震えましたとさ
「ただい――」
「お帰りなさいませ。もうじき帰るとキックスター様から連絡がございました。食事の用意は済んでおりますがいかがなさいますか?」
玄関を潜り、帰宅したことを伝えようとすると、全てを口にするよりも早くにメイリンに反応された。
しかもすでに食事という俺が今真っ先に行いたい事の準備すら終えているという。
なんて出来るメイドさんなんだ……。
「すぐに食事を頼むのじゃ。空腹でかなわん」
「俺もすぐに食事したい。胃が空っぽだわ」
俺より先に飯を寄越せと言ったセレナ同様、俺も飯を急かす。
胃がカラの理由? セレナが空腹な理由と関連付いてる。俺の口からは言いたくない。
「かしこまりました。しばらくお待ちください」
頭を深々と下げて台所へと向かうメイリンを見送り、セレナと二人で居間へ。
すでに用意されている紅茶をすすりながら、料理が運び込まれるのを今か今かと待ちわびる。
時間にしておよそ五分。
けれども空腹のまま待たされる五分は途方も無く長い時間とさえ錯覚する。
いい匂いを振りまきながら、まずはスープとサラダが運ばれてきた。
じっくり煮込まれたスープは、素材の味が絶妙に織り合わさり全身へ巡り。
瑞々しい野菜のサラダが、疲れた身体に活力を運ぶようで。
ちょうど両方を平らげる頃に出される魚のソテーは、噛み締めるほどに血肉へと変化していくのが分かるほど。
食後のデザートを食べ終える頃には、すっかり疲労を包まれて捨てられたかのように、元気が細胞に浸透していた。
「……美味かったの」
「美味いっつーか……何というか。――みなぎる料理だったな」
食事と共に楽しんだワインをおかわりし、ついでに出して貰ったチーズの燻製を摘まみながら、月並みではあるが感想を漏らす俺とセレナ。
「ご満足頂けたでしょうか?」
「うむ。美味であった」
「大満足だわ。今欲してる全部が詰まってたように思えたぞ」
平らげた皿を下げつつ、そう尋ねたメイリンに、感謝の言葉以外出てこようはずも無い。
しかし久しぶりだったな。
こう……満たされるような食事したの。
ワインを飲み干し、思わずため息を漏らした時である。
「美味しいでしょう? 彼女の料理」
当たり前の様に、当然の様に。
ひょっこり居間をのぞき込んだキックスターのせいで――俺は……むせた。
「ゲホッ! ゴホッ! 何でお前がッ!?」
「? 彼女に誰がどうやってケイスさんがもうすぐ帰宅するという情報を伝えたとお思いで?」
キョトン、と。
とぼけた表情をするキックスターだが、言い返させて貰おう。
「誰が情報を与えたまま他人の家に居座ってると思うんだよ……」
いつまでいるのだ、と。
「それについては申し訳ありません。……ですが、こちらもあまり暇な時間は無いので、空いた時間に出来ることをしたいのですよ」
ゆっくり居間に入ってきて、俺の対面に座るキックスター。
出来ること……ねぇ。
「報酬の話だろ? あの場ではわざと言わなかったみてぇだが?」
今のキックスターが片付けたい事など、それ以外に思いつかない。
「えぇ。察しがよくて助かります」
そう言いながらキックスターが取り出したのは、包まれた封筒。
素直に受け取るべきかを考えて、特に悪い理由が思い当たらなかった為に手を伸ばして受け取ると。
「それが今回の報酬となります。不満は出ないと思いますが、もしあればこの場でお願いします。……今の時間以外は、一切を拒否させていただきますので」
強い口調と意思を感じ、封筒の中を確認すると。
一枚。たった一枚の紙が封入されているだけ。
しかしその一枚は……。
「今回の報酬額が書いてある小切手です。今回はセレナ様への報酬も含め、二人分の報酬となっていますので、ご確認を」
小切手などという全く聞き慣れないものであり、とりあえずいくら書いてあるのか額を確認してみる。
…………。
なるほど。
家一軒分くらいか。
(旦那? 手が震えてますぜ?)
(気持ちがあからさまに態度に出るの、弱点かもしれんのぅ)
(馬鹿言うな。こんなアホみたいな大金、ポンと手渡されて動じない奴がいるのかよ……)
普通の報酬としては明らかに多すぎる額。
けれどもそれは、国としてどうしても防ぎたかった――達成して欲しかった依頼という証明。
(これ、もし失敗してたら即座に闇に葬られてたんだろうなぁ……)
(『白頭巾』の言ってました「キックスターの依頼を失敗したくない」の意味が嫌でも分かっちまいますね)
一先ず震える手で封筒の中に小切手を入れ直し。
ぎこちない動きで不満がない事を示す為に一回頷く。
「それはよかったです。では、その金額をケイスさん名義で銀行に入れておきますので、引き出す際は例の冒険者カードにて行ってください」
パァッっと晴れた表情になり、それだけ言うとキックスターは即座に立ち上がって。
「では、私はこれで。あ、もしかしたらまた別の依頼をお願いしに来るかも知れません」
と、出来れば勘弁願いたいことを笑顔で言い放ってきて。
丁度お茶が入ったと持ってきたメイリンからカップを一つ受け取って一気に飲み干すと。
「では、ケイスさん。またよろしくお願いしますね」
と、言いたいことだけを言って帰ってしまった。
唖然とした表情で見つめる俺らだったが、真っ先に我に返ったメイリンからお茶を渡されて。
なんだがドッと疲れた事を誤魔化すように、俺もキックスターと同じく、一息でお茶を飲み干すのだった。