不穏な気配2
僕は廃れた祭壇の隅で本を読んでいたところ、騒がしい声が耳に聞こえてきた。
「なんだ?」
祭壇を出て、裏道を忙しなく駆けてる一人を捕まえて声をかけた。
一瞬、彼女は急いでいるところを捕まえられて嫌悪を剥きだしたがその手を振り払うことはしなかった。
何せ相手が王族の人間ではしょうがない。
「んなっ、キリュー様っ!? 何故こんなところに!? ここは危険です! すぐにお城へお戻り――ああ、いや、ここは私が一緒にいたほうが適切であるのか? しかし――」
「ねぇ、一体何があったんだ?」
「えっと、ともかく私と一度王城に戻りましょう!」
彼女がその手を差し出すが僕はその手を振り払った。
僕は今逃げている身の上で別の件で逃げるわけにもいかない。
彼女が逃げようとする先の道は城へと戻る行先。
そんな場所に行くのは馬鹿な事だと考えてしまう。
僕は後ろに後ずさって彼女の来た道を走ってしまう。
「キリュー様っ! そちらはだめです!」
彼女が僕の身を案じて追いかけてくる。
これでも鍛えていて町一番に足だけは速い。
裏通りの開けた場所に人が群がっていてこちらに逃げてくる群衆。
一人の女性をまた捕まえて声をかけて何があったのか問いただした。
「事件?」
「ええ、そうです! 今すぐ逃げないとやばいですよ!」
僕は人の群れをくぐってみんなが来た方向に向かいつづけた。
それは好奇心でもあった。
やっと、群れの中から抜け出せたとき、僕が見たのはおぞましい騎士の哀れな姿だった。
体中をずたずたに切り裂かれて手足を切断されているがまるで遊んでるかのように切断された個所をわざとくっつけておいている。さらには臓物を引きずり出されていた。
おぞましい死体をみて叫んでしまいそのまま、その場から走り去る。
周囲もその時その場に僕がいてみてしまったことに気付いた。
誰かが慌てて彼を捕まえるように言う。
僕はかまわずにそのまま走り続けた。
その先の道を見ずにそのまま。
「なんだあれなんだよあれ!」
人とはああも無残な姿になるのか。
あんなのあんなの人ではない。
もはや別の何かだ。
知らない人であったが何度か城では見かけたことがあった騎士かもしれない。
初めて人の死を見た僕には衝撃的すぎる光景だ。
どこか、どこか!
今すぐに忘れられる場所へ。
「あれ……」
一心不乱に駆け出していたからか、見知らぬ土地へ来てしまっていた。
どうにも墓地のような場所らしかった。
興味の赴くままに墓石一つ一つを確認していく。
ある一つの大きな墓石に目は止まった。
そこには死んだ人たちの名前がもちろん刻まれていた。
それだけならば普通の墓石と変わらない。
一つ違うことがるとすればその墓石はまるで偉人を讃える慰霊碑のような墓石だったからだ。
それは国の慰霊碑。
「これ……」
慰霊碑だとわかるとそこに書かれた名前に興味をそそられた。
それは知っている英雄の3人の名前だ。
「確かシリカ姉さんと一緒に戦って戦死したっていう……」
ルフィリア・シンクレア、メルディ・グレイス、イスナ・キサラギと書かれている墓石にはたくさんの花が添えられ、王国より称える文章も書かれていた。
そして、墓石の後ろには彼女たちの銅像があった。
3人の英傑。
国を守るために戦い、世界を守るために戦った英雄。
彼女たちのことに関してはさんざんシリカに聞かされもして、学業においてもたびたび名前が出てくるほどだった。
「英雄の墓石……」
ジリッとした感覚が胸を焼き付くように痛みだした。
少しばかり息苦しい。
「なんだこれ……」
「あ、見つけたわ!」
「キリュー、みっけ」
キリューを呼びかける2人の少女の声。
キリューと同い年くらいの12,3歳くらいの少女たちだ。
キリューはまずったという表情でその場から逃げようとしたが足元を何かに取られて転倒する。
それは2人の少女のうちの一人が使った影を使用した魔法によるものだった。
黒い手がキリューの影に戻って姿を消す。
「痛い……」
「逃げるからよ」
「そうそう。逃げなきゃ痛くしなーい」
「それより早く城に戻りますからね! 今この場所は危ないのですよ」
2人の少女はそれぞれが美少女。
金髪に黒のメッシュが入った特徴的な長髪と黄金のような瞳、きめ細やかな肌にかわいらしいアイドルのような美貌。モデルのようなスタイルの美少女、イーシア・シンクレア。
黒い瞳をし、茶髪をポニーに結わえ、目鼻立ちも整っている。何よりも年齢にそぐわないような大人びた風貌と長身の背丈はこの中で一番の年長者に思わせる風格の姉肌の少女、ユキネ・グレイス
2人はキリューが見ている墓石を見て悲しい顔をした。
「お母さまの」
「墓石だねー」
3人がそれぞれの母の墓石の前に立ち感慨にふける。
ユキがキリューの気持ちを確かめるようにやさしく問いかける。
「まさか、これを見に来ておりましたの? キリュー様」
「え、あー」
何と答えたものか渋っているとイーシアの目が目ざとく僕を観察し、察するようにつぶやいた。
「違うわね。どうせ、いつもの儀式とやらが嫌で逃げ出したわね。それで一人になりたくてここに迷い込んだってところでしょ」
「うぐぅ……」
「あははは! あいかわらずだねーキリュー」
イーシアの観察眼には恐れを成す。
全くその通りだった僕はうなだれる。
「それよりも早く戻らないといけないわ。早くしないと奴が来る」
「そうだったねぇー。キリューほら帰るから手握って」
「戻るなんてやだよ。戻ったらまた儀式じゃん。あんな玩具みたいに扱われるのはもう嫌だ」
イーシアの掴んできた手を振り払い僕は強情にも帰らないと訴えるが2人は僕の手を強引に掴み、ユキネは魔法の詠唱を始めていた。
「ひ、卑怯だぁあ! 2人なんて卑怯だぁああ!」
「帰るのよ!」
「そうそう、帰るんすよー」
「うわぁああああん」
3人で綱引きのようにじゃれあっていると突風が吹き荒れた。
おもわず、2人はスカートのすそを抑えた。
僕はその隙にダッシュする。
「あ、コラッ! 今は危険だってわからないの!?」
「誰が捕まるもんか! ぐへっ」
前を向いていなかったばかりに誰かにぶつかって尻餅をつく。
顔を上げその時見た彼女の顔に喉を引きつらせた。
顔を半分ほどただれて原形をとどめていない不気味な顔を見たからだ。
体が震えて動けない。
「あらぁ、ごめんなさい」
「あぁ……ぁ……」
恐怖で声が出ない。
「ちょっと、キリュー平気? すみません、ウチの弟が」
「すみません。ウチのキリューが」
「いいのよ、子供は無邪気なほうがいいもの。それにしてもあなたたち有名な英雄様にずいぶんとそっくりねぇ」
「それはそうよ、私は偉大な英傑の娘よ」
「そう、私だってそうだからねー」
「ふーん、そうなの。くふふっ、アハハハハッ」
子供たちは突然と笑い出した女にビビって恐怖に固まる。
女は喜色満面の笑みで子供たちへと右手をかざした。
「へぇー、やはり情報通りってわけねい」
彼女の手から放たれた光。
その攻撃はイーシアがいち早く気付いていた。
赤い紅蓮の防壁が光の攻撃から自分を含めて愛する姉弟妹たちを守った。
「へぇー、さすがは優秀な遺伝子を引き継いだ子供さね」
「闇の精霊たちの加護を受けし、ユキネ・グレイスが命じる! 影よ動け!」
影がぐにゃりと動き、危険な不気味な顔の女の手を拘束した。
即座にユキネが僕の手を引いてその場からの離脱を試みた。
しかし、その行く手にもう一人現れた。
鎧を着飾ったダークエルフの女。
彼女の蹴りで飛ばされたユキネは気絶する。
残った僕は慌ててユキネの元に駆け寄った。
「ユキネしっかりして! ユキネっ!」
「へぇー、こりゃぁマジじゃないかい。情報ってのはつくづく大事だねぇ」
「お前らなんだよ! なんなんだよ!」
ダークエルフの女が笑う。
「アタシたちかい? そうだねぇ」
まるで答える気のないようににたりと笑いながら彼女は僕の首へと手を伸ばす。
すかさずイーシアが魔法で威嚇攻撃を放った。
「キリューには指一本触れさせやしないわ!」
「へぇー、さすがは英雄の子孫。子供であってもその勇士はすごいねぇ」
ダークエルフの女が褒めたたえる中で果敢に虚勢を張ってイーシアは怒鳴る様に問いただす。
「あなたたちはどこの国の者!? あたしたちのキリューを攫おうとしても無駄だわ。すぐに騎士隊が来るんだから!」
「ククッ、アハハハハ! 子供にしてはすさまじい気迫さね。騎士隊ねぇ。先ほどその騎士を一人私たちがバラバラにして殺したのを知らないのかい?」
イーシアはその言葉を聞いても動じることはなかった。
その反応を見た敵二人はその反応さえも面白く。
「アハハハッ、こりゃぁすごいさね。英雄の子孫ってのはすごいさね子供とは思えない威勢の良ささね」
「私たちはただの子供じゃないわ! この国を守るための一人の騎士よ!」
「うぅ……」
蹴り飛ばされたユキネもゆっくりと起き上がる。
2人の少女たちは背中を突き合わせて僕を囲うように包囲陣を組んで守備を固めた。
「固めたところでね、無駄なんだよねぇい!」
敵のダークエルフの身体から放出された風がイーシアたちを吹き飛ばす。
包囲陣に穴が開き、不気味な顔の女がキリューに近づきその首をつかみ、持ち上げた。
「へへっ、コイツが貴重な存在かい。ボスから言われた通り持ち帰らせていただくとするさね」
『き、キリュー……』
2人がそれぞれ目の前で苦しめられる僕を救い出そうと手を伸ばす。
少女たちの体は一迅の風によってのダメージがひどくこれ以上動けなかった。
「吹雪き、凍り付かせろ! アイスアロー!」
どこから魔法詠唱が聞こえてきた。
吹雪きと光の槍が僕を苦しめる女を襲う。
女は僕を解放してその場から退く。
「これは氷……と光……の混合魔法……これはあなたかいね。氷光の魔女シリカッ!」
女の視線の先には万の軍勢を引き連れた一人の女性を睨みつける。
その一人の女性は生き残りの英雄、シリカ・ライシアだった。
次回の掲載の話になりますが、本作品は別作品の合間での掲載を考えての連載になります。だいたいは2週間前後、もしくは3週間明けで掲載です。大変恐縮ではございますがそのようにさせていただかせてください。
申し訳ございません。
本作品を読んでくださった方々様、少しでもこのような拙い文章の作品ではございますが面白いと感じてくださったならブックマークよろしくお願いします