出来ることは他にもあるとさ
パキパキと、そしてその後にはパラパラと。
何かの破片が砕け、地面に落ちていく音が、辺りに広がる。
セレナの拳により打ち抜かれた藤紅の顔面が、まるで陶器の様に砕け、崩壊したのだ。
「なっ!?」
「ややわぁ。持ってきた仮面、壊されてしもた。ま、付け替えりゃいいでありんすが」
その異常な事態に、しかし平静で先ほどと変わらぬ口調のまま喋る藤紅は、胸元から取り出した仮面を、崩壊する顔面へと持っていく。
すると――。
「嘘だろ……」
崩壊はピタリと止まり、どころか先ほどとは違う顔が出来上がった。
先ほどまでの表情は流し目で妖艶。
そして、今度の顔は――。
セレナの見た目とあまり変わらない位の少女だった。
「こっちの格好は久方ぶりやの。鈍ってへんやろか」
くるりと一回転をして、その顔に見合う背丈と衣装になった藤紅は、身体のあちこちを自らまさぐっている。
「あなた、何か嫌なの! どっかいっちゃえ~!」
不気味さ故か、耐えられなくなったらしいツキが、先ほどと同じように身体一杯を使った弾く動作をするも……。
「かかか、効かん効かん。何度か受けて対策させてもろたで? にしても、アホみたいに重ね掛けせんと、対策にならん辺り、やっぱぶっ飛んだ装備やなぁ」
何事も無く、涼しい顔で立っている藤紅。
ツキのよく分かんないパワーに対する術を、どうやら理解したらしい。
「だったらいいの~。こんなことしちゃうもん!」
ぷっくりふくれっ面になったツキは、瞬間でセレナへと近付いて。
「ほぇ?」
「えへへ~。なでなでなの~」
理解が追いつかない俺らを尻目に、セレナの頭を撫で始める。
「な、何をするのじゃ!?」
慌ててツキの手を払ったセレナの手は、その動きだけで圧倒的な余波を生み出し、近くに生えていた木を何本かなぎ倒す。
――えっと……何事?
「多分、ツキの……バフ?」
「待て待て待て待て!! バフ? 今のがか!? 元の何十倍に跳ね上げるバフだよ!? 見たことも聞いたこともねぇぞ!?」
とはいえバフの効果は嫌が応にも感じた……というか確認したわけで。
セレナが藤紅に向けて大地を蹴るのは必然。
ついでに予想できるだろうが、大地を蹴ったはいいが、その蹴りの威力が強すぎて周囲をクレーターにしてみたり。
あまりにも移動が早すぎたせいでセレナ自身すら制御出来ていなかったり。
そもそも目測が外れて、藤紅の右腕にしか直撃していなかったりした。
それでも藤紅の右腕は彼方へと吹っ飛んでいったが。
「流石にチョイ待ち! それは聞いてないでありんすよ!?」
初めて露骨に慌てた藤紅だが、もうセレナが動かないなんてはずが無く。
しかも今この瞬間にもツキは俺をなでなでしている訳で。
爆発的な勢いで藤紅へ向かい、腕を千切り飛ばすほどの拳を何度も振るうセレナ。
「ちょっと強なったからって調子に乗るんじゃありんせん! そもわっちは肉弾戦は苦手や」
そんなセレナの猛攻に、闇で出来た腕日本と自らの手に持つ扇子一本で応戦している藤紅。
ん? なんでわざわざ苦手なことを口にするんだ?
嫌な予感がする……。
「せやからな? こないな事してみたわ♪」
突如、セレナの猛攻を受け止めていた闇が、手を合わせた。
その中心に藤紅を巻き込んで。
「何する気だ?」
未だにツキから頭を撫でられながら、心当たり? とセレナに問うが、
「分からん。あいつはそもそも隠蔽、詐欺などの謀特化の能力の筈じゃ。あんな闇の手など、見たこともなかったわ」
「んじゃ、あれからどうなると思う?」
尋ねても首を横に振るだけで。
そのタイミングでツキが、
「終わったの~」
と俺から離れたとなれば、試してみたいよな?
前回の戦闘で装備達の能力を借りたとはいえ、ある程度戦えていた。
なら、上昇量も倍率もいい意味で不明のツキから受けたバフさえありゃあ、俺でもある程度戦えるんじゃね?
そう考えてしまう程に、見たこともない敵の状態――未知に対して警戒が薄くなってしまうほどに、俺はツキのバフを評価していた。
結果、
「ケイス!? 待つのじゃ!」
セレナが制止するが、人間そんな早く反応できねぇし、ましてや止まろうとなんて思っていなかった。
勢いよく大地を蹴り、闇の中心へとトゥオンを突き刺すと……。
肉を貫く感触が俺の手に伝わってくる。
――が、それが決定打……致命傷かと言われるとそんな手応えはなく。
かすり傷とはいかないまでも、ある程度のダメージにしかならないであろう傷しか付けられていない事を確信した。
ならば、と引き抜いてもう一度貫こうとして……。
引き抜いたときに、まるで纏わり付くかのように、トゥオンに闇がこびりついてきた。