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手入れをしてもらいますとさ

 ここ最近何かしらの騒動やら、出来事に巻き込まれていて、こうして一日、のんびりと過ごす暇も無かったな。

 メイリンに淹れて貰った紅茶を楽しみつつ、ゆっくりと過ぎる時間を贅沢に堪能する。

 少し前、パーティを追放される前などは、いくら依頼をこなして報酬を受け取っても、五人分の食費や宿泊費。

 装備代に装備の手入れ代。

 携帯食料の必需品など、必要最低限に削ってもカツカツで過ごすことばかりだった。

 多少珍しい魔物の素材を入手しても、売却して質のいい装備を買えば終わり。

 今現在のように、家すら見込める金額が手に入ることなど、一切無かった。

 その家すら今の俺にはあるわけだが。


「旦那、あまり自堕落な生活に慣れすぎると、冒険者としておしまいですぜ?」

「トゥオンよ。人間メリハリが大事だと思わないか?」


 まったりタイムに口を挟んできたトゥオンに対し、暗に口出しするな、と言ってみるが。


「ですが旦那、流石に一週間家から出ないのは関心しませんぜ?」


 と具体的な堕落を指摘されてしまう。

 ……人間ってのはな? 楽したがる生き物なんだよ。

 生活に困らない金があり、稼ぐ必要が無い。

 ならば、何故俺が家から出る必要があるというのか。


「セレナ様は何やら今のうちにすることがあるとか言って飛んで行っちまったがな! HAHAHA」


 恐らくこの場にいれば、早々に退屈を訴えて何やら俺を巻き込みそうなセレナという存在は。

 一昨日に突然、二三日出てくる、とどこかへ飛び去ってしまった。

 一瞬だけ着いていこうかと思ったが、またユグドラシルの件の時みたく、巻き込まれてはたまらないと言葉を飲み込んだ。

 まぁセレナの事だ。明日辺りにでも帰ってくるのだろう。

 とはいえ流石にトゥオン達に言われてしまうくらいにはゆっくりし過ぎか。


「メイリン、ちょっと街まで行ってくる」

「行ってらっしゃいませ。御夕飯の準備はどうなさいますか?」

「そうかからない筈だ。作っておいてくれ」

「かしこまりました」


 外出の旨をメイリンに伝え、ゆっくり街へ。

 目的は――装備達のご機嫌取りである。



「大分久しぶりじゃないの。やっと余裕が出来たのか?」


 シズを……靴を磨いて貰いながら、顔馴染みのそいつと世間話。


「多少な。にしてもかなりご無沙汰だったからな。汚れも凄いだろ?」


 ドリアードの魔法喰らったりした、などとは絶対に言えないが。


「かなりのものだな。俺の記憶の中でも一位かも知れん」


 熟練の靴磨き。ただの靴磨きと侮るなかれ、こいつは磨いた靴の性能を上げるとか言う、よく分からないスキルの持ち主である――自称だが。

 それでもこいつに磨いて貰うと、確かに靴が軽くなったように思える辺り、あながち嘘ではないのかも知れない。


「あんたがどこで何してたかは知らんが、靴は大切にしろよ? 「手柄は足にあり」なんて、どっかの騎士様だかが言ってたぞ。……水で汚れてたみてぇだし、撥水効果のあるクリームをサービスしておくぞ」


 よく分からん言葉を口にし、久しぶりだったのかサービスをして貰ったお返しに、支払う金額に少しだけ色を付ける。

 サービスになっていない、と言い出しそうだが、顔馴染みと言うだけで優先して俺の靴磨きをしてくれたんだ。これくらいしても罰は当たらない。


「定期的に来いよ。道具を長く使う秘訣は絶やさないメンテナンスだぞー」


 別れを告げると俺の背中に向かってそんなことを叫びやがる。

 時間と金さえあれば定期的に来るさ。


(さて、シズ。よく我慢したな)

(声一つあげずにくすぐったさを我慢してましたからねぇ。見上げた根性っすよ)


 磨かれている……すなわち、全身をまさぐられている筈なのに、声一つをあげなかったシズを褒める言葉を脳内で発するが……。


(ウヒ……くすぐり責め。あぁ……甘美な一時でしたぁ……)


 艶のある声でこう返してきた辺り、丁度いいご褒美になったのかも知れない。

 さて、


(んじゃあ次、メンテナンスして欲しいヤツ、挙手!)


 シズの様子を見ていた全員が、名乗り出てこず、結局全部の装備をメンテナンスすると決めていた以上、誰からでもいいか、と俺の気分で次に手入れして貰う装備を決める。

 …………覚悟しろシエラ。



 呪いの装備であることを説明し、装備したままで手入れをして貰うのだが、すでに行きつけになっている手入れ屋は、そんなことは百も承知。

 少し裏路地へと入り込まなければ辿り着けないこの手入れ屋は、その立地のせいか客が少なく。

 けれども腕は確かという美味しい場所であった。

 もちろん、少しだけ他と比べて値は張るが。

 ツキ、メルヴィ、トゥオンの順で手入れをして貰い、残るはシエラ。

 今までの装備は、傷を塞いで貰ってから手入れとして磨いて貰ったが、シエラ……お前は違う。

 これまで幾度となく馬鹿にしてきやがった恨み……ここで晴らさせて貰うぞ。


「こっちの盾は――」


 とっておきの注文をしようとしたその時。

 この手入れ屋に入ってきた客に意識を奪われた。

 というか、つい先日顔を合わせたばかりのそいつを見て、一瞬固まった。


「うぃーっす。……あれ? ケイスじゃん?」


 背中にグルグル巻きの荷物を背負ったヴァイスは、俺を見るなり手を挙げて挨拶してきて。

 後から入ってきたスカーが、驚いた様子で俺を見てきた。


「な? 私の言った通りだろ? 私の勘は当たるんだよ」


 何やらスカー相手にしたり顔をするヴァイスは俺の方を向くと……。


「実は、折り入って頼みがあるんだけど……ダメか?」


 と両手を合わせてお願いしてくるのだった。

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