第2話 ワキガ勇者が出陣する
洗いたての白シャツを草原に広げて乾かすヨシハル。
地べたに座り込むと、両腕を上げて左右の脇に顔を近づけた。
【絶望の脇臭レベル】
――――――――――――――
Lv.0 ■□□□□□□□□□ Lv.10
――――――――――――――
レベル1だ。
レベル0(無臭)ではない。
とても残念なことに石鹸がない。
水で洗っただけでは、やはり不十分なのである。
空を見上げるヨシハル。
制汗剤はない。
恐らく、この異世界のどこを探しても存在していないのだろう。
あぁ~。
元いた世界の制汗剤製造会社。
マン●ム、ライ●ン、ニ●ア、ロ●ト、ユニ●―バ、花●、資●堂、等々。
あれこそ神様だった・・・。
「はあw」
溜息しか出ないヨシハル。
ヨシハルの銀色の長い髪が穏やかな風で靡いた。
ハゲとワキガなら絶対に俺はハゲを選ぶ。
この銀髪サラサラヘアを引き換えにワキガが消えてくれないかな・・・・。
そんな意味のないことを考える。
しかし、そんなことをしていても状況は何も変わらない。
とにかく制汗剤の代わりになるものを見つけなければ。
ヨシハルは思考を巡らせることにした。
制汗剤の成分を思い出す。
制汗剤は長年連れ添ってきた相棒だ。
制汗剤のことなら、基本的な情報が俺の頭の中にはきっちり入っている。
そう。
ヨシハルは超一流大学に進学できる頭脳を持っている。
そして、一般的には全く必要のない知識であってもその頭には入っているのであった。
否、ワキガにとっては大事な知識。
まずは制汗剤の有効成分。
クロルヒドロ●シアルミニウム。
イソプロピル●メチルフェノール。
プロピレング●コール複合体。
パラフェノー●スルホン酸亜鉛。
最悪、塩化ア●ミニウム。
・・・・・・。
ダメだ。
どれも自然に手に入るような代物ではない。
手を加えれば抽出できる素材があるのかもしれないけど、そこまでの科学知識は持っていないし道具もない。
それなら天然成分だ。
絶望の脇臭の原因は細菌。
その細菌は確かコリネバクテ●ウム菌とジフテ●イド菌が主。
それらを殺菌できる天然成分。
緑茶。
アルム石。
これならある。
異世界とはいえ、緑茶はきっとあるはずだ。
そこからどうやって緑茶エッセンスを抽出するかだが・・・。
それは肝心な物をゲットしてから考えることにしよう。
それとアルム石。
アルム石は半透明の石で、ミョウバンとも呼ばれる天然のデオドラントである。
火山地帯の地中にあるとされる天然石であり、元いた世界では古代ローマ時代から使用されていると聞いている。
アルム石の成分は殺菌効果に加えて肌に目に見えない膜を張ることで、雑菌を寄せ付けなくする。
そして、毛穴を引き締める収れん効果があることで制汗の役割を果たすのだ。
これだ!
まずは、この2つを手に入れなければ。
右手に見える密林。
ここで、緑茶となる葉っぱを探してゲットする。
左手に見える火山。
ここで、アルム石を探してゲットする。
やるぞ!
俺は勇者だ!
(ワキガ勇者だけど)
「いざ出陣!」
ヨシハルは、生乾きの白シャツを身に着けると動き出した。
異世界が待ち焦がれた勇者の誕生。
その勇者の活動は、天然制汗剤をゲットすることからはじまったのである。
まずは、常しえの密林に入ることにしたヨシハル。
彼に怖いものなど何もない。
世の中で一番恐れていることは、誰かに「臭い」と言われることだ。
あてもなく突き進むヨシハル。
密林の中で迷う可能性がある不安など微塵もない。
巨大なサーベルタイガーのような獣が現れた。
その凶悪な牙がヨシハルを襲う。
一閃。
ヨシハルは双剣ヘクスカリバーで簡単にそれを仕留めた。
そして、更に奥に進む。
毒々しい色をした蜂の大軍が襲ってくる。
しばし、双剣ヘクスカリバーで迎え討った。
だが、蜂の数が多くてキリがない。
ヨシハルは魔法を試してみることにした。
だが、どうやって魔法を行使するのか知らない。
魔法初心者である。
とにかく頭の中で魔法をイメージしてみる。
まずは魔法の属性をイメージすることから試した。
ヨシハルの異世界物語の知識としては、次の8つの属性が存在する。
「無」「光」「闇」「火」「水」「地」「風」「雷」
この状況に適するのは・・・・風だ。
そう判断した。
毒々しい色をした蜂の大軍に向かって手を翳す。
そして、風の魔法をイメージして放った。
「風刃!」
魔法のネーミングなどどうでも良い。
ヨシハルにそんなセンスは持ち合わせていなかった。
(作者にセンスがない言い訳)
ピュイ!ビシッ!バシッ!ズシャ!
ヨシハルのイメージした風属性魔法は、数多の強烈な空飛ぶ斬撃となって、その手から放たれた。
そして、全ての蜂を見事に切り裂いたのである。
その蜂の巣から、蜂蜜のようなものを取り出すヨシハル。
蜂蜜の栄養素は非常に高い。
食料のないヨシハルにとっては貴重である。
蜂が毒々しい色をしていたことは・・・気にしていても仕方ないであろう。
この蜂蜜もどきにはきっと影響ないはずだ。
それを恐る恐る一舐めしてみる。
うん。大丈夫。
因みにそれは猛毒であった。
ヨシハルは勇者としての加護に守られているから平気であったが、本来であれば巨獣も倒れる毒である。
ヨシハルは完全な毒耐性を身に着けた。
それに全く気付いていないワキガ勇者。
テンプレその1である。
それからも獣の襲撃は何度もあった。
獣と呼ぶには巨大で凶悪だが、あまり気にすることなく全て切り伏せるヨシハル。
途中で見つけた林檎のような果実をもぎ取り口に運ぶ。
それを恐る恐る一口齧ってみる。
うん。大丈夫。
因みにそれは麻痺を伴う果実であった。
ヨシハルは勇者としての加護に守られているから平気であったが、本来であれば巨獣も倒れる麻痺の果実である。
ヨシハルは完全な麻痺耐性を身に着けた。
それに全く気付いていないワキガ勇者。
テンプレその2である。
そこでヨシハルは気付いた。
足を止める。
さっきから、獣の襲来が無くなっている。
これはもしや・・・。
辺りの気配を慎重に探るヨシハル。
シーンと静まり返っている密林。
獣が怯えて逃げ出すような強力な猛獣の気配は、どこにも感じられなかった。
ヨシハルは確信した。
両腕を上げて左右の脇に顔を近づける。
【絶望の脇臭レベル】
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Lv.0 ■■■■■■■□□□ Lv.10
――――――――――――――
レベル7。
以前のヨシハルであれば、今すぐにシャワーを浴びるレベルである。
「これか・・・絶望の脇臭が、獣を寄せ付けなくしていたのか・・・w」
がっくりと肩を落として落ち込むヨシハル。
ヨシハルが放つ絶望の脇臭レベル7の匂いにより、周囲の獣は避けていたようである。
それが臭いからか、その匂いでヨシハルの力を察知しているからかは分からない。
どちらにしてもワキガ。
それでもワキガ勇者はめげない。
ここで諦めてたまるか!
緑茶!
緑茶はどこだ!
普通、密林の中で緑茶は簡単に見つかるものではないだろう。
案の定、緑茶の元となる天然チャノキは見当たらなかった。
がっくりと肩を落として座り込むヨシハル。
その横には、燃えるような紅の色をした葉っぱが生い茂っていた。
その香りは独特ではあるが、どこか爽やかで透き通っている。
「これじゃなくて、緑茶の葉っぱを探しているんだけどな・・・・。これ、もしかしたら緑茶みたいな効果があるかもしれんな。一応摘み取っておくか。」
ヨシハルは、緑茶の葉っぱを探すことを一旦諦めることにした。
仕方なしに周囲に自生した燃えるような紅の色をした葉っぱを大量に摘み取っておく。
それを木の蔦と木の実を割って作った大きなカバンに詰め込んだ。
よし。
これを紅の葉と名付けよう。
ヨシハルは、辺りに人の気配がないか慎重に見回した。
よし。
誰もいないな。
右腕を上げる。
そして、その脇に紅の葉を摺り込んでみた。
丁寧に。
丁寧に。
次は左だ。
こんな姿は誰にも見られたくない。
だから、慎重に辺りの様子を確かめたのだ。
メントールの如き爽快感が、ヨシハルの脇を包み込む。
早速、脇に顔を近づけて確かめてみた。
【絶望の脇臭レベル】
――――――――――――――
Lv.0 ■■■★★★★★□□ Lv.10
――――――――――――――
・・・・・・。
何だろう。
爽やかな香りと絶望の脇臭のハーモニー。
決してOKではない。
この紅の葉は、レベル0の時に活用すべきだな。
いや、余計な匂いがあるのは逆に良くないのかもしれない。
制汗剤も無臭を選んでいたしな。
これは、もしもの時に使用することにしよう。
そして、ヨシハルはここまでたどり着いた道を適当に引き返すことにした。
その帰り道、獣の類が全く襲ってくる気配は全く感じられない。
「はあw」
溜息をつくワキガ勇者。
俺の絶望の脇臭はそこまでの威力か・・・・。
因みにヨシハルが摘み取った紅の葉。
これは、この世界では“深紅乃奇跡”と呼ばれている希少で価値の高い葉っぱである。
その香りは、猛獣を寄せ付けなくする特殊効果があるという、とても貴重なものであった。
そんなことは知る由もないワキガ勇者。
テンプレその3である。
早く小川で脇を洗いたいな。
帰りを急ぐヨシハル。
途中、魔法で瞬間移動とやらが出来ないかイメージしてみる。
・・・・・。
ダメだった。
イメージだけでどうにか出来るものでは無さそうだ。
無事に常しえの密林から抜け出したヨシハル。
すぐに小川まで走っていくと、すぐさま服を脱いで飛び込んだ。
そして、ちゃぽちゃぽと脇を洗う。
当然のこと、石鹸がないからレベル0(無臭)にはならない。
それでは満足できないのがヨシハルである。
全身すっぽんぽんのまま、近くに立っている木に近づいた。
出でよ!ヘクスカリバー!
七色の双剣を呼び出して両手に持つ。
ズバっ!ズバズバズバンッ!
ヨシハルはその木を切り倒した。
そして、頭の中で火の属性魔法をイメージする。
「火柱!」
立ち昇る炎。
それはたちまち木を燃やし尽くす。
ヨシハルが作ったのは木炭である。
木炭が持つ消臭効果を石鹸の代用にするのだ。
しかし、木炭はまだ熱い。
しばらく熱が冷めるのを待つしかないかな。
でも、無駄な時間だ。
そういえば、魔法を重ねて放つことは出来ないのだろうか。
水属性と風魔法の重ね掛け。
ヨシハルは、素っ裸のままでそれを試してみた。
「凍風!」
熱々の木炭は、凍てつく風に冷やされた。
それは魔法の多重展開という高等テクニックである。
だが、ワキガ勇者はそんなことなど知る由もない。
熱が冷めた木炭を持って、ヨシハルは再び小川の中に飛び込んだ。
「ゴッシゴッシゴシゴシゴッシ♪」
ご機嫌なヨシハル。
木炭を使って念入りに脇を洗うのであった。
最後に肌に付着した黒ズミを綺麗に洗い流す。
【絶望の脇臭レベル】
――――――――――――――
Lv.0 □□□□□□□□□□ Lv.10
――――――――――――――
レベル0(無臭)
若干、木炭の匂いが残ってしまうのは仕方ない。
拳を握りしめて空を見上げるヨシハル。
ワキガ勇者の努力は実を結んだ。
洗い立ての白シャツを火属性魔法で乾かす。
本当は白シャツも木炭で洗いたいけど、流石に炭の色が残るから止めておく。
次は火山だ。
何としてでも、火山の地中からアルム石を見つけ出さなければ。
そして、ヨシハルは火山へと向かったのであった。
その火山での出来事は省略する。
あちらこちらで遠慮なくボッコボコ爆撃魔法を使い、地中を掘り起こして見つけ出しただけである。
その音は、風に乗って遠くの街まで聞こえていた。
ヨシハルがあまりに何度も爆発を引き起こしたものだから、その街では火山が噴火する予兆ではないかと心配する声が出てしまっていた。
そして、すぐに調査隊が編成されたのであった。
しかし、その原因を作った当の本人は知る由もない。
だって、街がどこにあるのかも知らないのだから。
知らず知らずのうちに世界に迷惑を掛けているワキガ勇者。
しかし、初日の成果は十分であった。
アルム石。
ヨシハルは、何とか最低限の天然制汗剤をゲットしたのである。
異世界を救うはずのワキガ勇者。
その大切な初日はこうして終わった。