1.廃屋での怪異
「で、今回は何があったんですか?僕、レポート作成しなきゃならないんで忙しいんですけど」
「まあ、そう言わずに知恵を貸してくれんか。堀田君から相談されてワシもいろいろ考えたんじゃが、このままではその廃屋に本物の幽霊が出たという結論になってしまいそうでな」
ここは僕、瀬川有希斗の住むマンションの部屋で、そこに同じ大学の南山田正成先輩が訪ねてきたところだ。
昔話に登場する爺さんみたいなしゃべり方をする人だが外見は普通に若い。
「じゃあもう本物の幽霊が出たってことで良いんじゃないですか」
「しかしな……当事者達は祟りなどあるのではと怖がっておってな。その一方で互いに質の悪いいたずらを仕掛けられたのではないかと疑心暗鬼になったりして人間関係もギスギスしてきとるらしくてな。なんとかしてやりたいんじゃよ」
この先輩、お人好しが過ぎて、しょっちゅう変なことに巻き込まれたり、頼まれごとを引き受けたりしている。今回も何かおかしな相談事をされてしまったようだ。
「はぁ、取りあえず話は聞きますから最初から説明してください。僕が何かお手伝いできるか分かりませんけど」
「おお、済まんな瀬川君……あ、あと現場になった『呪殺人形館』の平面図をつくってきたんでそれを見ながら説明を聞いてもらいたいんじゃ。ちなみに黒い線が壁、赤い線がドア、青い線が窓を表しておる」
「わかりました……ああ、こんな建物なんですね」
「うむ、それで今回の事件なんじゃが」
◇◆◇
~話は三日前に遡る~
街灯さえ無い札幌近郊の山中。もう1時間程で夜が明けるであろうという時刻に、5人の大学生が元農家であった平屋の廃屋を訪れていた。
廃屋には大きな市松人形が残されており、その人形に亡くなった廃屋所有者の娘の怨念が込められているなどと噂され、『呪殺人形館』として最近知られるようになっていた。
この廃屋を撮影し、ネットで公開するという企画を悪ノリ気味に思いついた三山、深沢、斎藤の3年生3人が、撮影係として1年生の加藤と2年生の堀田を強引に連れてきたのである。
そんな訳で、3年生の3人は建物から100m程離れた道路に車を止めてそこで待機しており、加藤と堀田だけが廃屋の玄関に入っていた。
心霊現象嫌いの加藤は初っ端から帰ることを堀田に訴えていた。
「堀田先輩~。もう帰りましょうよ~。俺、絶対嫌ですよ~」
堀田は玄関から廊下を撮影しながら加藤の泣き言に返答する。
「もう帰りましょうよって、ここまだ玄関じゃねーか。帰るわけないだろ。ほら、お前もさっさとカメラのスイッチ入れろ……よし、スイッチ入れたな?じゃ、予定通り撮影してくぞ。俺は左の部屋(平面図:部屋1、キッチン、部屋2)を撮っていくから、お前は右の部屋を撮っていけ。奥の呪殺人形部屋(平面図:部屋4)の『呪殺人形』は絶対撮れよ」
「一緒に回りましょうよ~」
「カメラ2台持ってきてんだから別々に回るに決まってんだろ。じゃあ行ってくる」
「あっ、ちょっ、待っ、そんなっ」
カメラが2台あったところで一緒に回っても問題ないのだが、今回の企画の目的の一つが『心霊現象嫌いの加藤がビビリながら撮影した動画を見て笑う』ことであると3年生から聞かされていた堀田は、最初加藤を独りにすることにしていた。それでビビリながらも加藤が独りで撮影してくれれば良いし、もし玄関から動けないでいた場合には、こっちの部屋を撮って再度合流した後、今度は自分も一緒に回って撮影すれば良いと考えていた。
堀田は部屋(平面図:部屋1、キッチン)に入り戸を閉めて室内を見渡した後、撮影と実況に入った。
「いや~、雰囲気ありますね~。おおっ!?あちらから何やら怪しげな霊気が漂ってまいりました。もしかしてあの仮面ライダーのフィギュアからでしょうか」
などと室内を撮影しながら心霊動画らしい適当な実況をしゃべり続ける。
一通り室内を解説した後、ドアを開けてその隣の部屋(平面図:部屋2)に入っていった。
「うわっ、暗っ!」
その部屋は最初の部屋と違ってカーテンが閉められているのか月明りも射しておらず真っ暗だった。
スマホでは暗い部屋の中を撮影できないだろうとそこそこ高性能のカメラを用意したのだが、それでもこの暗闇では撮影できそうもない。
ドアを開けっぱなしにしても入口付近しか視界が確保できず、スマホをライト替わりに照らしても奥までは見えない。
カーテンを開ければいいのかもしれないが、視力が効かない状態で窓際まで行きたくなかった。
堀田は少し考え、外の三山に電話した。
「あ、三山先輩っすか」
「おう、どうした?」
三山が電話を受けた時、3年生の3人は今回の動画をアップするのに参考になりそうな心霊系動画を車内でタブレットを用いて見ていた。
加藤と堀田が中に入ってしまえば、あとはただ外から廃屋を見ているだけなのですぐに退屈になってしまったからだ。
「お前ら今どこにいる?」
「俺は玄関入って左側の部屋で、加藤には右の呪殺人形部屋の方を撮影させてます」
「え、マジ?呪殺人形部屋に加藤一人で行かせたの?うわあ~、鬼だ~」
「何言ってんすか。先輩方の発案じゃないっすか。それでちょっと部屋が暗すぎて撮影できないんで車のライトをこっちに向けて家を照らしてもらえないっすか?」
「おう、わかった。あ、斎藤、車動かして家照らしてやってくれ。中が暗すぎるってよ」
十数秒後、斎藤が車の向きを変えてライトで家を照らした直後、深沢が気付いた。
「おいっ!玄関に誰かいるぞっ!?」
「えっ!?」
「あっ!」
3人には玄関ドアの脇のスリット窓ガラスに人影が見えた。人影は数秒間何やらもぞもぞと動いた後、玄関ドアの陰に隠れるように消えた。
「え!?どーしたんすか?三山先輩」
通信を切っていなかった堀田が何事かと三山に聞く。
「幽霊が出た!」
「ええっ!幽霊っ!?出たんすかっ!どこ!?」
「玄関だ!あ、いや、幽霊かどうかわかんねーけど、お前ら以外に誰もいないよな!?」
「え!?いや、いないと思いますけどっ」
「とりあえず出てこい!撮影は中止だ!」
やや混乱しながら三山と堀田が通話し続ける。
その間、深沢と斎藤も家に向かって「家から出ろー!」「戻って来―い!」などと大声で呼びかけていた。
すると玄関ドアを開けて誰かが飛び出してきた。全力疾走で自分たちに向かってくる人影に3年生3人は一瞬ギョッとしたが、それが加藤であることにすぐ気付いた。
「加藤!無事か!?」
「せ、先輩っ!あの、幽霊って!?」
「おおっ!出たんだよ!いや、人間かもしれねーけど。お前誰か見なかったか?」
加藤は無言で首を横に振る。
「ん?お前、カメラは?」
「あ……部屋に落としてきちゃって……」
「まあ仕方ないな。お前が無事で良かった」
続いて堀田も玄関から出て走って戻ってきた。
「おおっ!堀田、お前も無事だったか」
「いや、まあ、無事っすけど何があったんすか?」
そこで改めて3年生3人が見たものを加藤と堀田に説明する。
「で、中にはお前らしかいなかったんだよな?」
深沢の問いに堀田が答える。
「とにかく急いで出てきたんで断言はできないっすけど、俺が見た限りでは他に誰もいませんでしたよ?っつーか今の話マジなんすか?加藤をビビらすネタとかじゃなくって?」
「そんな余裕あるわけねーって……ガチで心霊現象だったのか……?」
その後、夜明けを待って、頑として侵入を拒む加藤を除いた4人で再度家に入り、『呪殺人形部屋』から加藤が落としたカメラを回収して帰路についた。