プロローグ2 転生
この作品は二人の主人公視点で物語は進みます。
今回は女性主人公視点の話です。
私は最も愛するべき人を目の前で殺された。
それを殺したのは何とも悲しいことか。家族のように信頼して姉のように慕っていた女性が愛すべき人を目の前で刺し殺した。
そのようなことが起こってしまったのは一つの気持ちのずれ。
彼や私に責任があったといえばあっただろう。
しっかりと彼女と話し合って向き合っていればそんなことにはならなかったかもしれない。
でも、それでも許せなかった。
「どうして、どうしてよ!」
私は彼女につかみかかっていた。
私のような非力な女ではあらゆる武術を体得している彼女にかなうはずもない。
もつれるように彼女の手にしたナイフは私の腹へと突き刺さった。
「あなたがいけないのよ、ユキ。あなたが私のゆうちゃんを奪うようなことをしたから!」
「っ」
「でも、安心して私もすぐにそっちへ行くから。今度は新しい道を歩めればいいのよ」
彼女が目の前でその首を切って自殺するのを私は目撃する。
あまりにも悲惨な終わり。
私は必至で彼のもとに這いずるように近づいた。
「ゆう……」
その手は届く前に私の意識は暗い闇の底へと沈んだ。
******
「――か」
誰かの声が聞こえる。
いったい誰か。
このまま眠っていたいのに。
そう、確か私はあのとき彼女に刺し殺されたはずなのに。
あれ?
ゆっくりと重い瞼を開く。
「やっと起きおったか」
うっすらと闇の中に異様な光景があった。目の前に西洋風の祭壇のようなものがある。そして、その中心に毛むくじゃらの銀髪のお爺さんがいた。
西洋の祭壇はまるでそのお爺さんを奉るかのように作られたかのような神々しさを放ってる。神々しさを深くさせるのは祭壇を中心として広がる光の影響だろうか。
おじいさんが何者であるのかはわからない。
だが、こういうパターンなら漫画やアニメが好きな私はすぐに理解した。
「どうもじゃ、九嶋雪。主は短い人生じゃったが主は死んだ」
「そう、私はやっぱり死んだの」
闇の空間にぽつりとこのような祭壇があるのならばそうした思考が追い付く。なにより最後の記憶は大好きな人の死と大好きな人から刺殺されたという記憶。
刺された違和感だってまだある。
このお爺さんは自分自身の死を宣告したので神様だと考えるのは普通だった。
「もしや、お爺さんはここの天国にいる天使とか神様なの?」
「ん? ここは天国ではござらんよ。ワシは神ではあることは正解じゃ。ここは転生の狭間じゃよ」
「転生ね……あはは。もし、そうなら私の愛した人を復活させてもらえるのかしら」
これが死んだ後のことならば夢にまで見た物語の実現かな。
転生なんて早々できるはずもない。
だけど、現実に目を向けよう。
この状況や自分の最後の記憶はなによりもの証拠だろう。
彼が神様だっていう話は納得のことよ。
私はそんな期待はしたが実際のところ夢と言う可能性の方が納得のいく形を自分の中で示している。
「ふぉふぉっ、主はわしが今まで見てきたどのような人物も違う態度を見せるのぉ」
「そう……? まあ、転生だとかどうだっていいの‥‥。私にはもう生きたい理由もないのよ」
「うん? 転生したくないのか?」
「私が生きる理由はただあの人と歩めてればいいだけだった。だけど、彼は死んだ。それにこの夢で頼んだところで実際にかなうはずがないじゃない」
「ふむっ、まだ信じ取らんようじゃな。ならば、貴殿の望みをかなえてみせよう」
お爺さんは一呼吸をおいて、柏手を打った。すると、私の足もとが輝きだす。それは輪郭を形成し一人の人間を生み出した。
「ゆうちゃんなの‥‥?」
「そうじゃ」
「なっ、なっ‥‥ゆうちゃぁあああん!」
彼のぬくもりを肌に感じながら抱きしめる。彼の体温を確かに感じ取った。しっかりと彼は生きている。今この場にいる。
私は妙な違和感に気づいた。
彼が全く反応をしない。
私が抱き着いているのに彼は涙も流さないし抱き返しもしない。
まるで、生きた人形を抱いているように思った。
「気づいたようじゃな」
「え」
「そやつは抜け殻じゃ。器だけの存在じゃ」
「どういうこと?」
「さっきも申したがここは転生の狭間じゃ。死者が来る場所。その死によって魂やその器がどういう風にこの狭間へ行きつくのかは人によってさまざまじゃ」
おじいさんの言っている意味がよく私には理解できた。
あらゆる漫画とかでもよくある話。
「つまり、私の彼は半分だけ魂がない状態でここにいるということ? だから、感情のない人形なの?」
「主は相当、珍しいほどに順応性が高く切れる頭をしておる」
「ただの漫画で得た知識なだけよ」
「その見解で大まかはあたりじゃ。主の愛する人は魂を形作るうえで必要な外側はあるが中身がないのじゃ。卵で例えれば卵黄のない卵白だけの状態じゃな」
なぜ、卵と思いもした私も頭の中で大体のイメージはつかめた。
だとしたら――
「どうしたら彼は元に戻せるの?」
祭壇に居座った神様を自称するお爺さんの言葉を待つ。
「その答えは決まっておる。のう、おぬし人生をやり直さんか?」
その一言をお爺さんは告げた。一瞬何を言われたのかピンとこなかった。私はゆっくりと目を閉じて再度開いた。自分の腕をつねり痛みのような感覚の刺激を感じる。だが、妙な感覚でもある。痛みを感じても通常感じる痛みとは違う。まるで、心身に感じ取った疼く痛覚刺激。
「やっぱり夢でもないわよね……。それが答えってわけ?」
自問自答の結果を導き出して神様の目線をここで初めて合わせた。
「お爺さん、人生をやりなおせば本当に彼は元に戻せるの?」
「うむ、ここは転生の狭間じゃ」
「なら、こういうこともできるの?」
私が伝えた意思に神様は笑いながら答えた。
「あたりまえじゃ。なんのためにおぬしと彼をここに呼び寄せたと思うのか」
「なるほど、最初からそのつもりだったわけか」
私の熱い願いの言葉を聞き受け取った神様はふと、彼へ視線を送る。すると、驚いたことに何かを耳打ちし始めた。その会話の内容は大まかにしか聞き取れなかったが彼が光り輝きその中へと消えていったのを目撃する。
「ちょっと、彼をどこへやったの!」
「落ち着け。彼は先に新たな世界へ転生をした」
「ほっ」
「さて、次はおぬしじゃが、改めて確認するぞ本当に良いのか?」
「ええ」
「転生する世界は主が生きておった世界とは全くの別物になるぞい。今までに生きていた人間の世界ではござらん。転生後ありとあらゆることで困惑しよう。だからこそ、神であるワシらは主さまらに恩寵を与え道を示し転生を行うがそのあとは何もしてあげることはできんぞ。それでも良いのか?」
「何度もしつこいわ! 私は彼とともに歩めるのならばそれでいいの」
お爺さんは説明書でも読むかの如く説明する。
「じゃが、もう一つの道もある」
「もう一つの道?」
「そうじゃ。もう一つの選択肢は天国に行って爺さんまで暮らすことじゃが天国とはそこまでいいところではござらん。テレビや漫画、音楽など人間が作ったありとあらゆる遊び道具はござらん。まったくもってつまらんところじゃぞ、それにのぉ」
大仰にため息をつきながら――
「体もないしのぉ男と交配することもできんから一生日向ぼっこ人生じゃ」
まるで経験者は語るかのような物言いで遠い目をしている。
なんとなく察しがつくのであえてツッコまず勧めてくれる転生をするべきなのだろうと考える。
だが、別に人生をやり直した後どうするかなどと考えてはない。
「あのね、私は彼以外の男なんて眼中にないの」
「じゃが、転生すればその彼本人もおぬしも全くの別人になるのじゃぞ」
「そうだとしても私は彼だけを愛せる自信があるのよ」
「その彼がおぬしを忘れていたとしてもか?」
「え」
「転生とはそういうことじゃぞ。1から始める人生なのじゃからな」
今更それを持ち出すのかと思いもしたがでも、言わなくてもそれは当たり前のことだろう。
漫画やアニメのようにそこはうまくいかないものか。
「別にいいわ。私は彼を愛していればそれだけで気持ちが通じ合えるはずだもの」
「なんとも傲慢な女じゃ。じゃが、その一途な愛には恐れ入ったわ。ならば、お主には特典も付けよう」
お爺さんは微笑むと私の方に視線を向け指先で額を触れた。
「よし、これでばっちりじゃ」
「では、今から主にも異世界へ飛んでもらうが、その前に伝えておくぞい。その世界では呪いを受けていたり、邪悪なる軍団が蹂躙し人々を殺戮しておる世界じゃ。じゃから、転生というシステムを用いても赤子から生まれてちょっと特異な体質だけじゃ。どういう身分で生まれ変わるのかは着いてからのお楽しみじゃ」
「えっ、どういうことよ? 今重要なこと言わなかった? 邪悪な軍団って何よ!」
「つまりは頑張って来いということじゃ」
「ふ、ふざけるんじゃないわよ! 私もだまして彼をとんでもない場所に転生させて! あんた絶対許さないわよぉお!」
私はそのままとんでもない異世界へと飛ばされた。
残った神様は指先を動かして、苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「すまぬの。じゃが、おぬしたちの結びつく輪廻は未来永劫消える頃はない。そして、願わくばその邪悪な存在はおぬしらにしか対処できぬのじゃ。ゆるせ、二人よ」
神のつくった空間には今しがた雪たちを送った世界の映像が映る。
二人の騎士が瀕死の重傷を負う光景と世界を蹂躙する悪魔の女の光景。
自ら招いた失態を心ながらに悔いて彼はもう一度二人に謝罪と願いを口にした。
「すまぬ、そして頼む。あの女を止めてくれ」