装備し直しましたとさ
その靴を履くだけで、誰にも追いつかれなくなる疾駆を行える。
そう唄われた魔法の靴があった。
速さとは武器であり、強さであり、また――弱さでもあった。
そんな、誰しもが望んだその靴は、望んだにも関わらず、装備できない存在が手に入れることになった。
誰しもが装備できるはずの靴を……装備できない存在が。
*
切り株に置かれた靴を前に、崩れるように涙を流す、ハーピィが一体。
極彩色の毛に覆われた羽毛は、彼女の感情とは対になるように明るくて。
それ故に、震える彼女の肩が、一層の悲壮さを醸し出していた。
恐る恐る声を掛ける。
直感的に、普段俺を守ってくれている存在だと認識して。
「――シズ、か?」
その問いかけに、ハーピィはガバッと顔を上げ……。
「そんな……。ご、ご主人様ですか?」
驚愕の表情で俺に呟いた。
「以外に誰が居るんだよ……。つーかその――その姿、初めて見るな」
シズからの問いかけを肯定し、女性の容姿に対して聞いていいか若干躊躇ったが、意を決して尋ねてみた。
すると――、
「幻滅……致しましたか? これが私の本当の姿なのです……」
と消え入りそうな声で返って来た。
普段から具現化していた、紫色の長髪女性ではなく、ハーピィが真の姿ねぇ。
「ま、いいんじゃねぇの? どんな姿だろうが俺を助けて、守ってきてくれたことには変わりない訳だし」
「――――はい?」
「大体シズは気にしすぎなんすよ。そもそも普通の感性じゃ、呪いの装備ってだけで、あの手この手で外そうとするでしょうが。それをあっさり諦めて普通にあっしらこき使ってんですから、今更装備の中身が人間じゃなくとも変わりゃしませんよ」
何やら饒舌にトゥオンが喋り始めたが、まぁその通りだわな。
これで元の姿がバレたからと襲われたんなら考えるが、別にそんな素振りも無いし、今まで通りでいいと思う。
「ご主人様……。また、私を連れて行ってくださいますか?」
「断ると思ってんのか? つーかお前居ないと移動とか不便なんだよな」
「シズの風魔法に頼りっぱなしですからね、旦那」
「具現化するときに人間の姿で現れないかもしれませんよ?」
「時と場合と周囲の目さえ気を付けてくれりゃ、構わねぇよ」
そこまで俺が口にしたときに、俺の前で泣いていた筈のシズの姿が残像を残してかき消えて。
「ご主人様ぁ~~~っ!!」
「――っ!? 痛い痛い痛い!! 食い込んでる!! 鉤爪食い込んでるから!!!」
肩と背中に鉤爪を食い込ませながら、抱きついて来やがった。
…………メルヴィを装備してなかったから、心地良い柔らかさを堪能したと、感想を漏らしておく。
「もっと切羽詰まった状況じゃと思って急いでおれば、何じゃ、余裕そうじゃ……の?」
いきなり頭上から声が聞こえたかと思えば、龍の姿となった……声からしてセレナが舞い降りてきた。
何故に最後が疑問形になったか不思議ではあったが。
「確認させよ。ケイスで間違い無いのじゃな?」
「間違い無いぜ」
「妾の速度で胃の中を地の堆肥としばらまいた、あのケイスなのじゃな?」
「そうだって言ってんだろ! というか忘れろ! いや、忘れてくださいその記憶」
一応聞くが、本人確認で恥ずかしい記憶を思い出させる必要って無いよな?
この二つ名持ちの龍なんて、当然の様に行ってきやがるんだが……。
「いや、その……なんじゃ? この世界で動いていることも驚きなのじゃが……見た目がの?」
「何か変わってるのか? 見た感じ俺は変化に気付かないんだが……」
「顔……と言うか額じゃな。中央に満月……かの? その左右に三日月の紋章のようなものが浮かび上がっておる」
(それツキの紋章~。毎回朔月の時に現れちゃうの~。今が丁度朔月だよ~?)
俺の脳内でそう言っても聞こえない……と思ったが、しっかりとトゥオンが脳内会話を繋いでくれていたらしい。
「ふむ? お主もしや色々と出自が怪しくはないかの? 何故に装備の中になんぞおるのじゃ?」
(えへへ~。秘密~)
セレナを前にしてもいつも通りというか、無邪気に答えるツキ。
それに対してセレナは、別段怒りもせず、咥えていた装備を二つ、俺の目の前へと置いた。
その二つは鎧と盾。
紛れもなく俺が身につけていた装備そのもので。
つまりソレには……。
「相棒! さっさと身に付けろよ!! そろそろ人肌が恋しくなってきたところだぜ! HAHAHA」
「にい様、早く」
お馴染みの二人が既に入っているようだった。
しっかりと装備し直して、とりあえずセレナとも合流できたし、後は特にやることは……。
「あの~。放置プレイは嬉しいのですが、そろそろ私も履いていただかないと、置いてけぼりを喰らいそうな気がしまして……」
あ、シズ履くの忘れてたわ。
いつの間にか切り株に乗った靴に入ったのか、聞こえる声に逆らわず、ようやく俺は呪いの装備を再度装備し直すことに成功する。
――これ、やっぱ装備しない方が賢明だったんじゃないだろうな?
その俺の問いに、答えてくれる装備も、龍さえも、その場には居なかった。