4.幽霊の正体
そして午前九時。夜明け頃には札幌に戻ってきていたものの、まさかそんな時間に人を呼び出すわけにもいかず、また、加藤氏と堀田氏の撮った動画で再度確認することもあったため、この時間まで待って5人の住む寮の近所の公園まで当事者の1人を南山田先輩に呼び出してもらっていた。
「俺だけ呼び出すってどういうこと」
「ああ、済まんの。いやあ実は……瀬川君、説明頼む」
僕からじゃなく南山田先輩から説明と説得をしてもらった方がいいかと思うんだけど。振られてしまった以上は僕から説明しよう。
「ええと、結論から言いますと、あの夜に目撃された幽霊というのは貴方ではないかと」
「何言ってんの」
あくまで『何も知らない』スタンスを貫くつもりのようだ。気持ちは分かるけど。
僕はタブレットを取り出し、撮った画像を開いてそこに映った『ある物』を指差しながら彼に見せる
「これ、使いましたよね?」
「……!」
目に見えて表情が変わる。僕の推測で間違い無かったようだ。
「貴方はこの『のぼり旗の竿』の先端、30センチ程のところにストラップとのぼりの紐でカメラを横向きに縛りつけて固定した後、槍を突くような構えをとり、それを玄関から伸していった。そのまま少し開いていた呪殺人形部屋のドアの隙間に竿の先端を入れるようにして、それでドアを突いて押し開けた。こうすることで、映像としてはあたかも右手で持ったカメラを構え、左手でドアを開けて部屋の中を覗き込んだかのような映像が撮れてしまった。竿は6メートル程で、ちょうど玄関から呪殺人形部屋のドアまでより少し長いくらいでしたから、これで貴方自身は玄関から動かず呪殺人形部屋を撮影できた……ですよね、加藤さん」
「……」
「その後、貴方は堀田さんの発言に驚いてカメラを縛りつけた竿を落としてしまいました。すぐに竿を拾い上げたでしょうが落とした拍子にカメラが竿から外れてしまったことに気付きます。落ちたカメラを回収に行くかどうか迷い、最終的に恐怖心が勝った貴方は外に飛び出し先輩達のところに戻ったんですね。この迷いの数秒が、図らずも呪殺人形部屋でカメラを落としてから走って玄関に行ってドアを開けるまでの時間差だったかのようになってしまったうえ、些細な偶然も重なって、先輩たちはスリットガラス越しに目撃した人物と貴方が同一人物だとは考えなかった」
「……あんたらはそれしか思いつかなかったのかもしれねーけど他の可能性だってあるんじゃねーか」
「確かにそうかもしれません。ただ、貴方と堀田さんが撮影した動画には、カメラが落ちた音と玄関ドアを開ける音の間に聞こえるはずの、貴方が呪殺人形部屋から玄関まで走った足音が録音されていません。カメラが落ちて転がる音や堀田氏の発言にかき消された可能性も考えましたが、どちらも音量を最大まで上げてもそれらしい音が聞こえないんです。どのような方法を使ったのであれ、貴方があの時玄関にいたのは間違いないのでは?」
「……」
「加藤君、ワシらは君を犯罪者みたいに先輩たちに突き出したいわけではないんじゃ。こんな状況になって言い出しにくかったんじゃろ?ワシらも一緒に行くから皆に事実を話してみてくれないじゃろうか。加藤君に悪いようにならんようワシらも皆を説得するから」
「ええ、加藤さんに悪気は無かったことは僕も皆さんに保証します。状況から仕方なかったんですよね?」
「……正直、俺もこんな状況が続くのはもう限界だったし、先輩達に話すよ」
その後、他の4人を集めて事実を話したが、皆怒るようなことはなく、むしろ「悪ふざけが過ぎた、もう無理にこんなことはさせない」と、加藤氏に謝罪していた。
その様子を見て安心した僕と南山田先輩はその場を辞したのだった。
◇◆◇
その後、それぞれ自分の部屋に戻って睡眠をとった後の夕方、再び南山田先輩は僕の部屋を訪れてきた。
「いやあ、無事解決して良かった良かった。感謝するぞ瀬川君」
「まあ、仲直りできたようで何よりです」
「で、改めて冷静になったところでいくつか瀬川君に聞きたいことがあるんじゃが」
「?何でしょう」
「瀬川君が現場で実演してくれた方法なんじゃが……まず竿の先の方にカメラを括りつける際に、竿の後ろの部分をスリット窓の割れた部分から外に出すんじゃよな」
「まあ、そうですね。あの狭い玄関ではそうするのが一番作業がしやすいですし、あらかじめ竿の後ろを外に出しておかないと、その後に竿を脇で挟んで固定する構えがとれません」
「そうするとカメラを竿に括り付けている作業中、そして竿を伸ばしきって部屋4のドアを押し開けるまでの間、スリット窓の割れた部分から竿が何メートルも飛び出している状態が続くわけじゃよな」
「そうなりますね」
「さすがに外で待機している3年生たちに竿を見られる可能性が高かったのではないか?街灯が無くても月明りで結構視界は効いておった。たまたま3年生たちがタブレットを見ていたんで気付かれなかったわけじゃが中の加藤君はそんなこと知らんかったわけじゃろう?」
「3年生の誰かが家の方を見ていれば間違いなく気付いたでしょうね。でも、加藤氏は撮影方法を隠そうなどとはそもそも思ってもいなかったのでしょう」
「?じゃったらその後事実を打ち明けなかったことと矛盾しとらんか?」
「実は僕も南山田先輩と同じことを考えたんですが、よく考えると矛盾でも何でもないんですよ」
怪訝そうな顔をした南山田先輩に説明する。
「廃屋内で撮影していた時点では加藤氏は『呪殺人形が映ってさえいれば撮影方法は何でもいい』と考えていたのでしょう。ところが幽霊が目撃され、先輩達のところに戻った後にそれが間違いであることに気付いたんです」
「間違い?」
「確か堀田氏が先輩達に言ったんですよね『加藤をビビらすネタとかじゃなくって?』と。きっと他にもそれらしい会話があったんでしょう」
「それが何か?」
「それで加藤氏は気付いちゃったんですよ『自分を怖がらせることが目的なら呪殺人形の撮影に成功してもこの馬鹿馬鹿しい企画から解放されないのではないか』ということに」
「そうか、その時初めて加藤君は、求められているのは『呪殺人形の映像』ではなく『加藤君が怖がっている動画』であることに気付いたわけじゃな」
「下手に『玄関に居たのは俺で、そこから竿を伸ばして撮影しました』なんて事実を言ったらまた廃屋に行かされかねない。しかもその場合、部屋に入らず撮影するなんて方法はとらせてもらえないでしょう。自分を怖がらせるのが目的なんですから」
「加藤君の立場からすれば、そう考えてもおかしくないじゃろうな」
「幸い、映像を見ただけでは自分が呪殺人形部屋に行かなかったことは分からない。そしてこのまま本物の心霊現象か質の悪いいたずらか分からない状況であれば自分が再度廃屋に行かされることはなさそうだと踏んだ。だから加藤氏は事実を言わなかった」
「なるほど、つまり加藤君は徹頭徹尾『怖い所に行かない』ための選択をしていただけなんじゃな」
「そういうことです。状況や加藤氏の持つ情報の変化に応じてそれに合わせただけで」
「ああ、もしかするとカメラを竿にくくり付ける際にスイッチを切ったのも撮影方法を隠そうとしたわけではなく、単にその間スイッチを入れていてもバッテリーの無駄だから切っただけとかそんな理由だったんじゃろうか」
「恐らくそうでしょうね。あるいは本当に『何か』が写ってしまうのが怖かったのかもしれません」
「あの理由は言い訳ではなく案外本心じゃったというわけか……それともう一つ。加藤君に真相を確認していたときに瀬川君が言っておった『些細な偶然も重なって』って何のことじゃ?」
「堀田氏が三山先輩に電話したとき、『加藤氏に呪殺人形部屋を撮影させている』と説明したんですよね。実際には加藤氏が呪殺部屋に入ったか確認していないにもかかわらず。そしてそれを受けての三山先輩の返答から他の先輩2人も加藤氏が呪殺人形部屋に入っていると思い込んでしまった。だから3人ともスリット窓ガラス越しに人影を見たとき、それを加藤氏と思わずに、幽霊か第三者かとパニック状態になってしまったんですよ」
「あっ……」
「これがなければ3人からは『加藤氏が玄関でもたついている』だけのように見えて今回のような騒ぎにはならなかったかもしれませんね」
「なるほどのう……最後にもう一つだけ。瀬川君はそもそも何で呪殺人形の画像を見ていて、竿にカメラを縛りつけるなんて方法を見破ったんじゃ?関連性がさっぱりわからんのじゃが」
「ああ、そのことですか」
まずタブレットで僕の撮影した呪殺人形の画像を探して見せる。
「これ、人形が大きいんでズームアウトして更に僕が廊下まで下がってなんとか全身をフレームに収めたんですよ」
「うむ、そうじゃったな」
「で、加藤氏が撮影した人形の動画がこれです」
加藤氏撮影の動画を静止して見せる。
「呪殺人形の撮影がメインのはずなのに10秒程画面中央やや左下に人形が映ったままですよね。普通、僕のように被写体の全身像をフレーム内に収めようとしませんか?」
「あ、うむ、確かにそうじゃな」
「映したのが一瞬だけならわかります。心霊嫌いで画面中央に映すためにカメラの向きを調整することさえ嫌だったと。でも、10秒くらい人形撮りっぱなしなんですよ。しかもその間フレーム中央に映るようレンズの向きを変えるでもない、僕のようにズームアウトして全身を写そうとするでもない、かといってフレームから外すでもない。これってそもそも自分が撮っている動画を見ることができていない状態なのでは?と」
「ああ、それで……」
「ついでに言えば、加藤氏がスリット窓前のAの位置から玄関ドア前に隠れるように動いたのは、単にカメラの角度を変えるために竿の角度を変えたかったからでしょうね。広範囲を写せばそれだけ呪殺人形が映る可能性も高くなるわけですから」
「だから室内の映像が右へ動いていったわけじゃな……しかし、玄関ドア前に移動する前に何やらもぞもぞ動いていたと3年生たちは証言しておったがそれは……」
「当初は腕を左側に伸ばして竿の角度を変えようとしたんじゃないでしょうか。しかし長い竿の端を持っていると、てこの原理で実際の重量以上に重く感じて上手くいかず、結局竿をしっかりと脇に抱えたまま自分が移動した……と。その試行錯誤している状態がちょうど目撃されたのだと思います」
「ちょっと気付いたんじゃが。すると加藤君は突然ヘッドライトに照らされても撮影を続けようとしていたわけか?驚いたりはしなかったんじゃろうか?」
「Aの位置なら部屋1のドア近くですからね。ドアが閉めてあったとしても堀田氏が照明を要求しているのが聞こえたのかもしれません。そうでなくても車のエンジン音が聞こえたでしょうから自分を照らしたのが何かは想像できたでしょうし、何より暗くなるならともかく明るくなるのは加藤氏には大歓迎な状況だったはずです」
「確かにのう……いや、これですっきり納得できた。そんじゃ晩飯を食いに行こうか。焼鳥にビール!もちろん奢りじゃ!」
「ゴチになります!」
そして僕らは焼鳥屋にくり出した。事件が片付いた後の一杯は最高だ。