捕まっちまいましたとさ
「……パ? だ……うぶ?」
小さな、心地良い鈴の音のような声が俺の耳に届く。
「パパ? 大丈夫?」
反応が無いからか同じ言葉で問いかけて来てくれたようだ。
大丈夫。そう声を出そうとした時に背中に呼吸を忘れるほどの痛みが襲った。
声にならない声。身動きすらも忘れ、その痛みが少しでも和らぐのを待つ間に、辛うじて動く瞼を開いて、今の自分の状況を確認する。
どうやら簀巻にされ、地面に転がされているらしい。
こんな場合普通は武器や防具なんかは取り上げられるのであろうが呪いでそもそも外れねぇし。
今回ばかりは呪いの装備であった事に僅かに感謝するとしよう。
「旦那、思考するだけでいいですぜ。あっしが皆に伝えますんで」
(そうか。助かる。正直呼吸ですら背中が痛む)
「パパ~? 痛いの痛いの飛んでいけ~、する?」
(頼む。マジでシャレにならん。流石に折れてはいないだろうが、ヒビくらいは入ってるかもな)
回復魔法をツキにかけて貰い、ほんの僅かに痛みが引いた事で体を動かして辺りを確認する余裕程度は出て来た。
(洞穴? いや、結構深そうだな。ゴブリンの巣……か?)
「その通り、かと。兄さまを、担いで、運んだの、ゴブリン」
(これ期せずして巣に来れたってラッキーじゃないか?)
「ナイスな考えだな相棒! 簀巻にされてなきゃだけどなHAHAHA」
「どうやってこの状況を打破する気ですか? まずは抜け出す手段を確保しませんと」
思考をなぞって貰いながら、口々に意見を言ってくれる装備達に割と感謝しつつ、
(最悪メルヴィに頼むか)
「え? 私? 何か、出来た?」
「あー。旦那、あっさり女の子に酷い事をするのを決めるのは男としてどうかと思いますぜ?」
「今の旦那のナニみたいな状況じゃ仕方ねぇ気もするけどな! HAHAHA」
(うるせぇっ! ちゃんと全部顔出してるわ! 今の俺みたいにな!)
「パパー? 何の話ー?」
「ツキ、気にするだけ、無駄」
何て変な方向に行き始めた会話に今度は呪詛の言葉を覚えて。
(しばらく様子見て、隙を見て逃げるか)
「どれくらい様子見ますか? 旦那」
(とりあえず痛みが完全に引くまでは待ってくれ。痛くて動けやしねぇ)
▽
ゆっくりと回復まで待っていると、大きめのゴブリンが2体、俺の元に走って来たかと思えば。
「¥@{:*+;=&%$」
何てまるで理解できない言葉を発したかと思えば、おもむろに俺を担ぎ上げた。
「うおっ!? 何しやがる!」
「旦那! 旦那を供物に何て話してましたぜ!?」
「分かんのか!? こいつらの言葉!」
「何となくですけどね! それで、どうします!?」
「決まってらぁ! シズ! 烈風頼む!!」
「かしこまりました! 吹き荒べ峰より来る翠色の刃!!」
はっきりとした声に乗るは、風を召喚し、刃へと作り変える詠唱。
作り出された風の刃は、俺を担いでいたゴブリン達の体に無数の擦り傷を作る。
もちろん俺の体にも作るわけだが、これは確実にわざと。
「ごめんなさいご主人様。失敗しちゃいましたー♪」
テヘペロ。とわざわざ具現化して舌を出して来たシズ。
ほらな。お仕置きを受けたくてわざとやってんだこいつは。
しかしそのおかげで俺の拘束は外れたし、後でいくつか要求を聞くとしよう。
「とりあえず旦那、暴れますかい!?」
「おう! やらいでか!!」
気合を入れてトゥオンを構え、俺を担いでいたゴブリン達を見据えれば……。
――すでにそこにゴブリンの姿は無かった。
「すでに逃げた後だぜ? 相棒」
「起き上がって、すぐ、逃げた。逃げ足、早かった」
「パパー、とりあえず回復するねー」
「ツキはいい子だなー。後でいい子いい子してやるぞー」
「わーい。パパ大好きー」
「緊張感皆無ですぜ旦那。ここ敵地」
具現化していれば恐らくジト目で見ているであろう冷えた声でトゥオンが言う。
いや、だって可愛いだろ。俺の為に気遣ってくれる小さい子だぞ?
「とりあえず追いかけましょう。トゥオンの言う通り敵地なので十分注意しながらですけど」
「周囲警戒、慎重に、かつ大胆に。追い付けなきゃ、意味が、無い」
「難しい注文だなぁおい!」
「一人じゃ難しい事だろうけどさ、相棒?」
「旦那はいつも一人ですかい?」
「パパにはいつもツキが付いてるー」
「私もご主人様の御傍にいつもおりますよ?」
「警戒は、任せて。兄さま」
「とっくに任せる気だったよ! さぁ、さっさと根絶やしにして帰るとするぜぇ!」
何も言わずともWWとSWを俺にかけてくれて。
すでに腐れ縁と割り切り始めた装備と共に、俺はゴブリンの巣の奥を目指すのだった。