退職勇者、嫁を連れて故郷に帰る(旧タイトル勇者追放
勇者と王女がイチャイチャするだけで特に事件とかは起こらないです。
「タクヤ サカイ、勇者を名乗り我々を騙した罪は重い、勇者の称号を剥奪した上で死罪とする」
外交で国を離れた国王の代理を務めていた王太子のベングト ヘイデンスタムが高らかに宣言した。
「お疲れ〜」
「き、貴様っ、ふざけてるのか?! 嘘や冗談ではないのだぞ!!」
勇者タクヤが気の抜けた返事をした。
鍛え上げられた肉体は健在だが髭の剃り残しが目立つおっさんだ。
ベングトは正しく王の代理であり、タクヤの左手の甲に刻まれていた勇者の紋章が光の粉になって天に登っていく。
ここは王城の謁見の間。天井が高く、縦に細長い広間だ。
一番奥が一段高くなっていて玉座があり、ベングト王太子はそこに立っている。
その斜め後ろには宰相などの重鎮がいて、部屋の両側には高位貴族や騎士たちが事の次第を見守っていた。
「16歳で召喚されて今36だから、ちょうど20年か。長かったなぁ」
タクヤが感慨に耽っていると、その横に美少女が駆け寄る。
今代の聖女にして第3王女のシルヴァーナだ。
光の加減で紫に見える銀髪を持つ美少女で、現在17歳だがタクヤの婚約者だ。
「な、何を呑気な事を言っているのですか。真の勇者であるタクヤ様にこんな扱いが許されるはずはありません」
「いや、今称号が剥奪されたから元勇者だな」
「シルヴァーナ、その男から離れるのだ」
「お断りします!!」
「その男は罪人として死刑にするのだ。お前との婚約も白紙だ」
「了承しかねます!」
王女と王太子は血も半分しか繋がっておらず仲が悪い。そもそもタクヤが承諾すればベングトを退けてタクヤ、シルヴァーナ夫婦にこの国を治めさせようと言う話があったくらいだ。
今回の騒ぎはそれに反対する勢力に因るものだろう。
「悪いが死刑は無理だな。俺はお前たちの武器じゃ死なないし、何より勇者の務めが終わったら元の世界に帰る契約だ。神との」
「なんだ? 元の世界?」
「ああ、お前らは生まれてないから知らないのか。俺はこの国を救うために異世界から来たんだ。解放されたら帰ると言う約束でな」
「な…」
「なんですって!」
ベングトの言葉を遮って叫んだのはシルヴァーナだった。
「そ、それでは、私たちの結婚は?」
「ああ、悪いな。あの国王は俺のことを放してはくれないだろうと思ったから受けたんだが…」
「そ、そんな…」
タクヤはちょっと上を見上げたあと話を続ける。
「お前が良ければ1人ぐらい連れてっても大丈夫みたいだが…」
「行きます」
即答だった。
「早いな」
タクヤは笑いながら話を続ける。
「先に断っておくが、俺はこの世界に来た直後に帰るから、16の若造に戻るし、勇者の力は使えないし、地位も何もないが…」
「構いません」
やはり即答。
「ふざけるな、聖女であり王女のお前をそう簡単に行かせると思うか」
王太子が叫ぶが2人は気にしない。
「父王にはよろしくお伝え下さい」
「じゃあ、世話になったな」
タクヤが手をあげると、足元に魔法陣が浮かび上がり、光の柱が2人を飲み込んだ。
マンションのエントランスに2人が現れた。
「タクヤ様、いえ、タクヤ、その格好は?」
この世界では地位も名誉もないと言う話を思い出して呼び捨てにしたが顔が真っ赤だ。
可愛い。
タクヤは学生服を着ている。
ひと目で同一人物と分かるが、身体はひとまわり小さく、顔が幼い。
「ああ、学校の帰りに召喚されたからな。これは制服だ」
「あれ? そういえば私も同じ様な服を着てました…」
自分の服を確認して驚くシルヴァーナ。
ちょっと考え込むタクヤ。
「なるほど、シルヴァーナは祖父の遺産で一人暮らしする外国人で、うちの家族が半分世話をしている俺の幼なじみか。流石神様、良い仕事をする」
「え? あ、本当だ。覚えてるって言って良いのでしょうか、分かります。しかも同い年ですね。一緒に学校に通えます。ふふふ」
「そうだな」
ポケットからスマホを取り出し、日付を確認する。
「うん、間違いないな。俺はついさっき向こうに行って、即帰ってきた状態で間違いなさそうだ」
「良かったですね」
「ああ、明日は休みだから一緒に街に行かないか? 案内するよ」
「本当ですか? うれしいです」
「記憶操作で知ってても、実際に行ってみた方が良いだろうし、デートとか初めてだしな」
「で、で、デートっ!」
真っ赤になってクネクネしだしたシルヴァーナを愛おしげに見守るタクヤだった。
2人基準では20年後の話になるが、ヘイデンスタム王国はそもそも魔王復活時の魔王等の討伐の功績と、その後の王国の勇者の活躍によって国として認められていたも同然だったため、王家や貴族が解体された上で周辺国に吸収され消滅した。
勇者の当時の仲間はすでに国外に出ていたし、優秀な人材は他国に雇われた。
平民には多少の調整が入る程度で影響はほとんどなかった。
「あ、すまん、忘れてた」
2人手を繋いで公園を歩いているときにタクヤが言い出す。
2人とも普段着だ。
シルヴァーナのマンションの部屋はサカイ家の隣、タクヤの部屋の隣で元は空き部屋だった、にあり、これまで10年以上暮らしてきたと言っても疑われない状態であり、服や靴、装飾品なども用意されていた。まさに神クオリティー。
「年齢的にも俺の経済力的にもしばらくは結婚できない」
「大丈夫です。その辺の知識も入ってますし…、それに、こうやって一緒に過ごせれば不満はありませんわ」
並んで歩くとシルヴァーナが少し見上げる形になる。
笑顔が眩しい。
「そうか。ありがとう。実現にはお前の力も必要だ。一緒に頑張ろう」
「はい」
良い笑顔で返事をされて微妙に心配になるタクヤ。
「どうでも良いが、なんでそこまで俺のことを好きなんだ? 出会った頃既に30過ぎのおっさんだったし、王子や貴族共すら魔王討伐は出任せだとガチで思っていた様な状態だったのに」
「まあ、その辺は追々話すこともあるでしょうけども、まずは私が貴方に好きになってもらう方が先ですわ」
「…バカだなぁ、お前は」
「なっ、こちらの水準と比べたら劣るかも知れませんが、これでも私、学園を主席で卒業してますのよ?」
ちょっと怒り気味の顔も可愛い。
向こうでは貴族、いや王族のお姫様だったからこんなにも表情豊かな少女だったとは知らなかった。
「そうじゃなくてだなぁ」
嬉しそうに笑うタクヤ。
「これだけ気立てが良くて優秀な美少女が、勇者でもなんでもなくなっても構わないから一緒に居たい、なんて言って、全てを捨てて付いて来てくれたのに、惚れない方がおかしいだろ」
そっと腰に手を当てて引き寄せる。
「あわわわわわっ」
2人して真っ赤になって素早く離れた。
「まあ、追々な」
「はい」
週明け、2人で一緒に学校に行って、細々したトラブルがあったりなかったりしたが、それはまた別のお話。
お姫様はなんで勇者のことを好きになったんですかね。ほんとにね(考えておけよ