ほっこりしましたとさ
そもそもとして、俺らがどれだけ口論を繰り広げようと、一度成立してしまった取引は巻き戻すことが出来る筈が無い。
であるならば取れる選択肢は買い戻すしかなく、金が無いからドリアードの核をだしに飯と火を確保しようとしていたアイナ達に、その選択肢が取れる訳がなかった。
「いつか絶対仕返ししてやるからね!!」
「パーティから追放してる時点でやり過ぎだ馬鹿野郎!! ちょっとは俺の気持ちも考えやがれ!!」
どこか懐かしさを感じる言い合いだったが、時間は夜。
騒げばモンスターを呼び寄せてしまう事を考え、それ以上お互いに言い合うような真似はしなかった。
「さて、食事でしたね。……スープくらいは振る舞えるでしょうか」
そう言って立ち上がり、馬車の荷台へ向かうシューリッヒ。
まぁ、どんな食い物出しても文句言わねぇと思うけどな。こいつら。
最初は頑として口にしなかった蛇や蛙のモンスターも、俺と冒険する内に慣れたのか食べるようになったし。
携帯食料でも構わなかったとは思うが……。
「干し肉と野菜のスープ、それにパンでどうでしょう?」
「ありがたく~」
「異議なし」
「文句つけるわけないじゃない」
「感謝します」
とのそれぞれの反応を受けて、作り笑顔を向け、調理を始めるシューリッヒ。
お、すげぇ。さっきは見ることが出来なかったが、こいつアイナ達より確実に料理の手さばきがいいな。
あいつら女のくせに俺よりたどたどしい手つきだったからな……。
「いい匂いがしてきましたね」
作業が進むにつれ、周りにいい匂いが立ちこめ始め、いよいよ空腹な五人がソワソワとし始めた頃。
ラグルフがシューリッヒに負けない笑顔で他のパーティメンバーに話しかけた瞬間である。
――気配がした。
俺と同時に同じ方向へ視線を向けたのはセレナと――アトリア。
トゥオンの柄を握りしめ、セレナが静かに拳を握りしめたとき、一つ、場違いな音が鳴った。
それは綺麗な鈴の音で。出所を目線で追うと、アトリアが構えている短剣に括り付けてあるようだった。
そして、俺とセレナの目線が、気配を感じた方向から逸れた瞬間。
闇から突如として、一匹のモンスターが飛びかかってきた。
狙いは一直線――調理中のシューリッヒである。
匂いに釣られたか、はたまた装備が薄い者と認識したかは不明だが、涎を垂らしながら口を大きく開き、切り裂こうとでもいうのか爪を伸ばした前足を大きく振りかぶって――。
鈴の音が、二回鳴った。
そして鈴の音の残響が消える頃、ボトリ。と飛びかかっていたモンスターの前足が地面に落ちた。
続いてドサリ。と音がして、既に事切れているモンスターが地面へと落ちた。
「食事前に……すまない」
短剣に付いた血糊を、剣を払って飛ばしながら言うアトリアが、どうやら倒してしまったらしい。
「襲いかかってきたんだからしょうがないわよ。気にしないで」
「相変わらずお強い事で~。私モンスターにすら気が付いてませんでした~」
「すまない。本当なら俺が動かなきゃならんのに」
護衛として雇われたのに、いざ護衛の場面で他のやつに対応されるなんざ、流石に仕事してないと言われても文句言えねぇ。
「私の得物に、意識を向けたからでしょ? みんな初見はそうだから」
短剣をしまい、腰を下ろしたアトリアにフォローされるが、言い訳にはならねぇわな。
「珍しい武器使ってんな。前までそんなんじゃなかっただろ?」
「とある折りに、風の鈴というアイテムを手に入れた。同じく手に入れた短剣につけてみたら相性が良かったらしい」
「さっきの鈴がソレか」
「そう。真空刃で攻撃できる。近距離、中距離、遠距離、隙がない」
装備の話になるとえらく饒舌だな。何か印象と違うわ。
「モンスターの気配を察知するのも早いし、さっきみたいに手際もいい。あんたが居なくなってから、随分と頼りにしてるわ!」
「居なくなったも何も追放したんだろうがよ! つかアトリアばっかに負担かけてんじゃねぇだろうな?」
「う゛っ……」
俺だから特に文句言わなかったが、こいつら警戒と応戦と全部アトリアに投げてやがったな?
一人に負担させすぎると倒れたりしたときに大変だとあれほど教えたってのに……。
「大丈夫。普段からしてたこと」
シューリッヒから先に受け取ったスープを冷ましながら答えるアトリアからは、頼もしさが滲み出ていて。
俺が居た頃より成長したな。と、何故だかしみじみ感じてしまった。
「ケイス、顔がキモいわよ」
「ニヤニヤしないでいただけますか~?」
「それ以上その顔を続けるようなら、僕が実力でやめさせますよ?」
周りからそんな言葉が飛んできて、ため息をついて表情を元に戻すが――。
ラグルフ、お前いつか実力を見せつけてやるからな? 覚悟してろ?