思い出しましたとさ
(薬? 確かに戦争で傷兵は出るであろうが、それこそ国や村に備えがあるのではないかや?)
(普通の薬ならな。そもそもポーション系の類いならわざわざ隠す必要ないだろ)
(むぅ。……ちと待つのじゃ。――普通で無い薬、と?)
セレナの問いかけに、俺は真っ直ぐにセレナを見ながらゆっくりと頷いた。
最低最悪の事を口にする覚悟をしながら。
(摂取しただけで人間とは呼べなくなっちまうようなヤバイ薬だ)
(何じゃそれは!? ……そんな物を『薬』と表現するというのじゃ!?)
(そんな物だから『薬』なんだよ。そもそもその薬の効果ってのは、自身の能力を覚醒させちまう薬だ)
一文字一文字頭の中で浮かべる度に、心に重りが増えていく。
振り切った過去を思い出し、そちらの方へと引っ張られぬように、セレナを視界にいれ続ける。
(能力を……覚醒?)
(そう。薬を飲むだけで、身体能力が上がり、保有する魔力は数倍になり、まるで本当に強くなったかのように錯覚する)
(じゃが、錯覚と言うても本当に能力は上がっておるのじゃろ?)
(飲んだ直後の僅かな期間だけな。……人間てのはな、鍛錬して、修行して、経験して、地道に着実に強くなっていく存在なんだ。装備を変えたから、新しい魔法を覚えたから、昨日まで苦戦していた相手に楽勝になるような存在じゃねぇんだ)
自らの心に封をして、けれども一度たりとも俺から離れることは無かったその記憶。
(それを可能にしちまうのが、その薬さ。苦戦は楽勝へ。楽勝は圧勝へ。飲んだ直後は無敵も無敵。……けどな――そんな力が、何の代償も無しに得られると思うか?)
(妾の立場から言わせて貰うのじゃ。モンスターであれば可能であろう。進化、ないしは変異、変体にと思いつくのはいくつかある。……が、人となると――)
(そう。人間にゃ無理だ。……つまりその薬ってのは――)
(人間を……辞める薬)
僅かに開いた心の隙間から、当時の映像が蘇る。
――人で無くなってしまった仲間が、知り合いが、顔見知りが。
今一度あの時の能力を求め、夢見て、国にいいように使われ、道具として消えていった当時のことを……。
(人間辞めたら後は簡単。人間だった物は、精霊に嫌われ、万象の理から外される)
(理を外れる?)
(呼吸が苦痛、歩くと地面からダメージを受け、水に入れば火傷する。人間として世界から扱って貰えないのさ)
(何!? ならば何故そんな薬を欲しがるのじゃ!?)
苦痛に歪みながら、誰もが聞けば無謀と分かるような作戦に、『薬が貰える』という事実があるだけで嬉々として向かう俺の友人は、その後片腕を無くして返って来た。
たった片腕で薬が手に入った。そう喜びながら。
(一度目は、『人間を辞める』薬。けど、こいつを二回目使うとな、『人間に戻れる』薬になるのさ)
(なっ!?)
これが、この薬のたちが悪いところで、薬を再び使用者が求める理由。
(再度この薬を飲むと、呼吸をしても肺が焼けず、歩いても走り回っても無傷。泳いでも火傷にならない。元の人間に戻れる。――僅かな時間だけな)
(……)
怖い、という表現では足りないほどに、不快感を露わにした表情のセレナ。
分かるよ。胸くそ悪い話だって事ぐらい。……けど――現実を、結果を知らないと、本気になれないだろ?
(後は繰り返しさ。薬が切れたらまた非人間。人間に戻るために薬を求める。……どんな手段であってもな)
(……妾は、勘違いをしておった。てっきり兵士へと売って金を巻き上げるのかと思っておったのじゃ)
その発言が出てくるって事は、シューリッヒが何を考えていたか、辿り着けたみたいだな。
な? 嘘であって欲しい話だろ?
(国に売る気じゃな!? そしてこの薬を餌に、いいなりの兵士を作り上げて使い潰すつもりなのじゃ!)
片腕を失った友人は、今度は堅城と噂高い城の攻城部隊になった。
理由はもちろん、薬が貰えるから。
ただ兵力を揃え、装備も兵糧も無視。
使い潰せる命であり、それなのに薬のためにと恐怖をしない兵士達のお陰で、その堅城は一日で落城した。
…………攻城部隊の九割を死亡させながら。
後日、片目を失い、歯が全て抜け落ちた友人は俺を見つけるなり歩み寄ってきて、こう言った。
「もう、終わらせてくれ」
と。
人間を辞めるのは、もう真っ平だ、と。
俺がまだ、自分の意思でそう決断できる内に……殺してくれ、と。
(じゃが待てケイスよ。そもそもじゃ。何故妾達を生かしておるのじゃ?)
不思議だろうな。いや、肉体は死んでるのかもしれないが、こうして精神は生きてる。
こんなことをそもそもせずに、命を奪えば良かったはずなのに、である。
その答えは――。
(あいつは……シューリッヒは――――今から戦争を起こそうとしてるのさ)