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第5話 ワキガ勇者が買物する

義憤のウォーレンという、実力確かな心強きワキガ戦士をパーティーに加えたワキガ勇者。

義賊の仲間たち5人も引き連れて、全員が馬に乗ってポルファス王国の王都に向かっていた。


その馬は、義賊が大切に育ててきた馬である。


馬に跨って進む一行。

その手綱を持つ両腕を微妙に上げて、ちょっとだけ無様な格好をしているヨシハルとウォーレン。


それは、この2人にとっては大切なことである。


風通しが重要。

わきを上げて手綱を持つことで、わきの風通しを少しでも良くしていたのであった。

涙ぐましい小さな努力である。


「ボスっ。」

仲間の1人が近づいてきた。

即座にわきを締めるウォーレン。


「ど、どうした?」

ちょっとだけ、オドオドしながら答えるウォーレン。


「本当に王都に向かって大丈夫ですかい? 着いた途端に牢屋行きになりませんかね?」

「それは大丈夫だ。もし面が割れていたとしても勇者ヨシハルがいる。その同行者の我らに変なことはするまい。」


「確かにそうですが・・・。」

「それに、この量の深紅乃奇跡クリムゾンリーフを買い取ってもらえる場所は、王都以外にはないだろう?」


「じゃあ、もしもの時は、あっしらの命はヨシハルの旦那に掛かってますな。」

不安気な顔でヨシハルを見る仲間たち。


「俺たちは仲間だ。俺は仲間を見捨てない。王都で拠点を作ったら、皆にはバリバリ働いてもらうからな?」

ヨシハルは笑顔で答えた。


それを聞いて安堵の表情を浮かべた仲間たち。

ウォーレンに質問した坊主頭のすきっ歯は、元の位置に戻っていった。


再び、両腕を微妙に上げた格好で手綱を握るヨシハルとウォーレン。


「なあ、ヨシハル。」

「どうした?」


「お前は魔法が使えるんだろ?」

「ああ。」


「じゃあ、回復魔法とかで、絶望の脇臭オーラを消すことは出来んのか?」

「!?」


それは考えてもみなかった。

落ち着いた場所に着いたら、早速試してみることにしよう。

ナイスアイデアだ!


因みに回復魔法で絶望の脇臭オーラが消えることはない。

だって、悪臭の原因は細菌だもん。


ワキガ勇者とワキガ戦士は、後で落ち込むことになる。



その頃。


ポルファス王国の王宮。

それは、天空に浮かぶ島にある。


日差しに照らされて煌々(こうこう)と輝く城。

西洋風の特殊な石造りの城には、幾つもの飛空艇が出入りしていた。


その城が存在する島の下。

地上にある街。

それが王都であり、ヨシハルたち一行が向かっている場所である。


現国王は第33代目である。

その国王には6人の息子と1人の娘がいた。


息子たちは王子であり、王位継承権を持っている。

王位継承権第1位は王太子である長男だ。


1人娘は17歳のお年頃。

その若き姫君は、絶世の美女として世界に知られていた。


若き姫君の名はアナーシア。


明るい茶色をした長い髪は毛先まで手入れが行き届いており、絹のように透き通った白い肌をしている。

大きな瞳に鼻筋の通ったその顔立ちは、美しさの中に可憐さが窺える。

もちろん箱入り娘であり、これまでに殿方と手を繋いだことさえない。


アナーシアは目を輝かせて窓の外を見ていた。


「姫様、とてもご機嫌のようですね?」

侍女がティーカップに紅茶を注ぎながらアナーシアに声を掛けた。


満面の笑みで振り返るアナーシア。


「だって、勇者様が現れたのよ? 素敵じゃない。」

そう言って、アナーシアは侍女が入れてくれた紅茶に口をつけて嗜んだ。


「そうですね。勇者様はとても格好がよろしいようですしね。」

「えっ? エレンはもう勇者様のお姿を見たの?」


エレンと呼ばれた侍女が笑顔で答える。

「いいえ。騎士団から聞いたのですよ。騎士団が勇者様とお会いしたそうです。」


両手を胸にあてて目を輝かすアナーシア。


「勇者様はどんな人だって? エレン、教えて。ねえ、お願い。」

「フフフ。そんな顔をしなくてもお伝えしますわ。」


少し勿体ぶったエレン。


「勇者様は銀色の輝く長い髪を風になびかせていたそうです。」

「やっぱり! 勇者様はやっぱり銀色の髪なのね。」


「ええ。そしてスラっと背が高く、スタイルが良くて足が長く、とても爽やかな笑顔であったらしいですよ。」

「そうなんだ。ああ・・・勇者様のお姿を一目見てみたい。」


かなり誇張されているように聞こえるが、事実としてヨシハルは超イケメンに間違いはない。

ただ、ワキガ。


「その両手には七色に輝くヘクスカリバーを持って、凛としたお姿をされていたらしいですよ。」

「素敵・・・・。」


ヨシハルが、わきを広げたくないが為に両腕を下段にして構えたあの姿。

それは、どうやら騎士団にとっては凛とした姿に見えていたらしい。


「ああ・・・勇者様・・・。」

胸に手をあてて目を瞑るアナーシア。


「姫様は、どうやら勇者様に恋をされたようですね。」

クスクスと笑いながら優しく声を掛けるエレン。


アナーシアは、真っ赤になった顔を恥ずかしそうに手で隠した。


「図星ですね?」

「もうっ!」


姫様の反応が可愛くて、どうしても揶揄ってしまうエレン。

それに対して、アナーシアは頬をぷくっと膨らませて怒る仕草をした。


「でも・・・どんなに私が勇者様に恋をしたとしても、それは結ばれることはない運命なのね・・・・。」


満面の笑顔であったアナーシアが、人が変わったかのように急に落ち込む。


「姫様・・・・。」

オドオドして、慰める声が出ないエレン。


「1度でいいの。1度でいいから、勇者様の胸の中に飛び込んでみたい。」

会ったこともない相手に対して、妄想だけで勝手にアナーシアの恋は暴走超特急。


「姫様、それは姫様の御心一つですよ。」

「ダメ!それが出来ないことは、エレンは知っているじゃない!」


アナーシアは視線を下に向けて肩を落とした。

深い溜息をつく。


ポルファス王国の王女アナーシア。

絶世の美女である彼女には、恋を成就させることができない明確な理由があった。


ワキガである。


その絶世の美女は、絶望の脇臭オーラ持ちであったのだ。

そのことを知るのは、アナーシアの身の回りを世話する侍女だけである。


そして、侍女たちは固く団結していた。

このことは最重要機密の口外禁止として、これまでずっと秘密を守り続けている。


それだけ、アナーシアは侍女たちから愛される存在であった。


アナーシアはその見た目だけでなく、心にも穢れのない箱入り娘である。

誰からも愛される王女。


だが、ワキガ。


アナーシアは立ち上がると、窓に近づき外の世界を眺めた。


その服装は厚着。

薄紫色したドレスの下は、何重にも重ね着をした厚着である。

それは絶望の脇臭オーラを隠す為の努力であった。


テコテコとアナーシアに近づいて、その足元で丸まると横になった白い犬。

全身真っ白な短毛種の大型犬。


ちょっとだけバカっぽい顔をしているのはご愛敬。


王女の愛犬バウである。

黄色の首輪はアナーシアの手作り。


アナーシアはバウを見てほほ笑むと、その毛を優しく撫でたのであった。



その頃。


のんびりと先に進むワキガ勇者の一行。


「なあ、ヨシハル。」

「どうした?」


ウォーレンは口元に手をあてながら、小声でヨシハルに尋ねた。


「我・・・いまくさくないかな?大丈夫かな?」

「大丈夫だ。安心しろ。」


ほっとした顔をするウォーレン。


そう。

ワキガ初心者は、まだ自分の正確な絶望の脇臭オーラを判断するのに未熟である。


それは、ヨシハルのように何年もの苦悩と努力を重ねることで、やっと備わる特殊能力なのだ。

無駄な能力と言うなかれ。

絶望の脇臭オーラ持ちにとっては、非常に重要な能力なのである。


「それよりも、ウォーレン。」

「何だ?」


「お前、何か上着を身に着けろよ。さすがに上半身裸は目立つだろ。」

「そうだな・・・・だが、服を着たら・・・。」


「大丈夫だ。俺が導いてやる。」

「ヨシハル・・・・。」


恋が芽生えるかのような2人のやり取りである。


「王都に着く途中で、どこかに小さな町か村はないのか?」

「ラタという町があるな。」


「よし。そこで少しだけ深紅乃奇跡クリムゾンリーフを換金して、全員の身なりを整えよう。」

「身なりか?」


「そうだ。特にウォーレン、お前が一番不潔で汚らしいぞ。」

「そうかな?」


「ああ。見るからにくさそうだ。」

「むむっ!それはいかん!ラタの町に急ぐぞ!」


急に馬を走らせたウォーレン。

仕方なく、それを追いかけるヨシハルと仲間の面々。


「ラタの町には我が昔から顔馴染みの商人がいる。そいつに買い取らせるぞ。」

「そうか。知り合いがいるのはラッキーだな。」



ワキガ勇者一行は、それからすぐにラタの町に到着した。


仲間たちに馬を預けると、ヨシハルとウォーレンの2人だけが用を足すと言って茂みに隠れる。

もちろん制汗タイムだ。


【絶望の脇臭オーラレベル】

――――――――――――――

Lv.0 ■□□□□□□□□□ Lv.10

――――――――――――――


わきを洗ったわけではないから、どうしてもレベル0(無臭)にはならない。


そうだ。

この町で石鹸も手に入れておかないと。



ラタの町の中で、ひと際目立つ大きな建物に着いた。

その看板の文字はヨシハルにも読むことができる。


女神様のご加護のお陰で、どうやら言葉だけでなく文字も問題なさそうだ。


万屋よろずや商店フクダン -


その扉を開けたウォーレン。

後に続いて一行は中に入った。


「よう!フクダン!元気か?」


肘を折り曲げて手を上げるウォーレン。

きっと、前までは豪快に腕を上げて挨拶していたのだろうな。


「おう。ウォーレンじゃないか。どうした白昼堂々と。」

どうやら、このフクダンという商人は、ウォーレンが義賊であることも知っているようである。


フクダンは、少し細身の中年男。

黒髪を後ろに束ねたポニーテールの髪型で、右目には片眼鏡をしている。

茶色のベストの下は白いワイシャツ。

そのワイシャツには皺がなく清潔感がある。


フクダンは椅子から立ち上がると、こちらに笑顔を向けたままの状態でさり気なく窓を開けた。


その仕草一つでヨシハルは理解した。

フクダンは、ウォーレンの絶望の脇臭オーラを間違いなく知っている。

だから、さり気なく窓を開けて換気をしたのだ。


こいつ、絶対いい奴だ。

ヨシハルはそう確信していた。


「こいつを買い取って欲しくてな。」


ウォーレンは、商店のカウンターの上に深紅乃奇跡クリムゾンリーフを置いた。

たった1枚の葉っぱである。


それを見て驚くフクダン。


「お前!これをどうした!? 盗んだのか!?」

「おいおい。長い付き合いだろう。我がそんなことをすると思うか?」


いやいや、お前義賊じゃないか・・・という目をしてウォーレンを見るフクダン。


「安心しろ。これはな、ここにいるヨシハルが摘み取ったものだ。」


フクダンは、その片眼鏡を光らせながらヨシハルを見た。

「・・・勇者・・・様ですかな?」


「流石はフクダンだ!その通り!」


しばし、豪快に笑った後でウォーレンが真顔になる。

「で? 幾らで買い取ってくれる?」


腕を組んで考え込むフクダン。

そして答えた。


「これは無理だ。流石に深紅乃奇跡クリムゾンリーフをすぐに買える余裕はない。」

「フクダン。お前とは昔からの顔馴染みだ。これを正規の相場で買い取れとは言わんから出せるだけでいいぞ。」


ウォーレンの言葉を受けたフクダンは、ヨシハルの顔を見た。

それに対して無言で頷いて答えるヨシハル。


「分かった。相場からはかけ離れて申し訳ないが、金貨90枚でどうだ?」

「そのまま、ここで買い物をして身支度を整えるから、もう少し色がつかんか?」


「じゃあ、金貨95枚だな。悪いがそれ以上は本当に無理だ。」

「よっしゃ。それで買い取ってくれ。」


葉っぱ1枚で金貨95枚か。

この異世界の通貨基準をまだ知らないが、とてつもない価値なのだろうとヨシハルは実感した。

しかも、ヨシハルが担ぐ木の蔦と木の実のカバンの中には、数え切れない程の深紅乃奇跡クリムゾンリーフが入っている。


フクダンの店で身支度を整える一行。


ヨシハルは鶯色うぐいすいろの襟付半袖シャツを何着か購入した。

ボタンはなく胸元まで派手に開いているデザインだ。

襟付の半袖シャツが、白色か鶯色うぐいすいろしかなかった為、残念ながらこれしか選択の余地はなかった。


因みに襟付にこだわったのには理由がある。


Tシャツが嫌なのだ。

なぜ嫌かって?

絶望の脇臭オーラ持ちは、Tシャツ1枚という格好で外を出歩くのは危険すぎるからだ。

(という、感覚的な思い込みだ)


同じ1枚でも、なぜか襟付半袖シャツなら許される(気がする)。

それは何が変わるのか?

それは何も変わらない。

絶望の脇臭オーラ持ちだけが抱える精神的なものだから。


試着室ですぐにそれに着替える。

もちろん制汗タイムも忘れずに。


特殊な生地の白シャツは、丁寧に折りたたんで保管することにする。

残念ながら、箪笥たんすの肥やしだ。


一方、ウォーレンは洗面所を借りて髭を剃った。

そして、購入した植物由来の鬢付油びんづけあぶらを手にして、それをボサボサの髪の毛につけるとオールバックに整えた。


服装は黒色と灰色で縦に異なるツートンカラーのタンクトップを何枚か購入していた。

筋肉隆々のウォーレンにはタンクトップが良く似合う。

まあ、タンクトップを選んだ理由は他にあるけどね。


ズボンは膝丈の半ズボン。

その色は白。

ズボンであれば白色も許される。


試着室でそれに着替えたウォーレン。

もちろん制汗タイムも忘れずに。


試着室から出てきたウォーレンは見違えるようであった。

マッチョな男前。


でも、ワキガ。


忘れずに石鹸を束で購入するヨシハル。

それらを入れる為、大き目の革カバンを人数分購入した。

それに加えて腰に下げるポシェットを1つ。


早速、木の蔦と木の実で作ったカバンから、中身を出して入れ替えるヨシハル。

その中から出てきた大量の深紅乃奇跡クリムゾンリーフを見て、フクダンは驚きのあまり泡を吹いた。


身支度が整った一行。

大量に買い物をしたにも係わらず、深紅乃奇跡クリムゾンリーフを1枚売って手にした金貨は、ほとんど減っていない。


「準備は整われましたか?」

爽やかな笑顔を向けて見送りをするフクダン。


ヨシハルはカバンの中から深紅乃奇跡クリムゾンリーフを10枚取り出して、フクダンに手渡した。


「え? これは?」

目を丸くするフクダン。


「フクダン。君にはこれからも世話になる予感がビンビンする。だからこれは君に貸しておく。これを元手にもっと商売を広げておいてくれ。」

「しかし、こんな・・・。」


「俺とウォーレンは魔王討伐の為に各地に赴かないといけない。すると、何かの時に君の力に頼ることがあるはずだ。その時はよろしく頼む。」

そう言って、ヨシハルはフクダンの手を強く握った。


「かしこまりました。勇者ヨシハル様のお役に立てるように商いを大きくしますぞ。」

「ああ。頼むよ。」


ヨシハルとフクダンのやり取りをにこやかに見守るウォーレンと仲間たち。

実は、ウォーレンたちが義賊として稼いだ資金について、それを皆の家族の下に届けていたのはフクダンであった。

その為、彼らはフクダンが信用に足る人物であることを重々承知しているのである。


フクダンと再会の約束をして店を出る一行。


因みにフクダンは、その受け取った深紅乃奇跡クリムゾンリーフ10枚と買い取った1枚を元手にして、急速に商いを大きくすることに成功する。


それだけの才覚と運をフクダンは持ち合わせていた。

そして、それはワキガ勇者たちの窮地を救う未来に繋がることになるのだが、それはまだ先の話である。



ラタの町を出る前に酒場で腹ごしらえをすることにした一行。


がぶがぶと酒を飲んで少し酔っ払ったウォーレン。

絶望の脇臭オーラはレベル2だ。


酔って我を忘れるとは、まだまだだな。

そう思っていたヨシハルは、急に思いついたように手をぽんと叩いた。


そして、肘から上だけ手を上げて、ウエイトレスのお姉さんを呼ぶ。

異性が近づいてくると、なぜか噴き出すフェロモン脇臭オーラ


ピコン。

はい、レベル1つ上昇。


ヨシハルが注文したのはアルコール純度が極端に高い酒。

それも瓶ごと10本。


ヨシハルは、今更ながらに思いついた。


純度の高いアルコールを使えば消毒ができる。

アルコール消毒だ。


これまで制汗のことばかり考えていたが、消毒の面ではアルコールの効果は抜群である。


ご機嫌で酒場を出たヨシハルとその一行。

ワキガ勇者とワキガ戦士は、着々と絶望の脇臭オーラと向き合う為の素材を集めていくのであった。


だが、異世界はまだ何も救われてはいない。

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