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漂っていましたとさ

 最初に感じたのは浮遊感。

 一切の暗闇の中を泳いでいるような感覚。

 上下左右、前や後ろすら不明瞭なその場所には、はたしてどうして来てしまったのか。

 朧気な頭の中で、思い出せる限りの事を思い出そうとするが、記憶にはもやが掛かったようにはっきりと思い出すことが出来ない。

 ――が、どうせというか、こんな理解出来ないような出来事の原因なんぞ……。


「藤紅の仕業……だよなぁ」


 ぽつりと呟いたその言葉は、反響せずに闇へと溶けゆく。

 この闇しか無い空間には、ケイスの傍で明るく照らしていたセレナの存在が無く。

 さらにはいつもなら頭の中ないし声に出して茶化したり、心配したりする装備の存在も認識できない。

 思わず身体を触って確かめるが、装備事態はしているらしい。

 けれど、一切の反応が無い。

 そして、取られたままの兜は、残念ながら頭に戻って来てはいないようだった。


「やべぇ。どうすりゃいいか全く分からん……」


 おおよそ大多数の人間が体験出来ないような状況に置かれ、そう思うのは仕方の無いことだろう。

 しかし、何もしないのが正解かと聞かれれば恐らく違うだろうとケイスは思う。

 そもそも、ケイス自身が動くタイプの人間なのだ。

 未知でも、不明でも、とりあえず動いて出方を見る。様子を見る。

 変化があれば、その変化に合わせて今まで培った経験で何とかしてきたのがケイスであり、実際今までそれで何とかなってきたのだ。

 薄氷上の勝利だったり、紙一重の奇跡なんてものを何度か体験し、それでもケイスが今まで生きてこられたのが、なによりの証だった。

 それが今は、全く体験したことが無い状況に置かれている。

 珍しく、ケイスは()()で思考を回し始めた。


(藤紅の作り出した幻想……というか、意識空間か? だとすりゃ俺の身体は今無防備なはず。既に殺しているのかもしれないが。それなら俺の意識をわざわざこんな場所に閉じ込めるか?)


 闇以外無いが為に無音。

 そんな中で、宙に浮きながら胡座で座っているケイスは徐々に徐々に深くへ。


(そもそも生かしておくメリットはもう無い筈だ。シューリッヒの思惑は既に達した。後は俺からの妨害が入らず、時間さえ過ぎれば戦争に発展してしまう筈。……だが、俺を生かす?)


 言動、話の内容、抑揚に、癖。

 ほんの僅かな時間しかシューリッヒを観察することが出来なかったが、それでもある程度の情報はある。


(あいつは元々小銭を稼ぐタイプだと藤紅に言われていた。そんな奴が、自分の行動を知る俺らを生かしておくなんて考えは、流石に甘っちょろいわなぁ)


 シューリッヒからの命令により生かされている線を消したケイスは、そもそも自分を生かしたのは誰かを考える。

 そして、その答えなど――、


「藤紅しかねぇわな」


 苦笑いをし、そう漏らしたケイスは現状出来そうなことを考える。

 人間側の思考で無いのならば、考えるだけ無駄。

 それほどまでに、モンスターと人間の価値観、倫理観、あらゆる物が違いすぎる。

 もちろん、二つ名付きであっても例外では無い。

 一体自分の何が藤紅を惹きつけたか。

 それを思案するケイスだったが、すぐに辿り着くことは出来た。

 魔装備を装備しているからだ、と。

 

(けど、いつまで俺をここに監禁する気かねぇ。あと肉体とかどうする気だろ)


 そんな事を考えていると、ケイスの耳に微かに音が届いた。

 無音に侵略されたこの空間で、初めて自分の声以外の音を耳に受け――さらにはその音が、今までよく聞いていた声であるならば尚更だろう。

 その声の主は――。


「パ~パ~? 居たら返事するの~! 居なくても居ないこと教えて欲しいの~!!」


 先ほどから具現しっぱなしのツキであり、何やら無茶なことを口走りながら闇の中を泳いできていた。

 比喩でも何でも無く、平泳ぎで。

 そんなツキへ向けて手を振ったケイスは、


「お~いツキ! ここだここだ!!」


 声をあげて自分の存在をアピールする。

 どうやら気付いたらしく、変わらず平泳ぎで近付いてきたツキは、


「パパ~! 心配したの~!!」


 躊躇わずにケイスへと抱きつく。

 思った以上に勢いがあったのか、受け止めることが出来なかったケイスは、ツキに抱きつかれたままその場で数回転ほど回り……。

 強く闇を蹴ってその勢いを相殺する。


「パパ、無事だったの!? 怪我とかしてない? 痛いの痛いの飛んでけ~しなくて平気?」


 何やらツキに入念に確認されるが、目立った外傷のような物は見当たらない。

 大丈夫であることを伝えるために頭を撫でれば、心配そうにしていた顔は一変。

 まるで花でも満開になるが如く、輝く笑みをケイスへ向けた。


「ツキ、もし知ってるなら教えてくれ。ここはどこだ? トゥオン達やセレナはどこに行ったか知らないか?」


 そんな笑みへ、ケイスは一縷(いちる)の望みを掛けて尋ねてみる。

 もしかしたら、自分の考えている通りなのでは無いか、という予感を乗せて。


「? ここ? ここはね~、精霊世界って場所なの~。あ、精神世界の方が分かりやすいかもなの~」


 どうやらその予想は、当たってしまっているらしかった。

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