お出迎えですとさ
「――っ!?」
「どうかしたかい?」
影の中で身体を休めていた暗殺者は、いきなり何かを察知したように振り向いた。
それに反応し、その暗殺者へと声をかけるシューリッヒ。
「見ツカッタ――『烏の目』……カ」
「誰も居ないのですから普段の口調で話してもよいのでは? あぁ、今『見られて』いるんでしたっけ?」
場所を特定されたと報告されても、『誰に』や『なぜ』と言った疑問を口にすることは無く、むしろそうで無くては、とでも言いたげに笑みを浮かべながら暗殺者の方へと顔を向けると……。
「そうやなぁ。あのしゃべり方、結構億劫だったんよ。何事も着飾らんのが一番でありんすなぁ」
先ほどまで人型だったシルエットは歪になり、その歪みがなくなる頃には、影には人間には無い耳と尻尾が生えてくる。
「色んな地方の方言が入り交じっているそのしゃべり方が着飾って無いってのは、いつ聞いても面白い。――さて」
「皆まで言わんといて。どないかすればええんでっしゃろ?」
すっかり姿を変え、暗殺者から獣人――あるいは妖の姿となった存在は、シューリッヒが何かを言うより早く、言いたいことを察し答え合わせを求めた。
「出来るかい?」
「ややわぁ。いつも通りどす。やりはるし、やれるように細工するんがうちやんか」
「じゃあ、いつも通り」
「あてに任しとき。あぁ、久々やなぁ。どないな初子が出てきはるやろ」
二人にしか分からず、伝わらない会話をした直後。
耳と尻尾を生やした影は、そのまま闇へと溶けて姿を消した。
既に一度戦った変な装備に身を包んだおっさんや、ワンピースしか着ていないくせにそこそこ楽しませてくれた幼女はもはや眼中になく。
彼女の心を躍らすのは、その二人に『烏の目』を与えた背後。
もっともっと大きな存在に対して、であった。
*
「のぅ、ケイスよ」
「何だ」
「一応聞くが、お主が焚き火と二台の馬車を遠見した場所までは後どのくらいじゃ?」
「…………三日、くらいか?」
日が傾き当たりは橙色に染まる頃。
えっちらおっちら遠見で見た場所へ向かう俺たちだが、とてもとても大事なことを忘れていた。
――足が、無いのである。
足と言っても五体の足ではなく、当然移動手段のこと。
そもそも馬車相手に徒歩でなんざ勝負になるはずがない。
もちろん、俺にはシズがあるわけで、魔法を使って移動することも可能だが、考えてみて欲しい。
あのセレナとまともに戦える暗殺者相手に、多少でも消耗した状態で戦って勝てるか?
そもそも万全ですら一度相手の術に嵌められているわけで、余計な消費はしたくない。
魔力も、体力も、である。
じゃあ歩くことは? と聞かれたら言葉に詰まるが、それしか移動手段がないならしょうが無いとしか言えない。
馬車を借りるかと最初は考えていたが、『足がなるべくつかないようにお願いします』とキックスターに釘を刺されてしまえば、それも迂闊に出来やしない。
ちょっとハルデ国付近の村まで、なんて、口が裂けても言えやしないしな。
「もうじれったいのじゃ。その辺の精霊口説いて足代わりにしてしまおうぞ。具体的には風の精霊あたりを――」
縮まるどころか開く一方だろうシューリッヒ達との距離に嫌気が刺したか、ナイスアイデア! と精霊ナンパ案を出すセレナだが。
「ドリアードの追跡絶ったの忘れたのかよ……。下手すっとお前と同等かそれより上の存在が相手についてんだぞ……」
ナンパした精霊が実は向こうと繋がってました。そこから情報がバレて先手取られました、とかになったらあっさりこの世からご退場しかねない。
今度は俺たち生かすメリットねぇしな。
結果、例え最遅でも徒歩での移動が最良な選択肢というわけで。
今日も今日とて暗くなるまで移動して、暗くなった後は木に昇り、枝に腰掛けて身体を休める。
念のためドリアードに警戒をして貰うよう頼み、夜明けまでを過ごす。
俺らが目的の遠見で見た場所に辿り着くまでの五日間。
警戒していたお陰か特に何事も無く来る事が出来たのだが……。
「う~ん……」
「どうしたのじゃ?」
全く隠されていない痕跡を目の当たりにし、思わず腕を抱えて考え込んでしまった。
「いやさ、俺たちをあんな扱いしたんだぜ? 国に駆け込んだ後、追っ手が来る想定なんてしてないと思うか?」
「む、……言われてみれば」
「そもそもドリアードの追跡を撒いた時点でこっちが探してる事に気付いてるはずだろ? 何で焚き火の跡なんかをそのまま残したんだよ……」
「――慢心か、余裕……なのじゃ?」
言葉の端を……何なら初見の相手の癖すらを注意する商人が、こんな初歩的なことをしないはずがない。
ましてや移動中に偉そうに持ってる知識をひけらかしてた俺相手になら、万に一つも有り得ない。
ならば――、
「既に何かしらの手は打たれた後で、気にする心配が無い。ってのが一番濃厚な線だろうな」
俺たちに取って都合が悪いそのパターンが、一番現実味がありそうだ。
そう考えた時、
「なんやお見通しかえ? つまらんなぁ。全然かわいないわ」
どうやら答えの方から出向いてきてくれやがったようだ。