帳の外だったが自己主張の激しいお腹が二人へ告げた。我、空腹なりと。


「…………かっかっかっか! そうか。腹が減っていたのだな! 少し待っててくれ。すぐに用意しよう」

「う、うぅ……すいません。お願いします」


 盛り上がっていた所に聞こえてきた空腹を知らせる音にゲイルはとても愉快そうに笑うと、すぐに調理へと行動を移したのだった。

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