第3話 ワキガ勇者が遠慮する
異世界に転移した初日は、全てを天然制汗剤を手に入れることに費やしたワキガ勇者。
最低限の心の平穏を取り戻したヨシハルは、今更ながらに世界を救う使命を思い出していた。
「お腹が空いたな。まずは街を探さないと。」
昨日は蜂蜜系と林檎系しか食べていない。
あてもなく歩き始めたヨシハル。
その前方から、馬に乗った騎士と思われし一団が駆けてきた。
ヨシハルの姿を確認したその一団は、向きを変えてヨシハルの方へと近づいてくる。
ワキガ勇者に緊張が走る。
大丈夫。
アルム石の制汗効果が発揮されている。
心配したのは・・・そう、脇汗。
近づいてきた騎士の1人が声を掛けてきた。
「なぜこのような場所に1人でおるのだ!危ないではないか!」
その騎士は白く長く逞しい髭を蓄えた筋肉隆々の身体。
そして、歴戦の猛者であるという風格を漂わせている。
騎士の中で1人だけマントを靡かせており、その甲冑は他と比べて明らかに上等な物に間違いない。
ヨシハルは安堵した。
言葉が分かる。
異世界でも言葉が通じるようで良かった。
「すいません。迷子になりまして、ここから一番近い街はどちらにあるのでしょうか?」
騎士の一団は怪訝そうな顔をした。
すぐにヨシハルの姿を取り囲む。
「貴様、何やら怪しいな。名は何という?」
白髭の騎士は馬上からヨシハルに剣を向けた。
「ヨシハルと言います・・・・。」
そう答えるだけで精一杯であった。
ヨシハルは恐怖を感じていた。
その恐怖は、周りを取り囲む騎士を恐れているからではない。
緊張が高まると、絶望の脇臭のレベルが跳ね上がってしまう。
そのことが恐怖なのである。
落ち着け。
まずは落ち着くんだ俺。
白髭の騎士に何やら耳打ちをした若い騎士。
耳打ちされた白髭の騎士は、その白く長い顎鬚を左手で上下に擦った。
「不思議なニュアンスの名だな。きさ・・・お主、出身はどこだ?」
「答えられません。」
「なぜだ?」
「・・・・・・。」
ヨシハルは黙り込んでしまった。
こういう時に沈黙するのは、望ましくないことは理解している。
しかし、どう答えればよいのか皆目見当がつかない。
そのヨシハルの様子を見ていた白髭の騎士は、周囲の騎士に目配せをすると頷いた。
一斉に剣を抜いてヨシハルに切先を向ける騎士の一団。
「お主を賊と見た。今より我らポルファス王国騎士団がとうば・・相手をする。」
白髭の騎士の合図に呼応して、ヨシハルを取り囲む馬上の騎士たちが一斉に剣を振りかぶった。
緊急事態だ。
誰かに出会う想定をしていなかった。
そして、自分の身分を説明する術を考えておかなかったとは情けなや。
騎士たちの気迫が高まる。
仕方がない。
俺のチート能力なら問題なく勝てる気がする。
なるべく相手に怪我をさせないように手加減することにしよう。
出でよ!ヘクスカリバー!
ヨシハルは両手に七色の双剣を携えると、両腕を下段に広げて構えた。
なぜ下段かって?
そりゃ、なるべく脇を開けたくないからです。
心なしかヘクスカリバーの七色に輝く光が鈍いように感じる。
気のせいだろうか??
騎士たちは、ヨシハルの顔とその両手に持つヘクスカリバーを見比べた。
すると、一斉に馬上から降りてその場に全員が片膝をつき跪く。
「お待ち申し上げておりました。勇者様。」
「へ?」
白髭の騎士の説明によるとこうだ。
彼らは、ポルファス王国の騎士団であり、白髭の騎士が団長であるらしい。
この騎士団の一行は、火山に異変がないかを調査しに向かう途上であった。
昨日、ポルファス王国の王宮では、神官が女神様からのお告げを聞いたらしい。
それは、新たな勇者誕生のお告げであった。
この世界に誕生する勇者は、必ず銀髪の長い髪をしているらしい。
歴代の勇者が皆そうであったということだ。
そして、勇者は必ず七色に輝く剣を携えているという。
その剣は勇者にしか持てない剣、ヘクスカリバーである。
ヨシハルの外見を見て、すぐに勇者ではないかと感づいていた。
だから、確信が持てるまでは、失礼ながらも一芝居して確かめてみたということであった。
「大変なご無礼を致しました。どうかお許し下され勇者様。」
「こちらこそ。何かすいません。」
「それにしても、なぜこのような場所におられるのですかな?」
「ちょっと野暮用がありましたので。」
それは、火山にアルム石を発掘しに行っていたからだ・・・・と説明しても理解してはもらえないだろう。
その時。
ヨシハルのお腹が鳴った。
空腹だからとはいえ、何でこんな時に鳴るかなあw
騎士団に笑みがこぼれる。
「どうやら勇者様はお腹が空いていらっしゃるようだ。我らが王宮まで案内を致しましょうぞ。」
そう言って白髭の騎士は、馬を引き寄せるとヨシハルに手を差し伸べた。
ヨシハルは、大きく首を横に振ってそれを拒む。
「どうされました?」
「大丈夫です。自分で歩いて行きますので。」
「そう申されましても、歩くには遠すぎる距離ですぞ? 遠慮なさらず、さあ。」
そう言って、更にグイっと手を差し伸べる白髭の騎士。
感謝すべき行為であることは理解している。
しかし、ヨシハルはその行為に甘んじることは出来ない。
だって、ワキガ。
元の世界でも、ヒッチハイクなんて絶対出来なかったことだ。
せっかくの善意で同乗させてくれても、それを感謝ではなく絶望の脇臭で返すことになるからだ。
ヨシハルの絶望の脇臭は更に高まっている。
それは確認せずとも分かることだ。
間違いなくアウト。
騎士の1人が鼻の下を指でなぞった。
その行為に特別な意味はない。
しかし、ヨシハルの受け止め方は違う。
『ん?何か匂うな。』というサインだと勝手に勘違いしたのだ。
マズい。
後退りするヨシハル。
「大丈夫です!それでは!サヨナラ!」
そう言ってヨシハルは一目散に走り出した。
無意識の内に無属性魔法を自分に掛ける。
それは、速度上昇と筋力強化であった。
人の足ではあり得ないスピードでその場から離れていくヨシハル。
その速さは馬の脚すら上回っていた。
猛烈なスピードで走り去った勇者。
騎士団の一行は、呆気に取られながらその後ろ姿を眺めたのであった。
ぜえ、ぜえ、ぜえ。
息を切らすヨシハル。
30分は走っただろうか。
全力で走ったのは何時ぶりだろう。
あまりにも久しぶりすぎて記憶がない。
額の汗を拭った。
久しぶりに運動してかいた汗は気持ちがいいな。
ワキガだけど。
【絶望の脇臭レベル】
――――――――――――――
Lv.0 ■■■■■■■■■□ Lv.10
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カバンの中から、木の実で作っていた水筒を取り出した。
その水を一気に飲み干す。
だが、少しだけ水を残しておくことは忘れない。
ヨシハルにとっては大切なことだ。
辺りに人の気配がないか慎重に見回すヨシハル。
よし。
誰もいないな。
カバンの中からアルム石を取り出す。
残しておいた水筒の水で一度アルム石を濡らしてから、それを両脇に力強く摺り込んだ。
丁寧に。力強く。
丁寧に。力強く。
力を込めて摺り込んだら、細菌の死滅度合いが増すような気がするんだよね。
(そんなことはない)
そして、摺り込み終わったアルム石の匂いを嗅ぐ。
癖だから仕方ない。
最後に残った水で、アルム石を丁寧に洗った。
「どこかで脇を洗いたいな・・・。」
辺りに水辺がないか探すワキガ勇者。
因みに彼の頭の中を図に表すとこうなる。
【ワキガ勇者の頭の中】
―――――――――――
|水制制制制制制制制制悩|
|水制汗汗汗汗汗汗汗制悩|
|水制汗脇臭臭臭脇汗制悩|
|水制汗脇臭匂臭脇汗制悩|
|水制汗脇臭女臭脇汗制悩|
|水制汗脇臭匂臭脇汗制夢|
|水制汗脇臭臭臭脇汗制夢|
|水制汗汗汗汗汗汗汗制義|
|水制制制制制制制制制義|
―――――――――――
異世界の救いはこの彼に託されている。
近くに水辺は見当たらない。
ヨシハルは感覚を研ぎ澄ますと、右手を添えて耳を傾けた。
水の音が聞こえる。
滝だ。
間違いなく滝がどこかにある。
ヨシハルの感覚は常人を超えている。
元いた世界では、トイレを探し出す感覚が並のものではなかったのだ。
(2時間に1回の制汗タイムに必要だったから)
それは、煙草を吸う人間が、すぐに近くの喫煙可能場所を探し当てるほどに優れている。
因みに無意識の内に無属性魔法の感覚向上を使用していたのだが、ヨシハルはそれに気付いていない。
「滝か・・・。」
あるとすれば、あの小高い山の方角に違いない。
早速その小高い山に向かうことにした。
何とか滝を見つけ出したヨシハル。
真っすぐ豪快に流れ落ちる滝。
力強い緑に囲まれた自然が織りなす美しいコバルトブルーの情景。
滝つぼに流れ落ちる水は純粋かつ純白な水煙を巻き上げている。
滝は好きだ。
何と言ってもマイナスイオンが良い。
ワキガにも効果があるような気がするからね。
(気のせい)
辺りに人の気配がないか抜かりなく見回すヨシハル。
よし。
誰もいないな。
木の実で作った水筒に水を補充する。
そして、水辺でアルム石を丁寧に洗った。
その後に白シャツを脱いで、それをゴシゴシ洗う。
これが、ワキガでなければ水を補充するだけで良い。
何かと面倒が多い。
それが、ワキガである。
それにしてもお腹が空いた。
水浴びをしたら食料を探すことにしよう。
水浴びをする為にズボンに手を掛けようしようしたヨシハル。
その時。
豪快に流れる滝。
その流れ落ちる水の中から人が出てきた。
その手には剣や斧などの武器を握っている。
その数は5人。
どうやら、流れ落ちる水の裏側に洞窟があるようだ。
その者たちの人相は決して良いとは言えない。
恐らくは、山賊か悪党の類であろうか。
「てめえ!何者だ!」
悪党の1人、坊主頭のすきっ歯野郎が叫んできた。
ヨシハルは言葉を返さない。
ワキガ勇者はすこぶる機嫌が悪かった。
だって、水浴びタイムを邪魔するんだもん。
5人の悪党がヨシハルに近づいてくる。
すると、滝の流れ落ちる水の中から、ひと際体格の良い男が出てきた。
「ボス!」
悪党が一斉にその男を見た。
歳は30前後であろうか。
その体格の良い男はヨシハルよりも背が高そうに見える。
上半身は裸で色黒く、筋肉隆々としたその胸板は剛毛で覆われている。
短めで黒い直毛の髪と髭はボサボサで、決して清潔感があるとは言えない。
額には大きな十字の傷跡が見えた。
「敵襲か?」
その十字傷が悪党どもに尋ねた。
「へい!こいつに何者かを聞いても答えねえんでやす!」
ヨシハルの姿を注視した十字傷。
そして、手下の悪党どもに命令を出した。
「怪しいな。とりあえずひっ捕らえろ!」
「へい!」
「へい!!」
命令を受けた悪党たちは、ヨシハルとの距離を縮めてくる。
仕方がないな。
出でよ!ヘクスカリバー!
ヨシハルの両手に双剣ヘクスカリバーが現れた。
突然どこからともなく七色に輝く剣が出現したことに驚く悪党たち。
その悪党どもの反応を他所にヨシハルはヘクスカリバーが気になった。
やはり、七色の輝きがどこか鈍いように感じる。
「やれっ!」
十字傷が叫んだ。
一斉に襲い掛かってくる悪党たち。
それに対するヨシハル。
ヨシハルは、まず真っ先に滝つぼの中に入っていった。
「てめえ!何で水の中に入りやがる!」
ヨシハルは答えない。
そして、水の中に身を屈めると肩まで浸かった。
そう。
戦う前に脇を洗いたかったのである。
これ一番大事。
水の中で両腕をパシャパシャするヨシハル。
その仕草は、他者からすれば理解不能。
「何かする気かっ!?」
危険を感じて水の中に踏み入ることができない悪党たち。
それは、ただ単にワキガ勇者が水に浸かって脇を洗っているだけである。
「よしっ!」
とりあえずはOKだろう。
絶望の脇臭のレベルは、これで下がったはずだ。
それにここは水辺。
水の中なら気にせずに全力を出すことができる。
すると、ヨシハルが両手に持つヘクスカリバーの七色の輝きは増していた。
「かかってこい!怖いのか?」
ヨシハルは、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で悪党たちを挑発した。
ワキガ勇者と悪党たちの戦いが始まる。