初お披露目ですとさ
「変わらんのう! 貴様が饒舌に語る時は、決まって何かを裏で進めている時じゃ!」
降ってきた夜をセレナは掴み、そのまま空へと投げ返す。
いつの間にか、時間に不適切なほどに明るくなった周りは、どこか温もりに満ちていて。
その灯りの出所が、俺の隣にいるセレナなのだと理解したとき、妙な安心感を覚えた。
「面白みの無い奴やなぁ。一度食らってみ? ぶっ飛ぶ体験させたるえ?」
「願い下げじゃ。碌な事にしかならんじゃろ」
投げ返された夜に手を突っ込んで、ゆっくりと番傘を引き抜いた藤紅は、開いて回して微笑んで、余裕たっぷりにセレナへ提案する。
もちろんそんな提案には乗らないセレナだが、その表情は藤紅とは対照的に険しいもので。
静かに握った拳を構え、藤紅に向かって大地を蹴った。
「そないに焦らんでええやん。もっと遊んで欲しいでありんすなぁ」
後ろに飛んでセレナと一定の距離を保ち続ける藤紅は、番傘を閉じて俺の方へ向けて――、
「あはっ☆ つっかまーえた♪」
無邪気な声でそう発した瞬間。
「旦那!! 後ろ!!」
突然聞こえたトゥオンの怒鳴り声に反応し、思い切り横に飛べば……。
先ほどまで俺の居た場所が、闇で出来た爪によって抉られた瞬間を見ることが出来た。
んな無茶苦茶な……。
「気を抜くな! どんどん来るぜぇ! HAHAHA」
「笑って、る……場合、じゃない」
シエラの言うとおり、後ろからだけではなく、前後左右そして上。
本当にありとあらゆる方向から闇の爪が、俺を抉ろうと狙ってくる。
その度にトゥオンが、シエラが、メルヴィが、シズが、いち早く気配を察知して声をかけてくれる。
そのお陰で何とか当たらずにやり過ごせていた。
「ほんに目の上やなぁ、その装備達。けど、あてじゃあ干渉出来へんし」
番傘を振り回し、セレナと打ち合いながらそんな事を呟く藤紅は、相も変わらず余裕らしく、対してセレナは何とかその余裕を崩そうと、必死のラッシュを繰り出していた。
……トゥオン、よく狙え。
「合点承知の助!」
思考が読めるなら避けるだろうが、何もしないよりはマシなはず。
そう思ってトゥオンから氷のつぶてを藤紅へと放つと……。
「ちょ、待ちぃ」
慌てた様子で俺の方を向くが、意外にも何も出来ずにつぶてが直撃し、直後にセレナの一撃が腹部へと突き刺さる。
くの字に折れ、悶絶するかと思いきや――。
「ハズレ☆」
闇に霧散し、その存在を一瞬だけかき消して……。
――っ!? 俺かよ!?
直後に現れたのは俺の背後、しかもそのまま俺の兜に手を伸ばし……。
「これ、貰てくな?」
セレナしか外せなかったはずののろいの装備は、そんな軽い一言の後、あっさり藤紅の手によって持ち上げられた。
「なっ!? ツキ!! 返事しろ!」
慌てて俺の装備達の唯一の良心、俺をパパと呼び慕ってくれる癒やしに声をかける。
装備に宿るって表現は変かもしれねぇが、そうとしか思えず、まさか取られたか……と思いきや。
「? パパー? 呼んだー?」
意外にも、いつ具現したのか俺の真横にいたその存在は、しかし俺のよく知るツキではなく。
普段の短パンノースリーブ元気っ子幼女スタイルとは違い、何やら着物の様な衣装に身を包んでいた。
「間違い無くツキ……ですよね?」
「そだよー。この格好久しぶりなのー」
「普段とえらい違いじゃねぇか、思わず目を疑ったぜ、HAHAHA」
いや、談笑してる場合じゃねぇわ! 兜被った藤紅が襲ってきてんぞ!?
「貴方嫌いだからねー、……止まって?」
えーい、なんて身体一杯で何かを弾くような仕草を藤紅にツキが向けると、その言葉通りに藤紅の動きが完全に止まる。
――――は?
「なっ!? ……何が起こったのじゃ?」
「俺が聞きたいわ。ツキ、何したんだ?」
「? 動いて欲しくなかったから止まってーってお願いしただけだよー?」
行動を止める、じゃなくて、動き全てをそのまま停止させてさえなければ、まだ理解の範疇だったんだが……。
いや、それでもかなり常識を超えてるけどさ。
少なくともそんな魔法があるなんて耳にしたことすらねぇし。
「だけではないの。……藤紅は――」
どうなった? とでも聞こうとしたらしいセレナだが、それは藤紅本人によって解答が得られた。
時計の針が突然進み出したように動きが再開された藤紅は、動けるようになった瞬間、それまでの行動全てをキャンセルし、大きく後ろに飛んで距離を取り、体勢を立て直す。
「なんや今の……。おもろい事してくれるやんけ」
先ほどまでの余裕が消え、引きつった笑いに変わったその表情は、苦々しそうにツキを睨み付けると……。
「決めた。まずはそん子や」
言うなり闇へと溶け込む藤紅。
脅威と認識したらしいツキをどうやら最初に潰そうとしたらしいが……。
「どこ行っちゃうのー? 隠れたらメーっなの」
たったその一言で、闇からペッと吐き出される藤紅。
理解出来ない、有り得ない。そんな表情のまま一瞬だけ呆然としたのを、セレナが見逃すはずもなく。
一息で地を蹴り肉薄し、拳で、足で、藤紅へダメージを与えんと攻撃する。
それを器用に、どこからか取り出した扇子でいなしていたのだが――。
「力抜けちゃえー」
とツキが叫んだ瞬間、がっくりと脱力し、ついにセレナの拳が顔面を打ち抜いたのだった。